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23.知るために


 再び室内で過ごす日々が始まった。

 

 今までと違うのは外から鍵がかけられたこと、自室の前に騎士が控えるようになったことで、ルイーズはますます自室から出ることが許されなくなったことだった。出入りを認められているのはイネスとシリルだけだが、シリルは一度も姿を見せてはいなかった。


 クロードに言われたことも報告したいのに、話すタイミングすらもらえない。


「……考えることが多すぎるわ」


 時間だけがたっぷりある今こそ趣味のアクセサリー作りでもすればいいのに、どうしてもそんな気になれない。庭に出ることは許されないから植物に触れることもできなかった。


(シリル様に贈るアクセサリーも、まだ作っている途中なのに……)


 たった唯一出入りを許可されたテラスから、ぼんやりと庭を眺める。ルイーズの心とは裏腹に空は透き通るように青く、いつの間にやら季節が巡り城前を彩る花々の色合いも変わっている。


(最近のシリル様はお部屋にこもることが多いとイネスから聞いたけど……眠れているかしら)


 シリルのことを考えると、胸のあたりに鉛が落ちたように重くなった。


 ――会いたい。声が聴きたい。また一緒に他愛のない話をしながら眠りに就きたい。


 そんな願いを、シリルが告げた『終わりにしよう』という言葉が消し去ろうとしてくる。

 嘆息が落ちたその時、視界の端に見慣れた金髪が映り、「あ」と声が漏れた。

 庭の中央――ここからでも顔が見える距離を歩くシリルは、隣にいる騎士団に何かを告げている。


(やっぱり忙しそうだわ)


 じっと眺めていると、シリルが顔を上げた。瞬間、視線が重なって――。


「……あ」


 貼り付けたような笑顔を浮かべた後さっと目を逸らされてしまい、ずきりと胸が痛む。一瞬だけ向けられた笑みは、まるで結婚した当初を思い出させるものだった。


(勝手に求婚して、勝手に終わりを告げるなんてひどいわ。……でも、私こそ勝手にシリル様をわかった気になっていたのかしら)


 打ち解けて、いろんな表情を見て。過去を教えてもらって、肯定的な言葉をもらって。少しでも距離が

近づいたような気がしていた。

 関係が変わり始めているのかもしれない。同じ気持ちなのかもしれないと期待までしてしまっていた。

 けれど、そう浮かれていたのは自分だけだったのかもしれない。


「……馬鹿みたい。終わりだって言われたのにまだ期待してたのかしら」


 乾いた笑いが、青い空に消えていく。こんなに胸が引き裂かれるような思いをするくらいなら、最初から一人で生きていればよかった。期待なんてしなければ、苦しまなかったのに。そんな極端な想いを抱いたところで、今更気がついた。


(私、本当に好きだったんだわ。シリル様のこと……)


 一方的な片思いだとしても、傍にいられればそれだけでよかった。表面上は形だけの夫婦として過ごし、密かに想いを育てていければそれでよかった。でももう、傍にいることすらできなくなるのかもしれない。


(でも、どうしてキスしたの……?)


 何もわからない。期待も絶望も、何かが違う気がする。少しはわかるようになっていたと自負していた彼の本心が、今はまったく見えない。


(クロードさんが言っていた話も気になるし……)


 彼は、一緒にリオラシス国へ帰ろうと言った。けれど、それだけでは裏切り者だとは言い切れない。それに、今まで一緒に過ごした時間を思えば、彼が根から悪い人だとはどうしても思えなかった。


「……気になるなら、確かめればいいんじゃない?」


 シリルに話すことができないのなら、自分で疑問を解決するほかない。


 室内に目を遣ると、ちょうどカーテンを取り換えていたイネスと目が合った。そういえば、古くなったものを処分して新しいカーテンに換えると言っていた気がする。


(これだ!)


「ルイーズ様、どうされたんですか? なんだか楽しそうですね」

「わかる?」


嬉々として室内に入ると、イネスが不思議そうな顔をする。


「あのね、イネス。お願いがあるんだけど……部屋を抜け出す手伝いをしてほしいの」

「!? 抜け――」


 叫びかけたイネスが、ハッと、両手で口を覆う。

 ドアの向こうを一瞥したイネスは、取り直すように咳払いをして声をひそめた。


「本気ですか?」

「もちろん。クロードさんに確かめたいことがあるの」

「でも、クロードさんだけは通すなと殿下に言われていて……」

「だからこそ。抜け出すのよ」


 床に置かれた古いカーテンを指すと、イネスが目を見開いた。ルイーズは、ふふっと悪戯を思いついた子どものように口角を上げる。


「ま、まさか……!」

「そう、そのまさか!」


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