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異世界恋愛系(短編)

お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?

「レイラ、まだ書類が仕上がっていないというのはどういうことだ!」

「殿下、大変申し訳ございません。急遽別件が入っておりまして……」


 突然怒鳴り込まれたレイラは、怒り心頭の王太子の姿を前に慌てて頭を下げた。ひとに仕事を全部押し付けたあげく、自分は女遊びとはいいご身分だとは思っていても、決して口には出さない。王太子の怒声が響くたびに、首が締め付けられるような心持ちになる。


「別件だと?」

「はい。その……メリッサさまから家庭教師に出された課題が終わらないので手伝ってほしいというご依頼が……」


 ちらりとレイラが、王太子の腕にぶら下がる可憐な少女を見やる。とたんにうるうると目を潤ませた美少女が、王太子に泣きついた。小さく肩を震わせる姿はいたいけな小動物のようで見る者の哀れみを誘う。


「殿下、レイラさまが睨んで怖いです」

「レイラ。メリッサはまだ不慣れなのだ。上級貴族のマナーを身に付けているお前がメリッサの補佐をするのは当然のことだろう? そしてそれは、今まで行ってきた俺の補佐を投げ出してよいという意味にはならない。わかっているな?」

「……はい」


 要はメリッサの世話を焼きながら、今まで通り自分の仕事も代理で行えという命令だ。いくらレイラが才女とはいえ、物理的な上限というものが存在する。けれど王太子に伝えたところで、彼は決して受け入れないだろう。内心頭を抱えていたレイラに助け舟を出したのは、意外にも王太子に甘えていたメリッサだった。


「もう、殿下。あんまり厳しいことを言っちゃダメですよ。負荷はゆっくりかけていかないと。いい子ちゃんのレイラさまが突然『悪役令嬢』として目覚めちゃうと大変じゃないですか。制御不能になると、本当に面倒なんだから。生かさず殺さずが鉄則です! あたし、王都の外で魔王退治なんて嫌ですからね!」

「だが、君と俺がいれば問題ないのだろう?」

「それはそうですけれど。でもあたし、魔王ルートやってないから、細かいことよくわかんないし。やっぱり『いのちだいじに』で行きたいじゃないですか」


 よくわからないことを言い出す男爵令嬢だったが、ひとまずこれ以上の事態の悪化は避けられそうだ。レイラは大仰に礼を言ってみせる。


「お心遣いに感謝いたします。」

「どういたしまして! レイラさまには長生きしてもらわないと困りますもん! あたし、お仕事とか大嫌いだし。お茶会や夜会は全部出るから、書類仕事はお任せしますね!」

「本当にメリッサは、優しいなあ」


 茶会や夜会は社交の場。ひいては、女たちの戦場でもある。果たして家庭教師の初歩的な課題も終わらぬ低位貴族の娘が、恥をかくこともなくこなせるものだろうか。そんな疑問は飲み込んだまま、レイラは甘い空気を振りまくふたりを見送った。



 ***



 レイラは由緒正しい公爵家の令嬢で、幼い頃から王太子を支えてきた婚約者である。王国の歴史にも造詣が深く、政治的な視野も持ち合わせていた。公爵家の当主は、娘が望むのであれば当主の座を娘に譲ってもかまわないと何度も言っていたほどだ。幼い弟を前に、レイラはその話が出るたびごとに固辞したものだった。


 王太子は猪突猛進な傾向はあったものの、悪い人間ではなかった。考えなしではあるが、ひとの意見に耳を傾けることのできる素直さを持ち合わせている。現国王陛下は病弱で、王太子が王座に就くのもそう遠い話ではない。若すぎる国王の誕生を心配する声もあったが、しっかり者のレイラが王妃として隣に立つのであれば王国は安泰だと誰もが思っていた。


 そんな穏やかな明るい未来が打ち砕かれたのは、とある夜会にて王太子が訳あり男爵令嬢メリッサに出会ったからだ。素直で自由、表情がころころと変わる可憐な少女。市井で暮らしていた私生児ということもあり、一般的な貴族令嬢とは異なる彼女に王太子はすっかり夢中になってしまったのである。


