25.信じたい
「……シリル様が?」
「ええ、あの男は友人であった私をあっさりと裏切った。あの日以来私たちも決別したのです。……親子揃って皮肉なものですが」
「では、シリル様に嫌われたというのは……」
「申し訳ありません。あの時は真実をお話することができなかったので。嫌っているのは……いえ、彼を憎んでいるのはこの私です」
クロードが、はっきりと言い放つ。
「私がすべての事実を知ったのは、十三歳の頃――父が処刑されてから五年の月日が流れていました」
「では、それまでは……」
「ええ、お恥ずかしながら私も父を反逆者だと思い込んでいました。同じように国に仕える騎士として、まだ国や陛下のことを信じていましたからね。けれど……ある日父の手記を見つけ、真実を知りました」
「それがレオン国王陛下――いえ、この国が秘密裏に行ってきた悪事……」
「はい」
クロードが、力強く頷く。
「だから私は父をあんな目に合わせたこの国を滅ぼしたい。父の汚名を晴らすため、この国と、あの腐った陛下と私を裏切ったシリル様に復讐がしたいのです……!」
怒りに震える声が、ルイーズにも突き刺さる。父親を思う胸中を思えば、胸が鈍く痛むけれど。
(……でも、本当にこれが真実?)
――僕を裏切った男。
――残念ながら今は疎遠だけど、当時は信じられる友人だったよ。
これまで聞いた言葉の数々を思い出せば、微かな違和感を覚えてしまう。
国が国民に隠している事実については、クロードの言う通りかもしれない。ルイーズも城に来るまでは、レオンに対して悪印象を持っていなかったからだ。けれど、まだ幼かったシリルがすべてを知り黙認していたという点だけは、どうしてかすぐに納得できなかった。
(陛下に反抗できなかったという可能性はあるけど、それならシリル様まで憎まれるのは違う気がする。それに……優しいシリル様なら後悔してそうなのにクロードさんのことを『裏切った』元友人だと思ってるのはどうしてかしら)
……ただ、シリル様のことを信じたいだけかもしれない。
そうだとしても、どうしてもこのまま頷くことはできなかった。
「あの、お父様が亡くなったのは私たちが幼い頃ですよね……?」
「ええ、私たちが八歳の頃です」
「……シリル様とは、真実を知った十三歳以降、絶縁状態ということですか?」
言葉を選びながら問いかけると、迷いのない首肯が返ってくる。
「それまでは本当に仲のよい友人だったのですよ。私も……忙しいシリル様が会いに来てくれるだけで嬉しかった。私も大変な環境にいる彼に笑ってほしかった」
自嘲気味な言葉を紡いでいた唇が、ふと歪む。
「それなのに、あの男はあっさりと父を見捨てた」
「……」
「事情は以上です。改めて、お願いをさせてください」
クロードが、懇願するような瞳でルイーズを見つめる。
「ここまでの話からわかるようにあなたの味方は私です。一緒にリオラシス国へ帰りましょう」
「……申し訳ありません」
クロードの眉が、ぴくりと動いた。
「シリル様と一度話をさせてはもらえませんか」
「……シリル様と?」
「はい、クロードさんの気持ちは伝わりました。ですが、これだけではまだすべて納得することはできないんです」
「なぜ……⁉ あの男を信じる必要などありません!」
「いえ、それでも私は話したいんです。失礼しま――」
クロードの横を通り抜けようとすると、手首を掴まれた。
「ルイーズ様! お願いです!」
「クロード!」
不意に大声が響いた。
花畑の中にとらえたシリルがこちらに駆け寄ってきて、クロードの腕を強引に引きはがしルイーズの手を引いて背中に庇う。背中から殺気立った気配を感じ、息を呑んだ。
「ルイーズ、平気?」
「は、はい」
「心配しないで。君に仇をなすものは全部、僕が排除するから」
「!」
冷たく言い放ったシリルが剣を抜いた。クロードに向けられた切っ先が、陽光を帯びて光る。
「……まだシリル様とやり合う気はありません」
「ふざけるな。このままみすみす逃がすと思うか? ルイーズを懐柔どころか無理やり連れていこうとするなんて。彼女をどうする気だった?」
今にも斬りかねない勢いで、シリルが冷たく笑う。ルイーズの背中に嫌な汗がつうっと伝う。
(待って、これじゃあ……)
「待ってください!」
とっさに、シリルの背中に抱き着いた。
「! 何を……っ」
「お願いです。剣を納めてください……!」
「君はクロードの味方をするのか……」
「違います!」
「……っ」
シリルが、弾かれたように動きを止める。
「……私は諦めませんから」
その隙にクロードは去っていく。
シリルは剣を鞘に納めると、ルイーズを無理やり引き剥がして無表情のまま振り返る。
「……来て」
「!」
そのまま城の中へ連れて行かれた。部屋に入れられ、扉を締められる。
「安全が確認できてこの城を出られるまではここにいて」
「あの、シリル様は――」
「僕はクロードを追いかける。でもルイーズはここだ。新しく見張りを寄越すから」
シリルは淡々と言いながら、ルイーズをソファに座らせる。
(このままじゃ二人はやり合ってしまう。そうしたら……)
もう話すことはできないだろうし、どちらかが傷つく最悪の結果もあり得なくはない。シリルが手を離し、淡く微笑む。
「……またね、ルイーズ」
泣きそうな顔に、ハッとした。
まるで、このままどこか遠いところへ行ってしまいそうな――そんな微笑みだった。
「待ってください」
気づけば手を伸ばし、シリルの手首を掴んでいた。
「っ、離して」
「で、できません」
振りほどかれはいないかと必死になっている中、ふと気づく。
(シリル様の手、震えてる……?)
「……君を守りたいんだ。わかって」




