18.お茶会1
――きっと大丈夫。
その考えは、どうやら甘かったらしい。
「ルイーズ様はいったいどんな手を使って、殿下にとりいったのですか?」
「身分不相応な振る舞い、ご教示いただきたいですわ」
色とりどりの草花が咲き誇る中庭のテーブルで、カミーユたちが笑みを浮かべる。あきらかな嫌味に、ひくりとルイーズの笑顔が引きつる。
シリルに相談した結果、お茶会は城に令嬢たちを招いて行われることになり、カミーユの他に二人、以前のパーティーにもいた令嬢――エマとソフィーもやって来ていた。
(でも念入りに準備したし隙はない。嫌味を言われることは想定内だったし大丈夫なはず……!)
「つい先日伺ったばかりですけれど……本当に綺麗な庭ですわ」
「このケーキもとてもおいしいです」
「そう言っていただけてよかったです。庭も食事も、それぞれ庭師と料理人が心を込めて手入れと用意をさせていただいてます」
うっとりとするカミーユたちにほっとしながら、紅茶のカップを口に運ぶ。
「ところで殿下はどちらに?」
城内だからか、和やかな雰囲気で進んでいたお茶会の最中、カミーユが切り出した。
「今は公務で出ております。ただ皆様に挨拶をしたいと言っておりましたのでもうすぐ顔を出すかと」
「まあ!」
カミーユの瞳が爛々と輝き、エマとソフィーが「よかったですわね」と小声で耳打ちを する声が聞こえてくる。やはりシリルに対して特別な感情を抱いているのだろう。
「お楽しみのところ失礼いたします。こちらオレンジピールを使用したケーキとなります」
オーブリーが下がると、カミーユはふいに「あら?」と困ったような声を上げた。
「どうかなさいましたか?」
「……私、オレンジが苦手なんですの」
え、と思わず声が出る。
「おかしいわ。オレンジを口にすると肌が荒れたり咳が止まらなかったりすることがあると事前にルイーズ様に伝えていたのだけれど……」
そう言いながら、カミーユはおろおろと視線を揺らす。
不安な点は少しでも多くそぎ落としておこうと、事前に手紙を通して苦手な食材の有無を調査した上で料理長とメニューの相談をしていた。
「失礼ですが、それはいただいた手紙に書いてくださって……?」
「いいえ。先日の結婚披露パーティーで挨拶をさせていただいた際に直接言いましたの」
「そうよね、確かに私も聞いたわ」
カミーユの言葉に、ソフィーも同調する。
けれどあの日はほとんど挨拶ばかりで、食の好みの話はしていないはずだ。
「ルイーズ様、ひどいですわ……」
声を震わせたカミーユの目から涙がこぼれて、ぎょっとする。
「どうしてカミーユ様にこんなことを……!」
「きっとわざとよ。嫌がらせじゃないかしら」
ハンカチで目元を押さえるカミーユの援護をするように、エマとソフィーが睨んでくる。
「違います……!」
声を上げるけれど、カミーユはそれ以上反応せず悲しそうな顔を崩さないまま鼻をすすった。
エマとソフィーも「ひどいわ」「謝りなさい」と口々に責め立てるように言い放ってくる。傍から見ると、完全にルイーズが悪者だ。
「ルイーズ様はわざとそんなことをなさる方ではありません!」
傍に控えていたイネスが耐えかねたように前に出て、反論する。
「メイドの分際で、私を疑うの⁉」
いきなり声を荒らげたカミーユに、イネスがびくりと肩を揺らした。
「イネス、ありがとう。大丈夫だから」
「ですが……」
(絶対に苦手だなんて聞いてない。でも……)
この場を収めるためには、謝った方がいいのかもしれない。けれど非礼をしたわけでもないのに簡単に頭を下げることは、立場的にふさわしいものなのだろうか。
「なんの騒ぎですか?」
凛とした声に、意識を引き戻された。
石畳を踏む足音の方へ視線を向けると、真剣な顔のシリルが立っていた。そのすぐ後ろには彼の騎士と、先ほど給仕を担当してくれたオーブリーもいる。
「殿下! ルイーズ様が、ルイーズ様が私に嫌がらせを……っ」
真っ先に反応したのは、勢いよく立ち上がったカミーユだった。
「嫌がらせ?」
シリルの眉が、ぴくりと動く。
「ええ、私が苦手だと知っていながら、オレンジを使用したケーキを用意したのです」
「……彼女が本当にそんなことを?」
「本当です!」
「そう」
力強く訴えられたシリルは、静かな返事を落としてそれきり黙ってしまう。
次の瞬間カミーユと目が合い、ハンカチから覗いた彼女の口元がふっと勝ち誇ったように弧を描いた。
(ああ……やっぱり、嵌められたんだわ)




