第17話 襲撃
ハルの村を出発して、六日目の朝を迎えた。
この六日間、驚くほど何事もなく旅は進んでいた。
街へは着実に近づいており、地図上の距離も確実に縮まっている。
危険があるとすれば朝だけ。
それさえ無事にやり過ごせば、一日は概ね平和だった。
――そして、六日目の朝も例外ではない。
ハツキに、悲劇が訪れる。
「ん~~……ハツキ……うしろ……」
寝ぼけたヒジリの声が、やけにリアルに耳へ届いた。
見切った!
今だ! ここだ!!
そう叫ぶ間もなく、ヒジリの腕を払いのけようとする。
……あれ?
外れない。
――やばい。
ヒジリの腕が、思った以上にしっかりと絡みついて離れない。
意識は半分夢の中なのに、力だけは妙に強い。
あ……ダメだ……。
結局、ハツキが完全に目を覚ましたのは、ヒジリがとっくに起きて、身支度まで終えてからだった。
「ハツキ、ご飯できたわよ。いつまで寝てるの?」
そう言いながら、腕を組んでこちらを見下ろすヒジリ。
その顔は、いつも通り涼しげだった。
――感覚があったら、もっと酷かっただろうな。
そんなことを考えながら朝食を済ませ、準備を整える。
そして一夜限りの宿の契約を解除し、外へ出た。
「リーネまで、あと少しかな?」
今日も遠足気分なのか、ヒジリは楽しそうに問いかけてくる。
ハツキは地図を広げ、皮袋から小さな瓶を取り出した。
中の液体を、地図の上へと垂らす。
~~ 位置・確認水 ~~
じわり、と地図の上に光が滲み、現在地が浮かび上がる。
「こういうアイテム、本当に便利よね」
「うん。昔は無かったらしいけど……今も無かったら、旅するの大変だよね。
あ、ほら。あと少しみたいだ。早ければ明日の昼には着けそう」
ほぼ予定通り。
何事もなければ、旅とはこんなものだ。
――その油断を、打ち砕く声が響く。
「ハツキ、後ろ!!!」
ヒジリと一緒にいるようになってから、毎朝のように聞く言葉だ。
体が勝手に反応し、咄嗟に身を逸らして移動する。
直前まで立っていた場所に、数本の矢が突き刺さった。
「うわっ! あぶね~~」
見晴らしのいい場所だった分、完全に油断していた。
ヒジリは遠くを睨みつけ、小さく呟く。
「……めんどくさいわね」
「ねえ、ハツキ。リーネって、魔法研究が盛んなんだよね?」
昨日、色々調べて分かったことだ。
「そうだね。魔・盗賊に注意、って書いてあった」
ヒジリは何も言わず、静かに頷いた。
――もう、狙われている。
賊にとっては、貴重なアイテムを平然と使い、レアアイテムを所持する旅人。
逃す理由など、どこにもない。
「ハツキ。今のうちに言っておくわ」
ヒジリは足を止め、真剣な表情で言葉を続ける。
「前に作戦は立てたけど、敵の力量がまったく分からない。
魔・盗賊なんて、聞いたこともないもの。
だから……遭遇したら逃げて。そして隠れて」
そう言って、少し紅みを帯びた黄金色の両思いの石を取り出し、静かに微笑んだ。
「ハツキがどこにいても、すぐ行けるから」
「ダメだ!」
思わず声が出た。
「ボクは、ヒジリを置いてなんて逃げない。
ちゃんと秘策もあるしね」
ハツキも、精一杯の笑顔を返す。
「……わかった。でも、危険を感じたら逃げて」
そう言いながら、周囲に気を配りつつ歩き出す。
緊張を張り詰めたままの行軍は、さすがのヒジリでも堪えるようだった。
額の汗を拭いながら歩く姿に、疲労の色が滲み始める。
急襲されてから、どれほど経ったのだろう。
陽はすでに傾き、辺りは薄暗くなり始めていた。
賊が襲ってくる気配は、まだない。
ある程度見晴らしのいい場所を見つけ、とりあえず休むことにする。
皮袋から一枚の羊皮紙を取り出した――その瞬間だった。
今まで、何の気配もなかったはずなのに。
突然、ハツキとヒジリの周囲に、無数の気配が現れる。
――まずい。
見晴らしの良さが、完全に仇となった。
逃げ場が、ない。
「はぁ……ちょっと厄介ね」
ヒジリが小声で耳打ちする。
「ざっと四十~五十人。
そのうち、半分以上はザコ。でも……残りは分からない。
とりあえず、様子を見ましょう」
「みんな、厳ついんですけど……半分以上ザコなんですね?」
思わず敬語になった。
頭、あいつらですぜ!
