27.国の行く末
「シリル様、どうか私のことを処分してください」
「いや、されるべきは父上だよ」
「……え?」
クロードとルイーズの目が丸くなる。
「議会を召集しよう。父上の過去の罪を暴きたい」
「なっ……シリル様、どうして……」
信じられないと言った顔をするクロードに向かって、シリルは力強く微笑んだ。
「さっきアルベールさんが病気で亡くなったと知ったと言っただろう? その際にいろいろと調べたんだよ。今なら父と先王の罪を暴けるし僕なら議会を召集できる」
シリルが、これまで静かに見守っていたルイーズを見る。
「ルイーズ、君も手伝ってくれる?」
(ずっと陛下に意見を言わなかったシリル様が自分の意思で……)
優しい彼が下した決断に、胸がいっぱいになる。
きっと悩みはありながらも自分が守りたいもののために、信念のために決めたのだろう。だったら、ルイーズの答えはひとつしかない。
「はい、もちろんです」
「……シリル様、変わられましたね」
よろよろと立ち上がったクロードの目が、細められた。
「あなたが陛下に反抗するなんてあり得ないと思っていました。小さい頃、何度も何度も厳しい教育を受けたあなたはいつしか諦めてしまったでしょう。抵抗することはもちろん自分の意見を言うことを止め、笑顔であらゆることを受け流すようになった。優しいあなたは……権力の言いなりになってしまった」
「……ああ、そうだね」
「あなたを救えなかった私が言うことではありませんが」
「そんなことない。あの頃救われていたよ、君にだけは」
「え……」
クロードがまた目を瞠った。
「笑顔で生きることが僕の処世術になったのは、クロード……君がいたからだよ。覚えてない?」
折檻されていたシリルをこっそり助けにきてくれたこと。その時にたくさん笑わせてくれ、笑顔に救われたこと。前向きなクロードのようになりたいと憧れたことがきっかけだったのだと。
「ただ、今は僕を救ってくれる存在がもう一人いるんだ」
シリルの視線が、ルイーズを捕らえる。その甘くも愛しさを湛えた眼差しに、心臓が波打つ。
「父上への抵抗と同じく、ずっとクロードとの関係も諦めていたんだ。離れた理由を尋ねることさえできなかった。嫌われたのなら仕方ない、もういい、一人で生きればいい。諦めて流されていれば波風は立たない。傷つかないと」
でも、とシリルが笑う。
「ルイーズが背中を押してくれたから、諦めない選択肢が生まれたんだ。だから、今こうして君と話ができているんだよ」
「……」
クロードの前に、一歩近づく。
「それにもう父上の言いなりにはならず、自分が思う正義で生きようと思えた。僕は罪を暴きたい、健全な国にしたい、平和にしたい。だから証拠を集めようと決めたんだ」
シリルが晴れやかな笑みで、クロードを見つめる。それから手を差し伸べた。
「リオラシス国にも友好条約を提言するよ。クロード、君も手伝ってくれるか?」
「ですが……」
居心地悪そうに、視線が揺れる。
「リオラシス国との外交を頼めるのは君しかいないと思っているんだけど」
「……わかりました」
逡巡の後、覚悟を決めたように見つめ返す。
「……もちろんです。シリル様」
手を握り返したクロードの顔は、悲しみや後悔ではなく、涙を堪えながらも晴れ晴れとしていた。
議会の召集は、それから間もなく行われた。
シリルが召集目的を明かさなかったため、レオンは自分に忠実な彼の提案を何ひとつ疑うことなく議会を開いた。
シリルが提出した先王とレオンの罪の証拠には、クロードが持っていたアルベールの手記などもあった。貴族たちは最初こそ驚いていたものの、中には実態を知っていた者、疑問を抱いていた者もいて、シリルが望んだ〝国王の退位〟への賛同は想像以上に多いものとなって――。
「レオン国王陛下は最後まで反対を申し出ていたようですが、さすがに逃げられないでしょうね。そもそもシリル様のほうが国民からの信頼も厚かった。そのことが証明されましたから」