 王国内は一夫一婦制だが、こっそりと妾を持つ者は少なくない。王族ともなれば、世継ぎの関係という建前により側室を持つことも許されている。だからレイラとしても、時期さえ選んでもらえれば男爵令嬢を城に迎え入れることに反対するつもりなどなかったのである。ほんの数年だ。レイラが後継ぎとなる子どもを産むか、あるいはレイラには子どもを産むことができないという証明ができるまでの間、待っていてくれさえすればどうとでもなることだった。


 しかし、そんな計画をぶち壊した人物がいた。まさかの王太子自身が、レイラを正妃とすることを渋ったのである。男爵令嬢を正妃とし、唯一の妻としたいのだという。もちろん男爵令嬢には正妃という立場は荷が重すぎる。ただ単に夫を癒すことができればいい愛妾とはわけが違うのだ。何より、それではレイラの立場がない。


 レイラからこんこんと諭された王太子は、何もかもが嫌になってしまったらしい。彼は自身の尻拭いも含めて、まとめてレイラに押し付けることにしたようだ。今後の相談と称して王宮に呼び出されたレイラは、妃教育が不十分だという理由で離宮に留め置かれた。そしてそのまま、高貴な奴隷として幽閉されてしまったのである。



 ***



「まったく、宰相は頭が固くて困る。彼には俺のような若くて柔軟な思考ができないのだ」

「さようでございますか」

「宰相の奴め、南国との交流を何が何でも阻止したいようだ。あちらとの交易路が開ければ、これまで以上に豊かになることは明らかだろうに」

「殿下、こちらの書類に誤りがありましたので訂正いたしました。ご確認をお願いいたします」

「お前は本当につまらない女だな。俺は同じ王ならば、剣王として有名な曾祖父のようになりたいが。はあ、今後書類のやりとりは文官に任せておく。お前がその身体で無聊を慰めてくれるというのであれば、こちらに来るのもやぶさかではない」


 書類をレイラの前に放り投げると、王太子は部屋を出ていく。おおかた、憂さ晴らしにメリッサの元に出かけたのだろう。王太子の脳みそが下半身に移ってしまったらしいことを密かに嘆いた。


「それでね、あたしは乙女ゲーム世界のヒロインとして転生したってわけ」

「……はあ、なるほど」

「本当はね、あんたは悪役令嬢として処刑されるのよ。でも、それって可哀想じゃない。だから、あたしの代わりに仕事をする条件で、この離宮に置いてあげているってわけ。西国との間で魔獣が発生したりだとか、東国近くの川が氾濫して飢饉が発生したりもするけれど、王都は問題ないし」

「こちらの書類にサインをお願いします。お時間があるのであれば、全項目に目を通していただきたいところですが」

「なんであたしがそこまでしなくちゃいけないのよ。それはあんたの仕事でしょ。でもまあ、名前を書くのは大事よね。それは日本でもそうだったし」


 行儀悪く足をばたつかせながら、メリッサは不満を爆発させた。愛玩動物だって不機嫌にもなる。けれど主人には見せられないから、レイラに聞いてほしいのだそうだ。


「レイラ、聞いてちょうだい。あの子ったら、わたくしに向かって癒しの力しか能がない役立たずの母親なんて言ったのよ。その上、自分の父親に向かって、さっさと譲位してほしいだなんて。どうしてあんな風に育ってしまったのかしら」

「さあ、私には何とも」

「あなたは、いつもそうやって粛々と仕事をこなすのね。あなたはあの娘のことが嫌ではないの? わたくしには耐えられないわ。わたくし以外の女が妻になるなんて。後継ぎはひとりしか生まれなかったけれど、わたくしは幸せだったと思っているのよ」

「王妃殿下、宰相閣下からお預かりしている書類です」

「頼り切っているわたくしが言うのも申し訳ないけれど、なんだかとても寂しい生き方ね。本当に惨めだわ」


 レイラの部屋には、常に誰かがやってくる。彼女に仕事を押し付けるために。あるいは彼女に愚痴を言うために。離宮にひとりで隔離されている彼女は、不満を持つ高貴な人々にとってあまりにも都合が良すぎる存在だった。



