嘘を付けない僕の最大の嘘*
誰も私には、振ってくれなかった。うん、理由は分かっている。オーディション受けていなかったらきっと、地元で今でも家にいて、家の手伝いをしていただろう。まぁ、オーディション受けて芸能界に入った事は言えないんだけどね。
だって、うちの兄がそうなんだよ? 農業の傍らでトラクターの運転しながら歌っているんだよ? 流石の私は、いくら周りに人がいないって言っても恥ずかしいのでしない。無意識に口ずさむけど、大きな声で歌ってはいない。だって、悠兄の場合、結構、離れている場所から、近所の人に悠坊、今日も楽しそうに歌ってるね、って言われたらしい。どれだけ声が大きかったんだ。
番組で、レーゲンボーゲンと一緒になった。もしも、シンガーをしていなかったら、と言う質問はレーゲンボーゲンの二人にされたものだ。
「中学までなら、特に将来の事は考えていませんね。高校に上がる前の、三年生の時に息抜きに聞いたビートルズの曲に心動かされたかたかな。歌は好きで、幼馴染みにも褒められたのもあって、何か出来るんじゃ無いか、って思っていた時期でした。お金貯めるのもプラスになるから、じゃあ、バイトして、東京行こう、って思ったのが卒業後の春休みだったと思います。高校時代は、本当にバイトしかしていなかった。そして、高校を卒業して、東京に出て来て、そのお金で、ライブハウスで歌わせてもらったり、路上でライブしたり、もちろんバイトもしました。楽しかったですよ。シンガーになれなくても、そのまま、ずっと音楽活動を続けていたと思います」
「俺は、高校の時に音楽やりたいって思いました。今のサポートメンバーとバンド活動を始めたのも高校の時でした。親に言われてはいないんすけど、勉強も運動も頑張りましたね。並行して、保険をかけておくのも忘れない。音楽活動も大学でも続けて、嘉とは、路上ライブをしていた時に、意気投合して、一緒に歌うようになりましたね。元々、佑の彼女、今の奥さんのKANACOちゃんがボーカルしてくれていたんだけど、嘉にかわって、ライブハウスでも一緒にやるようになった。もし、シンガーになれなかったら、大学院行って、どこかの企業に就職して、普通に結婚して家庭を持って、って言う未来があったんじゃないっすかね」
「その、未来が無かったから、結婚出来ていないんだ」
「バツイチのお前に言われたく無いよ」
ちょっと真面目に話しているのかと思ったがそうでもなかった。最後はいつもの掛け合い漫才になってしまった。しんみりする話より良いよね。初めて聞いたところもあって驚いた。遥くんは、そうじゃ無いかなって思っていたんだけどね。嘉くんのことは嘉くん本人から聞いていた。
そして、私の最大の嘘が一つある。これは、私を守るために事務所の社長が作ってくれた嘘だ。嘘つきたくはないけれどこれだけは言えない。だって、私は、一度オーディションで優勝して役者として、デビューしたからね。二度目の再デビューは、公には、私のシンガーとしてのデビューだ。だから、聞かれた時に答えるのは、スカウトされた、って言う筋書きだ。いつどこで、どんなふうに。それもすべて細かく設定された。どこでボロが出るか分からないからだ。私が歌いたいってお願いして、そして、その条件を飲んだ形だが、いつもこの手の話が出るたびに心が痛む。
今日もその話題が出た。筋書きはこうだ、地元から遊びに来ていたところを、仙台でスカウトされた。東京に出て来て、サポートを受けながら、シンガーになるための基礎を学んで二十五歳の誕生日にデビューした。気付かれないが、隣りの嘉くんも少し困ったような表情を浮かべている。この話をする時は、やっぱり、楽しく無い。早く話題が変わって欲しいな、と思ってしまう。
「顔出ししないって言う条件で、デビューが決まりました。あれくらいの時期って、まだネットで音楽の配信って多くなかったと言うのもあって、話題性もあったのかなと思っています」
「顔出しが無いのが、プラスに働いた」
「そうですね、実際はただの人見知りなだけ」
顔出ししない条件も、私が言い出したものでは無い。遥くんも私の表情が無くなっていくことに流石に気付いたようだ。MCのお姉さんには気付かれていないようでほっとする。
「麻衣ちゃんの曲、初めて聞いた時、勇気がもらえましたね」
視線を向ける遥くん、とても、生き生きしている。多分、それ嘘だ。嘘を付くのもつかれるのも嫌いだけど、私のためについてくれる遥くんの優しい嘘は好きだ。
ラジオやTVだけじゃ無くて、色んなところで流れていたけれど、遥くんは勇気をもらえるほどじっくり聞いたわけでは無いだろう。嘉くんが困ったように笑って、話ずれてません? とMCのお姉さんに聞いてくれた。そうだよね、最初の話は、シンガーになっていなかったら、だ。
「地元で、農業していたと思います」
「ご実家は、農業をされているんですよね」
「はい。高校も農業科のある高校でしたから」
まぁ、オチをつけるなら、こんなものかな。この手の話が多いから、TVのトーク番組もインタビューも嫌いだ。それでも、歌いたい、その気持ちだけでここまでやって来たのだ。私は、歌のために、歌を歌いたいがために、最大の嘘を付いた。
心に余裕が出来たのは、年齢を重ねたからなのかな、この嘘はこれからも、私にとって、ずっと、ずっと、心に染みを作っていく。でも、一緒に分かち合える人が出来たから。きっと、大丈夫だよ。
滅多に嘘を付かない麻衣の付いた最大の嘘。麻衣がどんな感じで歌手デビューしたのかこれまで掘り下げては来ませんでした。何本か『嘘』に関するお話を書いたからこそ、今回掘り下げることにしました。