レア皮袋とコテージ使ってた奴らは!
いかにも盗賊らしい叫びだった。
どうやら、リーネに着くまで休める場所はここが最後。
その情報を掴まれて、待ち伏せされていたらしい。
頭の隣に立つ男が、口を開く。
「男はバラしちまえ。女は……まだガキだな。
団にガキ好き、いたよな? 欲しい奴が好きにしていいぞ」
下品な笑い声が、山に反響する。
――在り来たりだ。
どこにでもいる盗賊。
ただし、油断はできない。
隣を見ると、ヒジリが微かに震えていた。
……あれ?
ヒジリさん、こういうの慣れてないんですか?
――ボクが、護らないと。
そう思い、皮袋に手を伸ばしかけた、その時。
「誰がガキだっての!!! ガキって言ったのだれ!!!」
ヒジリは眼帯を外し、賊の群れへと歩み出した。
冷静さを失ったのかと思い、駆け寄ろうとした瞬間――
皮袋の中から、声が聞こえた。
~大丈夫。冷静だから。
わざとバカを演じてるだけ。
戦力は把握した。人数は四十八。
ザコは四十五。ほとんどザコ。
でも、残り三人は分からない~
……色んな意味ですげえです、ヒジリさん。
~ハツキはそこにいて。
三人の動きを見てて~
~~りょ~かい~~
言われた通り、怪しい三人に視線を向ける。
頭と、その両隣。
賊たちは、ヒジリが近づいてくるのを見て大はしゃぎだ。
近くで見ると可愛いな。
上玉だ。
胸が控えめなのも――
――それ禁句です!!!
そう忠告したくなる。
次の瞬間、ヒジリがこちらを一瞥し、姿を消した。
~あとで覚えていなさい!!!~
次の瞬間。
日が沈みかけた平地に、銀色の光が次々と走った。
~10……20……30……40……45……! 終わり!!~
同じリズムで、男たちが倒れていく音が響く。
「はぁ……はぁ……さすがに、この人数は疲れるわね」
肩で息をしながら、ヒジリが隣に立つ。
今回は、何も見えなかった。
前は、相当抑えていたのだろう。
賊に気づかれないよう、そっと回復薬を渡す。
「……ありがとう……」
空になった瓶が返ってくる。
「やっぱ才能がねえ奴らは使えねえな」
頭の隣の男が、倒れた仲間を見渡す。
「あんたたちも、同じようなものでしょ?」
呼吸を整え、ヒジリが冷たい視線で睨み返す。
「……そうか。銀髪のバーサーカーか?」
頭が、ようやく口を開いた。
「こいつらじゃ、無理があったな」
その瞬間――何かが横切った。
え……?
ボクも、ヒジリも、気づけなかった。
ヒジリの頬から、血が伝う。
「ハツキ? 頬から血が出てる。……今の、見えた?」
どうやら、ボクにも当たっていたらしい。
完全に陽が落ち、恐怖が背筋を這い上がる。
――残り、三人。
「戦力を見極める時間はない。
暗闇での戦いは、土地勘のないあたしたちには不利。
速攻で片付けるわよ」
そう言い残し、ヒジリは闇の中へ消えた。
ハツキは皮袋に手を入れ、小さく呟く。
――ここからが、本番だ。