 ***



 レイラが閉じ込められている離宮は、そもそもいわくつきの場所だ。正妃に疎まれた愛妾が囲われていたり、罪を犯した王族が囚われていたりした。そして今は、正妃でもなく側室でもなく、それどころか婚約さえ白紙になりかけた令嬢が放り込まれている。


 その上念には念をということだろうか。レイラの首には豪奢な魔導具が取り付けられていた。王国に仇なすことはできないという摩訶不思議な魔導具。かつてこの地を訪れた魔女により創り出されたというそれは、どんなに高名な魔術師の力をもってしても再現することはできないのだという。


 そんなレイラにも、わずかばかりの楽しみがあった。それが離宮の中庭での午後のお茶だ。部屋の中にいれば、必ず高貴な誰かが愚痴を吐きに、あるいは秘密を共有しにやってくる。下手をすれば欲望のはけ口にレイラを使おうとしてくる始末。


 けれど誰の目からも丸見えの中庭であれば、レイラを粗末に扱う人間の行動もずいぶんましなものになる。あくまで今のところはという注釈付きではあったけれど、自分の心身を守るためにもレイラにとっては大切な時間だった。例え晴天に恵まれていなかったとしても。ずきずきと頭が痛む。空を見上げつつ、空気の匂いが変わるのを感じた。もうすぐ雨が降るだろう。


「もうすぐ雨が降るわ。ええ、この季節ですもの。仕方がないことよね。あちらの東屋にお茶の用意を移してちょうだい。濡れるのが嫌なら、下がっていてもよくってよ。どうせ私は逃げないわ」


 レイラが指示を出せば、侍女たちは慣れた様子でお茶のセットを東屋に移動させた。男爵令嬢の命を受けたらしい侍女のひとりがお菓子をひっくり返そうとしていたが、あっさりと受け止めて先に運んでおくことにする。これくらい慣れたものだ。ひとりお茶を楽しんでいると、若い文官が現れた。王太子の書類をやりとりするために、派遣された文官だ。レイラにとっては馴染みの文官でもある。


「レイラさま。大変申し訳ありませんが、雨宿りさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん。このままでは書類もあなたも濡れ鼠になってしまいますもの」


 すでに髪の毛からいくつか水を滴らせた文官は、ほっとしたように頭を下げた。



 ***



「あら、お疲れのようですわね」

「さっさと色よい返事をもらってこいと、上からも下からもどやされております」

「それは大変ですこと」


 にこりと微笑んで、レイラは文官にも紅茶をすすめた。疲れている時には、甘くて温かいものがよく効く。傍若無人な貴人たちに悩まされているのなら、なおのことだ。


「殿下の理想は、剣王陛下でいらっしゃいましたわね。剣の訓練も続けていらっしゃるのかしら」

「なるほど。確かに、夜は大層お元気でいらっしゃるようです。何せ寝ずの番をする近衛が、当番を嫌がるくらいですから」

「あらあら。確かに英雄色を好むとは申しますが、困ったお方ですこと」


 頬に手を当てつつ、レイラは我慢できずに小さく吹き出した。若さゆえの暴走と言えば聞こえは良いが、制御不能に陥っているのであれば獣同然だろう。


「英雄色を好む、されど色を好む者が英雄とは限らない」

「何がおっしゃりたいの?」

「殿下が即位したならば、どのような王になられるでしょう。剣王も賢王も無理でしょう。嫌王か倦王か。まあ、ろくな結果にはならないことは確かだ。ああ、それと近衛たちが寝ずの番を嫌がっている理由ですが、もうひとつございまして。例の方に、閨に誘われるのだそうですよ。まったく、一体誰の子を産むつもりなのやら」


