その夜と、少しの痛み(side葉月)*
遥くんが二十五歳ごろの話の過去話です。R15表記ありますが、未成年ではありませんが、飲酒をしている描写がありますので、苦手な方はご注意下さいませ。
あれから、葉月は、もう一度、あのバーに行った。用心して今日は友人と一緒だった。それと、髪は下ろしているが、コンタクトでは無く眼鏡のままだ。見知らぬ男に絡まれないためだ。
ここに来たのは、誕生日の日だった。三ヶ前、葉月と言う名前の通り、葉月は、八月生まれなので、季節は、冬に入ろうとしていた。
「美香ちゃん、ついて来てくれて、ありがとう」
「気にしないで。良い感じのバーだけど、なんか、大人な人が来るところじゃない?」
きょろきょろと辺りを見回して、葉月の友人の美香は、そう言いながらも、すたすたとカウンター席に向かう。流れる音楽がジャズ系だったのも葉月がこの店を気に入った要因だ。昔から、ジャズ系の音楽が好きだ。
「こんばんは」
「ああ、あの時の。今日は眼鏡なんですね」
「コンタクトは慣れなくて。って、覚えていて下さったんですね」
「まぁ、あの日は、一見さんが多い日でしたからね」
葉月だけでは無く、葉月に声を掛けてきた青年も初めてここを訪れた人たちだったようだ。えっと、そう言って言い淀んでいると、気を利かせた美香が座ろう、と言って葉月の肩を叩いた。
「覚えているなら、話が早いですね。彼女、お礼を言いに来たんです」
「お礼ですか」
「あの時、助けてくれたお兄さん」
「古川さんの方なら、最近は来ていませんね」
そのバーテンダーの言葉に、そうなんですね、と呟いた。ただ、あの時、葉月に絡んできた男たちが来ていない事には、ほっと胸を撫で下ろした。
「内田さん」
「ああ、遥なら、彼女出来たらしいよ。たぶん、ここにはしばらく来ないんじゃ無いかな。なんかあったの?」
「数ヶ月前に彼女、見知らぬ男に絡まれていて、僕も助けようとしたんですけど、それよりも早く古川さんが助けてくれました」
「ああ、なる。それで、お礼? 俺、伝えておこうか」
カウンターで、ツマミと一緒にコーヒーと言う謎の組み合わせで飲んでいた、晃はここの常連だと言う。店内は照明が落とされているが、それでも、分かるほどのイケメンだった。
バーテンダーの榊とは仲が良くて、酒は飲めないがたまに、榊とおしゃべりするために、入り浸っているとの事だった。
「もしかしてさ、君にお姉さんいる?」
「え? 何故、それを?」
葉月の顔を見て、晃は何かに気付いたようだ。ナンパの常套句だと思ったが、どうやら違っていた。何気なしに口に出した言葉に、葉月自身が驚いている。
結局、遥には会えなかったが、葉月と美香は晃の隣りに座った。榊がお酒では無く、ウーロン茶を出してくれた。美香は普通にお酒を選んでいる。あの時、お酒を出して、酔った姿を見ているので、榊も用心した様だ。
「えっと、内田さん。葉月のお姉さんの事知ってるの?」
「もしかしたらって思ってね。如月葉子ちゃんって言わない? 似てるから、もしかしたらって思った」
「なんで、知ってるんですか?」
「中学高校が一緒。それで、クラスは違ったけど、同級生だよ」
「うわ、じゃあ、じゃあうちの兄貴も知ってるんじゃ?」
美香は葉月と小学生から仲が良かった。美香には年の離れた兄がいて、葉月の姉と同級生だと言う事だ。名前を言うと、晃も知っていた。
「世間って狭いですね」
「ね」
さっきから葉月は無言だった。そして、何かに気付いた。ぼそりと「サイテー」と呟いた。美香もそれには、同意してくれた。明らかに葉月は姉に間違われたと思った。
「間違ったんじゃ無いと思うよ。あいつ、結構真面目で、ただ、好きになる人の好みが似るだけ。葉月ちゃんが葉子ちゃんの妹だって言うのは、知らないと思うな。知ってたら、俺にも話してると思う」
「今回の事は、僕と古川さんしか知りません」
ごめんなさい、と素直に謝ると、晃は、こっちこそ遥が悪かったね、と誤ってくれた。何があったかはわからないけれど、怒る様な事をしたのだろう。
「内田さんは彼女いるんですか?」
「いや、いないよ。俺の彼女になったら、お酒飲めないけどね」
「それは嫌かなー」
