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5.初夜もお飾り妻の役目なんですか……!?


 貼りつけ続けた笑顔のせいで頬は痛いけれど、休む間もなく夜は訪れてしまう。

 パーティーが終わり部屋に戻ると数人がかりで体を洗われ繊細なレースで作られたナイトドレスに着替えさせられ、ルイーズは言われるがままシリルの部屋を訪ねていた。


(来てしまったけれど、本当に?)


 イネスが去り、ルイーズの部屋より一段と豪華な装飾が施された扉を一人で見つめる。


 普通はドキドキするところなのかもしれないけれど、正直困惑していた。

 キスはともかく、好きでもない人とそういうことをしたいという欲はないし、緊張よりも初めてという不安や恐れの方が大きい。うまくできる自信も一切ない。でも殿下なら跡継ぎ問題も発生するかもしれないし、必要なものだと言われれば断ることはできそうになかった。


 ……なるようにしかならないかもしれない。シリルは優しいしひどいことはされないだろう。よし! と気合を入れて扉をノックをする。


「シリル様、ルイーズです。少しよろしいですか」

『ルイーズ?』


 ゆっくりと扉が開き「どうぞ」と招き入れられた。「失礼します」と返した言葉が、緊張で微かに震える。


「どうしたの? 夜遅くに」


 不思議そうに首を傾げられて、あれ? と、小首を傾ける。

 てっきり暗黙の了解のようなものだと思っていたから想像とは違う反応に戸惑っていると、シリルが「ああ」と笑った。


「もしかして初夜のお誘い? 嬉しいな」

「!」


 手をとられて、指先にキスをされる。突然のことに頬が熱を持つと同時に、これから起きる出来事への予感が強まって体が固まった。シリルがふっと微笑む。


「でも、無理しなくていいよ」


 あっさりと手を離して、シリルは大きなベッドに視線を移した。


(無理しなくていい……とは?)


「戻りづらいでしょう? ここで寝ていいよ」

「あの……でも、シリル様は……」

「僕は別室に行くから気にしないで」

「だ、大丈夫なんでしょうか」

「何が?」

「えっと、妻の務めとしてといいますか……」


そろそろと問うと、笑みを深められた。


「最初に言ったでしょ、嫌なことはしなくていいよ。それに今日は疲れただろうから、ゆっくり休んで」


 本当にしなくていいのならありがたいけれど、かなりの覚悟を決めてきたからか少し拍子抜けした。それだけではない。


「ですが、結婚式の際も気遣ってくださいましたよね?」


 自分の意思で結婚を受け入れておきながら、ここまでシリルに助け船を出してもらってばかりだ。取り繕ったつもりだったけれど、シリルの口ぶりを思うとルイーズの不安はきっと式の時と同様に見透かされていたのだろう。


「ああ、あれは……いいんだ。僕も別にする必要はないと思っただけだから」


 その声にほんの一瞬、突き放すような含みを感じる。


(する必要はない。それは確かに……そう)


 仮初の夫婦なのだから、ある意味正論とも言える。形式さえ整えば愛を誓う必要もないわけで、返す言葉が見つからない。


(しなくていいのなら、いいのよね?)


「……ありがとうございます。シリル様もゆっくり休んでくださいね」

「ありがとう。じゃあ、おやすみ」


 あっ、と思ったけれど遅かった。自分の部屋に戻ると伝える前に、シリルは隣室へと行ってしまい一人取り残される。


 ベッドを借りるのは申し訳ないけれど、せっかく気を遣ってくれたのに今廊下に出たら他の人に会うかもしれない。ためらいながらも広いベッドにのぼる。

 皺ひとつないシーツにそっと転がって息を吐き出した。ベッドからは知らない香りがして、そわそわと落ち着かない気持ちになる。


(まさかこんなことになるなんて)


 突然結婚を迫ってきた強引さはあるのに、シリルがくれる言葉はいつも優しくて甘い。何よりずっと笑って気を遣ってくれていて、評判通り完璧な王太子だ。今のルイーズの毎日は目まぐるしくも、クラルティ家にいた頃からは考えられないほど煌びやかで贅沢な時間に満ちている。

 けれど、恐らく――ルイーズ自身には、興味がないように思える。


 だからこそやっぱり与えられる理由がわからない。興味がないのならもっと雑に扱ってくれても気にならないのに。


(……優しくされて困惑するのもおかしな話よね。せっかく新しい生活を手に入れたんだから、今まで通り私なりに楽しもう)


 重くなってきたまぶたを下ろして、枕に顔を埋める。

 シリルのおかげで手にいれた誰にも叩き起こされることのない穏やかな夜。落ち着かないと思ったはずなのに、疲れが溜まった体は言うことを聞かずルイーズは眠りの世界へと落ちていった。

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