29.大切な妻へ
父であるレオンの罪はやり方こそ人々の批判を買うものであったものの、元をたどると主に先王の所業であること、これまでの国への貢献度などから処刑は免れた。
クロードからも減刑を求める声が上がったけれど、退位と投獄は避けられず、処遇を決める議会の後、すぐに即位の儀が行われた。
(……ここからは、僕が頑張らないと)
クロードと共に隣国の王、リオラシス国との会談を終えたシリルは、城に戻り、体を清めた後自室のソファで嘆息を吐き出した。手元には今日まとめた資料がある。
王になったという実感は、まだない。
けれどこれまで父や祖父の行いにより犠牲になってきた者たちへの贖罪、国民たちへの決意、すべてを背負うと決め、父の後を継ぐことを決意したのだ。弱音なんて吐いていられない。
(でも、さすがに移動も長かったし疲れたな……)
会談は無事にまとまったけれど、久しぶりに笑顔を張り付け続けた公務。それから長時間の移動や父との関係が大きく変わったことなど、環境の変化はシリルの精神を疲弊させていた。
何より一番大きな問題がひとつ。ルイーズには留守の間この城のことを任せたのでリオラシス国へは同行しなかった。
つまり、もう数週間もまともにルイーズと過ごしていないのだ。
(早く会いたい。今夜は一緒に寝る約束をしてるけど……まだ来ないのだろうか)
ちらりと窓の外に浮かぶ月を見る。
迎えに行きたいけれど、さすがに重いだろうか。まだ入浴中かもしれないし着替えなんてしていたら申し訳ない。
「殿下――ではなく、シリル国王陛下」
紅茶を淹れてくれていたオーブリーが、カップを片づけながら声をかけてくる。
「おかわりはいかがですか?」
「いや、もう大丈夫だよ。ありがとう」
「かしこまりました」
まだ何か言いたげに見つめられる。
「どうしたの?」
「そわそわしていらっしゃいますね。ルイーズ様がなかなかいらっしゃらないからですか?」
「! いや、そ……」
咳き込みかけた喉を押さえ、否定の言葉を引っ込める。
「そう、だね」
「早くお会いしたいんですね」
「……うん。でも迎えに行くのは、重いかなと」
「そうですか? 喜ばれると思いますよ」
オーブリーはにこやかに頷いてくれる。
喜んでくれるだろうか。想像してみるけれど、クロードと仲違いをしてからというもの一人と深く向き合うことを避けていたため、うまくできない。作り上げた自分ならさらっとこなせるのだろう。でも、ルイーズが相手なのだ。
(偽りのない……自分の意思で迎えに行きたい)
資料をテーブルに置き、腰を上げる。
「……そうだね、迎えに行くよ」
「お供いたします」
さっとポットを下げたオードリーが胸に手を当てて微笑んだ。
少し緊張しながら廊下を進みルイーズの部屋をノックすると、イネスが扉を開けてくれた。
「シリル様、どうされたんですか?」
「その、迎えに来たんだ。……早く、会いたくて」
「! あ、ありがとうございます……」
照れたように笑うルイーズに、胸がぎゅっと掴まれる。
(もしかして君も早く僕に会いたかった?)
あんなに不安だったのに、こんなはにかみを向けられてしまうと途端に自惚れてしまう。ふと周囲からのあたたかな視線が注がれていることに気づき、二人揃ってハッとした。
「ね、寝る準備ができているのなら、部屋に行こうか」
「は、はい」
次が最終話になります。