 レイラはゆっくりと口角を上げる。


「聞かなかったことにいたしますわ」

「レイラさまは彼らの悪行に目をつぶられると?」

「私の姿がどのような形に見えたとしても、私の行動はすべて王国のためのもの。私が王国の威信に傷をつけることはないと誓いましょう」

「それならば我々もまた、レイラさまとともにこの国を支えることを誓います。ですからどうぞ、我々に止まない雨はないことを教えてはいただけないでしょうか」


 無言のままふたりは向かい合う。ゆっくりとひとつまばたきをして、レイラはため息を吐いた。ふと文官の向こう側に目をやれば、空にはいつの間にか七色の橋がかかっている。


「さあ、使い走りの文官さん。先ほどの返事ですが、雨は止んだようでしてよ。早く戻らねば、ご主人さまに叱られるのではありませんこと?」

「わたしの飼い主は、苛烈で両極端な方なのです。早く手綱を握る方が代わってくださると良いのですが」

「それならば、今よりももっと働き詰めになることは覚悟してくださいまし」


 サインをしたばかりでまだインクの乾いていない書類を文官に手渡し、レイラは自身の首につけられた魔導具をそっと優しく撫でた。



 ***



 書類のやり取りは例の文官に任せきりになっていた王太子が男爵令嬢メリッサを伴い、離宮にやってきた。どことなく興奮した様子のふたりの姿に、レイラは密かに眉を寄せる。


「本日は一体何の御用でしょう?」

「メリッサは君を側室にすることを嫌がったが、正式な地位ではない愛妾であれば許せると譲歩してくれた」

「まあ、それで?」

「メリッサは俺の子を身ごもった。次はお前の番だ。どうだ、俺はちゃんと順番を守っただろう?」


 確かに正妃がまず最初に後継ぎを産んでからという話はしたが、一体何がどうねじ曲がったらこのような思考回路になるのだろうか。恋愛をすると脳みそがお花畑になり腐り落ちるのか。あるいは下半身に脳みそが移行した結果、物事を論理だてて考える人間としての知性を失ってしまうのかもしれない。


「そのお話、もちろんお断りいたしますわ」

「何よ、せっかく貸してあげるって言ってるでしょ。ありがたく使えばいいじゃない」


 メリッサが不愉快そうに吐き捨てる。どうやらあまり納得はしていないらしい。にやけきった顔の王太子がレイラに向かって一歩近づこうと瞬間、勢いよく跳ね飛ばされた。レイラを守るように、淡い結界が張り巡らされている。


「なぜだ。なぜ、お前は俺に歯向かえる? その魔導具は、王族に仇なすことはないはずだ」

「殿下、その解釈は間違いです。殿下にさまざまなことを教えてくださった先生方も、よくおっしゃっていたではありませんか。『思い込みで進めてはいけません。きちんと問題をよく読んでください。何を聞かれているのか、問われている形で答えてください』と」

「お前は一体何を?」

「この魔導具は、『王国に仇なすこと』を禁じているのです。決して、あなたのような名ばかりの『王族』にひれ伏すことを強いているのではありません。この魔導具が真に守りたいものは、この王国そのもの。ですから、この王国を守るためであれば……ほら」


 ぱんと軽くレイラが手を叩いてみせれば、レイラの前には例の使い走りの文官がひざまずいた。けれど今は文官の制服ではなく、豪奢な騎士の正装を身に着けている。それが新しく就任したばかりの騎士団長であることに、王太子はようやく気が付いたらしい。さらに続いて宰相やら、レイラの父である公爵など国の重鎮たる面々が勢揃いし、恭しくひざまずいている。


「貴様ら、一体何をしている! それではまるでレイラが」

「我々は、レイラさまとともに国を守ります」

「そんなこと、できるはずがない!」

「まあ、殿下。どうしてできないとお思いになるの?」


 小首を傾げながら、レイラは問いかけた。その手にはレイラが女王となることを認めた書類が一枚。そこにはしっかりと王印が押されていた。レイラは、王族の血を継いだ公爵令嬢なのだ。現国王が首を縦に振ればそれで決まる。何せ根回しをするどころか、王位の簒奪を持ちかけられて困っていたのはレイラの方なのだから。


 この王国には、女子にもしっかりと王位継承権があることを王太子は忘れているのだろうか。兄弟のいない王太子に何かあれば、レイラの元に王座はやってくる。レイラの家族も、これ幸いとレイラに王座を譲ってくることは明白だった。彼らはレイラと同じく有能な面倒くさがり屋なのだ。