「そう思ってもらえているのなら、君のおかげだよ。クロード」
シリルの言葉を受け止めたクロードは、照れ臭そうに手元の新聞に目線を戻す。
ようやく父の心残りを果たせたからか俯き気味の表情は穏やかで、向かいに座るルイーズも胸を撫で下ろした。
(でも、まだここからだわ……)
クロードが持つ号外の新聞には、国王レオンへの不信感が綴られている。
隠されていた事実は瞬く間に国民を震撼させることとなり、国内は混乱の渦に陥った。多数決の結果レオンは処遇を決める議会にかけられることになり、牢の中に入れられていた。
「リオラシス国からはまだ返事は来ていないね」
ふいにシリルの声色が重くなる。
リオラシス国にもクロードを通じて書信を送り、冷戦状態の解消やルイーズとの面会などを提案しているけれど、いまだ進展はなかった。
「やはり僕は王太子の立場だから、正式な申し出にならないことが大きいのかな」
「いえ、今は陛下が不在の状態です。それにリオラシス国は平和を望む国ですから、向こうにとっては願ってもいない提案だと思います」
「……まあ、僕のことを信頼してくれているのならね」
苦笑を浮かべるシリルに、新聞を閉じたクロードがすぐに反応した。
「それに、レオン国王陛下の失墜は免れないかと。そうすればシリル様が国王になるのでは」
「いや、僕にその資格はないよ」
シリルが首を横に振る。ルイーズとクロードは想定外の返事に驚いた。
「即位されないのですか?」
「最近知ったこととはいえ、僕も父の悪行にずっと目を瞑っていた立場だ。ふさわしくない」
眉を下げるシリルに、胸が重くなる。
気持ちがわからないわけではないけれど、これまで抑えてきた感情や父の素行を晒した心情を思うと、いたたまれない。
どう答えるべきか迷っていると、「ルイーズ」と名前を呼ばれた。その真剣な声に、自然と背筋が伸びる。
「君ももう自由にしていい。城を出たいならまだ権限があるうちに手配をする。できる限り支援も――」
「いえ、私はこのままシリル様の傍にいます」
気づけば、口を開いていた。迷いなく応えたルイーズに、シリルの目が徐々に丸くなった。
「国王になるかどうかは関係ありません。私はシリル王太子殿下ではなく、シリル様の妻ですから」
「ルイーズ……」
「ですから、シリル様がいいとおっしゃってくれるのなら、このままお傍にいさせてくれませんか?」
勢いで答えたからか、今さら緊張が襲ってくる。けれど不安とは裏腹に、シリルは嬉しそうに目を細めた。
「……そんなの僕が断る理由なんてない」
「そう言っていただけて安心しました」
本当に心の底から安堵して、声が震えた。そこに苦笑を混ぜた声が割り入ってくる。
「最初から私がつけいる隙などなかったのですね」
思い出すのは、クロードからの告白。共に逃げるためだけではない、熱の籠った想いにちゃんと向き合わなくてはならない。
「あの、その件ですが……」
「言われなくてもわかっていますよ」
覚悟を決めて口を開くと、遮られてしまった。
「……でも、そうですね。私の気持ちの区切りのためによければ返事をお聞かせいただけますか?」
「はい」
応える声が、勝手に硬くなる。シリルも静かに見守っているようで、沈黙が流れた。
「申し訳ありません。私はシリル様の傍にいたいのです。クロードさんの気持ちには応えられません」
「……ありがとうございます、ルイーズ様」
クロードが微笑んだその時、ノックの音が響いた。
『殿下、少しよろしいでしょうか』
「オーブリーか。どうしたの?」
『殿下とルイーズ様に謁見したいと申している方が訪ねてきておりまして。お通ししてもよろしいですか?』
「? ああ、一体誰が――」
「それはご自身の目で確かめてください」
立ち上がりながら、クロードが微笑む。
「クロードさん、ご存じなんですか?」
驚きながら尋ねると、クロードが悪戯っぽく目を細めた。
「どうでしょう。ですが、私が客間へと案内いたしますよ」
誤字報告ありがとうございます!とても助かります…!




