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魔女  作者: 志に異議アリ


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1/5

灰の王妃



春の終わり、王は狩りの帰りにひとりの女を見た。

森の泉のほとりで、花を摘んでいた。

陽光が彼女の髪を透かして、金でも銀でもない淡い光を放つ。

王は馬上で息を呑んだ。


「名を、聞いてもいいか。」


女は振り返らずに言った。

「名を持たぬ方が、長生きするのよ。」


それが彼女の返答だった。

けれど、その夜から王の夢に、泉の女が現れるようになった。

白い指先、光る瞳、誰よりも冷たい微笑み。

王は次第に理性を失い、命じた。


「森の女を探せ。彼女を、王宮へ。」



―――


数週間後、女は王の前に連れられてきた。

王は彼女に贈り物を山のように積んだ。

宝石も、絹も、香も。

けれど彼女はどれも受け取らず、ただ言った。


「花をひとつ、欲しいの。」

「花?」

「枯れない花を、あなたの手で。」


王は意味がわからなかったが、庭に新たな温室を建て、

毎朝彼女に花を届けるように手配した。


いつしか、王の心は完全に彼女のものになった。


「君の瞳は硝子のようだ。」


「美しい君を僕の王妃にしたい」


そう愛を告げ続ける王は、

彼女の瞳の奥に映る自分の姿を見るたび、幸福を覚えた。


人はそれを[恋]と呼び、

やがて、王妃の座を授けられた女を「祝福された者」と呼んだ。


だが、それは祝福ではなかった。



―――


ある日、王妃は侍女に見られてしまう。

深夜の礼拝堂で、彼女が花を手に呪文を唱えるところを。

翌朝、噂が宮廷を駆け抜けた。

「王妃は悪魔と契りを結んでいる」

「夜ごと王の魂を吸っている」


王は信じなかった。

……最初のうちは。


しかし、王妃が老いぬことに、王自身が怯え始めた。

愛は恐れに変わる。

恐れは猜疑に変わる。

猜疑は、裏切りを呼ぶ。


王は彼女に言った。


「真実を話せ。お前は何者だ。」


女は静かに笑った。


「あなたが愛した者よ。それ以上でも、それ以下でもないわ。」


王は剣を抜いた。

女はただ、悲しそうに目を閉じた。



―――


火刑の日、王国中の民が広場に集まった。

王妃は白衣をまとい、髪を風に揺らしながら歩いた。

恐怖も、涙も、もう無かった。


王は高台からその姿を見下ろし、

「国の安寧のため、魔を滅す」と宣言した。


炎が上がる。

木の杭が爆ぜる音の中で、

女は王を見上げ、かすかに微笑んだ。


「燃えるのは私ではないわ。あなたの愛よ。」


炎が彼女を包む。

その瞬間、空が赤く裂けた。

風が逆巻き、城の塔がきしむ。

炎が彼女の形を崩すと同時に、声が響いた。


──王とその血を呪う。

愛を裏切る者の王国に、永遠の春は訪れぬ。―――


炎が消えたあと、そこに灰だけが残った。



―――


その日から、王国では花が咲かなくなった。

子は生まれても、七日を生きられなかった。

井戸は凍り、季節が巡らなくなった。


そしてある夜、王は王妃の声を聞いたという。

「あなたの花は、枯れないでしょう。

──私が、咲かせないから。」


翌朝、王は玉座の上で息絶えていた。

その顔は、微笑んでいるようでもあり、怯えているようでもあった。



―――


灰が風に舞う。

森の奥で、ひとりの女が歩き出す。



愛を信じた少女はもういない。

そこにあるのは、冷たい静寂と、永遠の時間だけ。


彼女の足跡のあとに、草木は二度と芽吹かなかった。




誤字報告ありがとうございます

il||li_| ̄|○ il||li


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