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30/30

30.これからも二人で


 シリルの部屋に入ってからも、シリルとルイーズは揃って落ち着かない気持ちを持て余していた。


「では、友好条約は正式に結ばれたのですね」

「うん、明日の議会で最終承認を得られれば国民へも伝えるよ。それからダニエル国王陛下が君に会いたがっていたから、落ち着いたら場を設けてもいいかな?」

「はい、ぜひ」


 ベッドに並んで腰かけながらの今日の報告会。それが終わると、またどちらからともなくそわそわしてしまう。


 ゆっくり話すのはあのハグと告白以来。どう話を切り出すべきかシリルが考える中、口火を切ったのはルイーズだった。


「あの、シリル様」

「うん……?」

「手を出していただけませんか……?」


 言われた通りに差し出すと、ポケットから取り出した何かを、そろそろと手に乗せられる。シャンデリアの光を浴びたそれが、きらりと光った。


「これ、は……」


 以前街でデートをした時に見た、美しい宝石。シリルの瞳のようだとルイーズが笑って称していたものが、パールとあわさって美しいピアスになっている。


「髪留めのお礼も込めて。遅くなってしまいましたが、受け取ってくれますか?」

「僕、に……ルイーズが……」


 いつかの約束が胸に蘇る。愛しい彼女の手作りだと理解した瞬間、じわじわと喜びがこみ上げた。


「ありがとう、すごく嬉しいよ」


 思ったまま感謝を吐き出すと、ルイーズがほっとしたように笑う。


「さっそくつけてみてもいい?」

「はい、嬉しいです。ぜひ」


 姿見まで移動すると、ルイーズも後をついてくる。まるで庭に住み着いた猫のようだと内心微笑ましくなりながら、もらったピアスをそうっと右の耳朶に近づけた。

 すっと穴を通ったピアスを固定する。左耳も同じようにすると、きらりと宝石が揺れた。


「……綺麗だ」

「よかった。すごくお似合いです」

「ほんと?」

「はい!」


(僕のために作ってくれた世界でたったひとつの……)


 嬉しくて、愛おしくて、どうにかなりそうだった。さっきまでどうすればいいかわからなかったのに、勝手に手が動く。小さな手を握ると、ルイーズが驚いたように見上げてきた。

 視線が重なる。


「……好きだよ、ルイーズ」


 こぼれ落ちた言葉に、ルイーズが息を呑む。


 冷たい彼女の手からは緊張が伝わってきて自分もつられそうになりながらも、それ以上に愛しさが湧き上がった。これが同じ気持ちということかもしれない。


 最初は、ただ父に従っただけだった。突然日の当たる場所に駆り出され、好奇の目に晒された彼女を多少気の毒だとは思ったけれどどうでもよかった。

 自分に何ができるわけでもない。ただ波風を立てないように夫を演じ続ければそれだけでよかった。 


(でも、いつの間にか君の強さや優しさに惹かれて……)


 目を背けたくなるほどまぶしくて、最初は苛立った。それが憧憬だと気づいたのは、いつだろう。


「私も、好きです」


 ルイーズがくれた言葉に、全身が熱くなっていく。


「僕も。僕も好きだよ、大好き」


 もっとうまいこと言いたいのに、気の利いたロマンチックな告白がしたいのに、火が出るんじゃないかと思うほど顔が熱くて、つい目を逸らしてしまう。


「……ご、めん。うまく言えない」


 興味のない相手ならいくらでも取り繕えた。

 けれど、彼女相手には無理だった。


 一度剥がれた仮面は彼女の前だけでは無効。頭が働かなくて感情のままに言葉が溢れてしまう。


「好きだよ、ルイーズ。リオラシス国の血筋とか偽の妻じゃない――君のことが好きなんだ」


 守り方も、正しい愛情の伝え方もいまだにこれが合っているのかわからない。手は震えるし、顔だってきっと赤いだろう。かっこよくてスマートだとは言い切れないけれど、ルイーズが見せてくれる笑顔が、間違っていないことを教えてくれる気がした。


(いや、間違っていたとしても。君が喜んでくれるのなら……)


 本当に望むものがわからず、愛を知らなかったシリルの胸が音を立てる。湧き上がる衝動に突き動かされるように、彼女の頬に手を添えた。

 傾けた顔をゆっくりと近づけ、彼女が目を閉じたのを確認して唇を触れ合わせた。


 全身が痺れるような幸福感を抱くのに、まだ足りなかった。

 もっと近づきたい。キスがしたい。

 鼓動を速めながらルイーズを見つめると、促すように見つめ返された。


「このまま触れてもいいかな」

「はい、私も……触れたいです」


 後ろにあったベッドにそっと押し倒す。以前プレゼントした髪留めで結ばれていた髪を解くと、淡いピンク色の髪がシーツに広がりごくりと息を呑む。かわいくて、美しくて、神々しい。


(こんな感情も知らなかった。君には、暴かれてばかりだ)


 彼女と距離が近づく中で、初めて抱く気持ちに戸惑い、自分でも驚くほどの激しい嫉妬心を暴かれた。逃げたくてたまらなかったのに、いつしかかわいくて、愛おしくて、どうにか守りたいと願った。でも、そう思えば思うほど、彼女の笑顔を奪ってしまった。


 守り方を間違えて傷つけた夜を償い、愛を上書きするように。王になる覚悟が持てずに踏み出せなかった時に背中を押してくれた感謝を伝えるように――。


 それから、今もここにいてくれる喜びを、感謝を、それからすべての感情を束ねた先にあるたくさんの愛情を伝えるように何度も何度も口づけを落とす。


「私も愛しています、シリル様」


 まるでお守りのような彼女の笑顔。心を導いてくれる光。


 ……もう、怖がらなくても大丈夫だ。


「愛してるよ、ルイーズ。ずっと、ずっと」


 自然とこぼれた言葉に続くように、深く口づける。


 本当に『好きな人』との結婚。形だけじゃない関係。

 彼女の想いを詰め込んだ宝石が、二人を祝福するように耳元で光っていた。



こちらで完結となります。

最後まで読んでくださりありがとうございました!

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