「殿下、これは嫌味ではなく心からの疑問なのですけれど、どうして私があなたを裏切らないと信じられたのですか?」

「だってお前は、俺のことを愛しているのだろう?」

「まあ、何をおっしゃっているのでしょう? 確かに親戚としての情はありますけれど、それだけですわ。むしろ血が繋がっている分、我慢していたことも多いのですよ。他人でしたら、速攻で斬り捨てていたくらいには大嫌いです」

「じゃあ、どうしてずっと俺の言葉に従っていたんだ」

「従っていたのではありません。私が仕事をすることが国のためになるから引き受けていただけです。国王を無理矢理挿げ替えないのもその方が平和で簡単だから。そして今は、あなたがいない方がもっと国のためになるし楽だとわかっただけ。それだけのことですわ」


 切り捨てるではなく、斬り捨てるという言葉にそこはかとない殺意を込めて、レイラは自らの手で首輪を外した。


 レイラは由緒正しき公爵家のご令嬢である。決して、誰かの不平不満を投げ捨てられるためのゴミ箱ではない。それにもかかわらず黙って、理不尽な役目を引き受けていたのは、レイラにとってそれが羽虫の羽音ほどの意味を持たないものだったからだ。我慢できないほどの不愉快さではないのなら、放置しておく方が簡単なのだ。


 もちろん王位を簒奪してもよかったが、王位簒奪にはそれなりの手間と費用がかかる。ただでさえ、未来の王妃という地位は面倒なのだ。欲しくもない王位のために、手間と時間と金を使いたいとは思わない。勝手に日陰の女扱いして馬鹿にしていればよい。王国がまともに機能するのであれば、それはそれで構わない。そう思っていたのだが、男爵令嬢メリッサとの出会いがレイラを変えた。


 なるほど、「悪役令嬢」というのは面白い。国の利益のために生きることを信条とする貴族に生まれながら、何よりも自分の欲を優先させる。自由奔放に生きる男爵令嬢の話を聞いていたら、レイラは新しい人生を歩むのもまた悪くはないと思ってしまったのである。


 そしてメリッサは、どこで手に入れたのかわからない知識をぽろぽろとレイラに与えてくれた。これからも生かさず殺さず囲っておけば、有益な情報を吐き出してくれるだろう。賢い人間も、役に立つ人間も大好きだ。レイラにとって価値がある限りは、不自由のない生活を与えるつもりである。何より、レイラは王太子なんかよりもずっと働き者のよい男を見つけてしまった。せっかく王国のために生きるのであれば、恋愛を楽しむ自由くらい得ても罰は当たらないだろう。


「何よそれ。そんなの飼い殺しじゃないの!」

「ええ。全部あなたが教えてくれたことです。本当にありがとうございます。お礼に、お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?」


 首輪の形をしていた魔導具が、王冠に姿を変える。それはいつの間にやら失われたと伝えられている、初代国王の冠。王として相応しい人間にのみ触れることが許された宝具だ。首輪をつけて下を向いて生きるのも、冠を戴き前を向いて立ち上がるのもすべては自分次第。レイラは馴染みの文官もとい騎士に寄り添い、艶やかに微笑んでみせた。



 ***



「女王陛下、会議のお時間です」


 文官としても武官としても能力に優れている夫は、武官と文官の両方の仕事に口を挟んだあげく、うまい具合に橋渡しを行っている。常人には行えない仕事ぶりには、目をみはるばかりだ。うやうやしく首を垂れる夫にレイラは優しく声をかけた。


「あなたは王配なのに、第一線で働きすぎではありませんこと?」

「レイラさまは、仕事熱心な人間をお好きだと知っておりますもので。できる限りの力で、お役に立つつもりです」

「働き者の旦那さまを持って、私は幸せ者ですわ」


 レイラはころころと笑い声を上げた。この男が、男爵令嬢が言うところの「魔王」となる器の持ち主であることも、男が魔王となるきっかけはレイラが不当に踏みにじられていたからであったことも、今となっては誰も知ることのない事実なのであった。

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