16.デート1
あっという間に、デートの日は訪れた。
馬車を降りた先、王都の中心部はたくさんの人や店で賑わい、活気づいていた。
(久しぶりに来たわ……!)
ここ数年は社交界から足が遠のいていたし、ほとんど家で過ごしていたからかなんだか新鮮な気持ちになる。ついきょろきょろと辺りを見回すルイーズを、シリルが微笑ましそうに見つめた。
「まずはランチをしようか」
「はい、ぜひ」
馬車を降りる時にエスコートをしてくれた時のまま触れ合っていた手を、ぎゅっと握られる。てっきり離されるものだと思っていたから、ルイーズはどきりとしてしまった。
「デートだから。こっちでもいいんだけど」
もう一方の手で腕を示されるけれど、どっちにしても緊張することにかわりはない。
「で……では、このままでお願いします」
「ふふ、うん」
数人の騎士を後ろに控え、街中を歩いていく。
すぐにシリルたちに気づいた周囲がにわかにざわめきだしてルイーズは緊張感を高めるけれど、シリルは慣れた様子でゆっくりと前に進んでいく。
……ただまっすぐに進んでいくどころか、彼の視線はなぜかルイーズに向けられている。
「あの……?」
「今日のルイーズは特別かわいいなあと思って」
「シリル様……嬉しいのですが、もう朝から十回は言っていただきました」
シリルと出かけると伝えると、イネスは目を輝かせて一緒にドレスを選んでくれた。
淡い水色のドレスは今日のためにおろしたもので、髪も普段の結び方とは違いハーフアップにしている。
そんなルイーズを部屋に迎えに来てくれた時から馬車の中――シリルは何度も何度も褒めてくれたのだ。
「何度言ってもいいじゃない。かわいいんだから」
「……は、恥ずかしいので」
「照れてる顔もかわいいよ」
「シリル様、私の反応を楽しんでいますね?」
「うん、でも本音でもあるよ。ちゃんと」
(そんなことを言われると舞い上がってしまうわ……)
シリルは名ばかりのデートだと思っているだろうけれど、ルイーズにとっては好きな人とのお出かけだ。褒められて嬉しくないわけがない。
いつもより早く起きて、数日前からイネスと服の相談をするくらい。昨日は自室で万全に肌の手入れをして、なかなか寝付けなかったくらいそわついているのだ。
(でも、私たちは仮の夫婦。浮かれすぎないように気を引き締めなきゃ……!)
カフェでランチを済ませた後は、アクセサリーとパーツが売っているショップに案内された。
(あ……これ、綺麗だわ)
ふと目に留まったのは、薄紫色の宝石だった。
シリルの瞳の色によく似ていて、ついまじまじと見つめてしまう。手に取ったところで、シリルが覗き込んできた。
「それが気になるの?」
「はい。この宝石がシリル様の目の色によく似ていて綺麗だなと……」
「え……そう、かな」
少し照れ臭そうに指で頬を掻く様子が、微笑ましい。
「これでアクセサリーをお作りしてもいいですか?」
「僕に?」
「はい、ご迷惑でなければ」
鼓動を速めながら尋ねると、宝石と似た色の瞳が柔らかな弧を描いた。
「嬉しいよ。……イネスやメイドたちにもあげていたよね?」
「ご存じだったんですか?」
「うん。実は羨ましいと思っていたんだ」
「よかった……じゃあ、少しだけ待っていてください」
「うん、楽しみにしているよ」
いくつかパーツを手に取った後、今度はアクセサリーのコーナーを見回す。
「わあ……どれも綺麗ですね」
「このあたり似合いそうだよ」
シリルが指してくれたエリアには、花をモチーフにした髪留めがたくさん飾られていた。
可憐で華やかなもの、装飾は少ないものの上品さを持ち合わせたもの――美しく繊細な作りの飾りにルイーズはすぐに目を奪われた。
「綺麗……」
特に惹かれたのはゴールドのチューリップの花にピンクの宝石があしらわれた美しい髪留めだった。目を輝かせるルイーズを、シリルが微笑ましそうに見つめている。
(せっかく街に来たし買おうかしら)
「シリル様、私これを買ってこようと思います」
「よければ僕にプレゼントさせてくれない?」
「え? ですが――」
「デートの記念に。ダメ?」
(うっ、出たわ。この顔……!)
服をプレゼントされるたび、いつもこの寂しそうな顔に絆されているのだ。
「で、ですが、申し訳ないので……」
「はい、買ってきます~」
「あっ」
シリルはあっという間に、お会計を済ませてしまった。
「あの、シリル様……!」
「はい、どうぞ」
店を出ると、笑顔で紙袋を渡される。中には綺麗にラッピングされた箱がおさめられていた。
「デートのお礼にもらってくれると僕が嬉しいから。お母様から貰った花冠の代わりにはきっとならないだろうけど……」
――母が詳しくて、よく花冠を作ってくれたのですがそれが綺麗で宝物でした。
アサス領へ行った時、なにげなく話した思い出話が頭をかすめる。
(覚えていてくれたの……? もしかして、それで……)
もう母から貰えることのない花。けれど形は違っても今、ルイーズの手の中できらきらと輝いている。胸が詰まって、息が震えた。
「ありがとうございます、シリル様。宝物にします」
「そんなに喜んでもらえると、僕のほうが嬉しくなるよ」
泣きそうな顔で微笑むルイーズに、シリルはほっとしたように目を細めた。
それからパン屋や紅茶のお店、服屋に花屋を巡り終わる頃には日も暮れかけていた。
時折ルイーズの足を気遣ってくれ、人とぶつからないように手を引いてくれ、幸せな時間を過ごしたものの――。
「まだ少し時間があるね。他には何が欲しい?」
「あ、あのもう充分です。パンや紅茶も買っていただきましたし……!」
「え、そう? 遠慮しなくていいんだよ」
(絶対に買ってもらいすぎてるわ……!)
申し訳なさすぎて毎回自分で払うと言っても、シリルは気づけば支払いを終えてしまうし、いつもの悲しい顔をされると結局絆されてしまう。
離れたところをついてくる従者たちの手には大量の荷物があり、その中にはイネスたちへのお土産も含まれてはいるけれど。
「本当に。食べ切れなくても困りますから」
「そう……じゃあ、最後に見せたいものがあるからついてきてくれない?」
「はい!」
「実はね、綺麗な夕陽が見える素敵な場所があるんだ」




