僕の名前を呼んで
嘉くんが嬉しそうに私を見つめている。どうして、この話になったんだっけ。困った、すごく困った。だって、嘉くんが珍しく私にお願いを強要したのだ。いつもなら、無理ってはっきり断るのだが、嬉しそうに甘い笑みを浮かべられちゃうと困ってしまう。だって、私はこの甘い蕩けるような笑みにすごく弱い。
絵美と文香が羨ましいって、言われた。姪っ子と甥っ子は年下だし身内なので、カウントされない。そう、呼び捨てにして欲しいって言われたのだ。私は滅多な事では、他の人のことを呼び捨てにしたことはない。苦手な人でも、ちゃんと『さん』を付けて呼ぶ。広大くんもちゃんと『くん』を付けて呼ぶ。それには、ちょっと、嘉くんは嫌そうな表情だけど何も言っては来ない。
「どうして? って聞いても良い?」
「ただの嫉妬。昔から仲が良いのも分かるし、同姓って言うのもあるけど、やっぱり羨ましいからかな」
「嘉くんは、呼び捨てにされるのに抵抗が無いのね」
「俺は基本、同学年や年下は呼び捨てだからね。呼ばれるのも嫌じゃ無いよ。普通かな」
「私も、呼び捨てにされるのは、別に嫌じゃ無い。でも、私が呼び捨てにするのは、嫌なの」
「それは、やっぱり、おばあさんから言われたから?」
「目上の人は敬いなさいとは言われた。でも、特に他には言われていないんだけど、なんだか私自身が落ち着かないの」
そう言うことない? って聞いたら嘉くん考え込んでしまった。考えて、とんでも無いことを言った。でも、笑っているので、半分冗談だろう。
「麻衣を後ろから抱えていないとしっくりこなくて、落ち着かない? んと、麻衣のところの言葉で、『いずい』だっけ?」
「なんで、そこなの。と言うか、その宮城弁も覚えたのね」
「うん」
「正確には、『ず』と『づ』の中間のような発音だけどね。って、そう言うこと言ってるんじゃ無かった」
「あはは、落ち着かないって、例えとしては、あるものが無いとか、そんな感じだよね」
「うん、だから、呼び捨てには出来ないのです」
普段から、帽子を被っている人が帽子が無いと落ち着かないとか、そんな感じ。ちゃんと、『さん』付けしないと落ち着かないのだ。しかし、私はちょっと考えて、思いついた。これから、良いかなって思ったんだけど、それじゃあ、私に言われているのでは無いと言われてしまった。やっぱり、ダメだったか。
「役になり切るのは無し」
「やっぱり、ダメかー」
棒読みで言うと笑われた。まぁ、ダメかなとは思った。しかし、どれだけ私に言わせたいのか。困ったように小さく嘆息すると私は、嘉くんの頬に両手で触れる。役になり切っているつもりは無い。頭に、遥くんの嘉くんの呼び方を思い浮かべた。これならいける。
「嘉」
「ん、もう一回」
嬉しそうな笑みで、頷くと、更に要求してきた。一度じゃダメなのですか?! これ以上は無理、と言って私は誤魔化すように頬に触れた手で嘉くんの顔を引き寄せるとキスした。それには、流石に誤魔化されてくれた。その後、深い口付けで返された。
「麻衣ちゃん」
ちょっと待って。それは、呼ばれ慣れていないので、無理かもしれない。なんか、呼ばれ慣れていないので照れてしまうよ。赤面して、思わず外した視線に「可愛い」と言われて、耳朶にキスされた。
嘉隆くんは、麻衣に呼び捨てにして欲しい。久々にいちゃついて、麻衣が照れまくっています。