「あはは、素直だね」
見た目もよく背も高いので、晃はモテる。なので、普段はこの店に来ると榊とばかり話をしている。声を掛けられるのを避けるためだ。照明が落としてあるのも顔の判別がつかないので役に立っている。
「古川さんって」
「ん、そうだね」
鞄から取り出した雑誌に表紙を飾っているのは、レーゲンボーゲンの二人だ。言葉が少ないのは、誰が聞いているのか分からないからだ。
「私は、浅生さんの方が好みかなー」
「ああ、嘉はモテるよな。でさ、その雑誌俺もいる」
「え、ああ! ほんとだ。内田さん、かっこいい」
「ありがとう」
葉月は小さく首を振ると、吹っ切れたようだ。榊に、ビールを頼むと、それに口をつける。あの時は、初めてだったが、何度かお酒を飲む様になって、ビールの一杯ぐらいなら飲めるようになった。
「この事、お姉ちゃんにも言いません。きっと、困らせると思うから」
「ああ、それがいいね」
これからも、晃は、遥にも葉子にもこの話をするつもりはないと言ってくれた。そして、榊もだ。遥には、葉月が葉子の妹だと言う事も言わない。そう約束してくれた。
「付き合ってる彼女、この店に連れて来ないから、付き合ってる人がいるうちはここには来ないよ」
「私も、もうここには、来ません。本当に、お礼を言いに来ただけなんです」
それは、榊が「伝えておきますよ」と言ってくれた。バーテンダーは、客の事に口出しをしない職業だとばかり思っていた。
「僕も今回の事に関しては当事者の一人だからね」
「ありがとうございます」
「何をしたか分かりませんが、古川さんの事、嫌わないで下さい」
「はい、もう一度会いたいって思うくらいには好きです」
「それなら、良かった」
「もう、来る事が出来ないのが、本当に残念です」
「嫌いじゃ無かったら、応援してあげるのが、一番じゃないでしょうか」
レーゲンボーゲンとして、活躍しているのだ。近くで会う事は出来ないけれど、遠くから応援する事は出来る。彼は最初から、芸能人だったはずだ。
「はい、そうですね。忘れていました。お姉ちゃんの同級生だから、勝手に親近感持って、近しい存在だと思ったけれど、古川さんは、歌手で、芸能人なんですものね」
「まぁ、そこまで気を使う事は無いと思うけどね」
「いえ、ちゃんと、棒引きしないといけない事だと思います」
「そっか」
ふと視線の先で、ことりと置かれた、カクテル。あの時、榊が作ってくれたものだ。あの時は、初めて飲んで酔ってしまったが、今回は、ビールを飲んでも大丈夫だったので、飲めるかもしれない。美香にも同じものが置かれた。
「アルコール入っていませんよ」
「え、でも、同じものに見えます」
「うん、アルコール以外の中身は一緒ですね」
綺麗な、青と赤が溶け込んだ、カクテルはあの時、意識して見ていなかったが、こんなにも綺麗なものだったのだ。それを、指差して、晃が呟いた。美香のものには、アルコールが入っている様で、美味しいと呟いている。
「カクテルの名前『レーゲンボーゲン』って遥が付けた」
「レーゲンボーゲンって、どう言う意味ですか?」
「うん、日本語で『虹」だね」
意味を聞いた美香に、遥と嘉隆二人のユニットと同じ名前が付けられたそのカクテルの由来を晃が教えてくれた。榊がどうしても作りたいと言ったようだ。
「これ、青い色素にはレモンが使われていて、赤い色素にはいちごが使われている」
「二つが合わさって優しい味になっています」
「これ、俺も好きなやつ。普段は、俺にしか出さないんだけど、特別ね」
そう言った、晃に、作ったのは僕ですよ、と言って榊は笑っている。アルコールの入らないものだけは、ここでは晃にしか出さないものらしい。
「ありがとうございます」
「またおいで、って言えないのが辛いね」
「そんな事ないです」
会計をしようとしたが、受け取ってもらえなかった。すべて、遥に払わせると、晃は言っていて、葉月は困ったが、最終的には折れてくれた。
葉月は、レーゲンボーゲンのファンになろうと決めた。夜に滲む夜景が虹の様だった。その、頭を美香は優しく撫ぜたのだった。
葉月さんのその後、名前あるからある程度想像付いていたのではないかと思います。




