貴女に会いたかった(side聖良)*
八月のお蕎麦を食べた日よりも少し後の過去話です。
聖良は晃に、チーズケーキを作ったので、遥の部屋に遊びに行かないか、と言われた。遥は、お盆に入る前に慌ただしく引越しを済ませたばかりだ。先日、みんなでお蕎麦を食べた。晃はわざわざ、蕎麦を打つための準備をしていた。九月に聖良の両親と祖父母が来るので、その時にもう一度、蕎麦を打ちたいと言っている。
「レアチーズケーキって、こないだ、浅生さんのところに持って行ったのですよね」
「うん、でも、ちょっと改良したんだ」
「うわ、内田さん、研究熱心ですね」
新しいのには、下にひいたスポンジにもチーズが使われているらしい。スフレチーズケーキを下に引こうとしたが、潰れて、ダメだったと笑っていた。もっと、固いものじゃ無いとダメだった様だ。約束はしていた様で、聖良も誘うかも、と行った様で、聖良が断っても問題無かったらしいが、予定が無いので、着いていく事にした。
「あの時は、人が多くて中々、話せなかったので嬉しいです」
「ああ、頼永さん?」
「はい、引越し蕎麦の時って、すごかったですからね」
「ああ、確かに。その前も、ばたばたしていたしね」
「流石にお引越しのお手伝いに乱入する勇気はありませんでした」
「気にしなくて良かったのに」
「気にしますよー」
晃はレアチーズケーキをお土産にすると言う事なので、聖良は、いらないと言われたが、祖母が一人暮らしの聖良を心配して送ってくれたお菓子を持参する事にした。
「聖良ちゃんのおばあさん、過保護だね」
「私もう、おばさんって言っても良い年齢なのに」
「聖良ちゃんが心配なんだよ」
三十を過ぎて、一人暮らしにも慣れたので、大丈夫だよと言ってはいるが、どうしても心配らしい。聖良は困った様に笑うと話題を変えた。
「それで、お茶のお菓子なら、間違い無いかなって思います」
「ああ、お茶有名だっけ」
「はい、狭山茶です」
ついでに、自分ではあまり飲まないので、お茶の方も持って来た。お茶に視線を送って、聖良はネタバラシすると、晃は了解と言って笑った。あまり、飲まないから、遥に押し付けようと思ったのだ。
「そう言えば、おばあちゃんのところに行った時にお土産に『五家宝』をもらったんです。それを、麻衣さんに渡したら、これ、お盆に良く食べるって言われました。スーパーで売られているものと全然形が違うんです!」
「えっと、聖良ちゃんのおばあさんのところって狭山市? それとも、熊谷市?」
「あ、いえ、どっちも違います」
「どっちも、違うのかー」
「埼玉の名物は、おばあちゃん、特に意識していません。なので、色々と送ってくれるんですよね」
一番、有名な、お菓子を作っているところも聖良の祖母が住む場所では無い。どこなのって、聞いても良いのか、晃は、悩んでいる様だ。遥だとはっきりと円の地元を聞いているのだが。
「新座市なので、東京と隣り合っていますよ。内田さん、分からない事あったら、聞いて構いませんよ。内田さん、いつも迷っている様な素振りなんですもの」
「ごめん」
「そう言う事で、私もはっきり、聞きます。内田さんのご両親は、ずっと東京に住んでいるんですか?」
「うん、ずっと、東京の浅草だよ。マンションだけど、遥の実家の近所。と言っても遥のように戦前からいたわけじゃない」
「え、浅草って」
「ああ、遥のじいちゃんの実家が長野で戦争中は疎開していたらしいよ。その後、浅草に戻って、また家を建てた」
「すごいですね」
そう言って、遥との出会いを教えてくれた。小さい頃に、遥の実家の和菓子屋には、通ったし、家で遊んだ事もある。そして、今でも付き合いが続いている。晃の姉のみどりが遥の兄の光に嫁いでいるので、親戚同士になった。
電車に乗り、遥の住むマンションに辿り着くまで、晃は遥との話をしてくれた。
* * *
遥の新しいマンションに一番入り浸っているのは、晃だと言う事だ。彼女の円が一番多いと言うわけでは無いのが、遥と晃らしい。
「この二人の間に入れる気がしないわ」
「ああ、確かに、私もそう思います。でも、麻衣さんは不思議です。なんで、浅生さんと古川さんの間に入っていられるかやっぱり、不思議です」
「そうね、確かに不思議だわ」
そう言う、聖良と円の会話に晃が答えをくれた。それは、ひとつだけ。嘉隆が麻衣を離さないからだ、と言う事だ。それには、顔を見合わせて納得した。
「これ、食べて。作って来た」
「チーズケーキ?」
その一言に、聖良が吹き出した。完全に何を持って来たのかバレている。ここずっと、遥と円へのお土産はチーズケーキが多く、麻衣や愛夢もチーズケーキをお土産にするほどだ。その言葉の、円は申し訳無さそうに苦笑した。
「俺が作りたかったんですよ。それと、聖良ちゃんがお茶を持って来てくれたから。遥はそれ淹れて」
「何のお茶?」
「聖良ちゃんのところの狭山茶」
「緑茶か」
そう言うと、聖良が残念でしたー、とお茶を渡しながら、笑った。手渡してくれたのは、狭山茶でも紅茶だった。遥なら、緑茶だろう思った。緑茶もありますけど、そう言って緑茶も取り出した。それを受け取った遥の機嫌はすごく良い。
「良いの? 遠慮しないよ」
「しなくて、良いですよー」
流石に、今回は晃は率先して手伝うのをやめた。今日は、お客さんに徹する様だ。遥がお茶を淹れて、円がケーキを皿に乗せてくれた。晃らしいアレンジが色々と施されている様で、カップに入ったレアチーズケーキをスプーンで掬って食べるタイプだ。
「それさ、レモンで固めてあるから、ゼラチンのと違って少し柔らかいんだよ」
そして、食べながら説明してくれた。上にはレモンの蜂蜜漬けが乗っているし、下にひいたスポンジもレモンソースが染み込ませてある。しかし、あまりレモンが多いと食べづらいのでその辺の調整が難しかった。
しかし、さっぱりしていて夏向けだ。保冷剤を入れた保冷バックに入っていたので、まだ冷たい。甘さもレモンの酸味も抑えて、食べやすくしている。
「美味しいわ」
「うん、これ、嘉でも食えるんじゃね?」
そう言うと、試作品を食べてもらったと、言っていた。それに、遥が苦笑している。レアチーズケーキが好きな遥のために頑張ってくれた様だ。それと、これ、と言って晃が一枚の紙を手渡した。それを遥では無く円が受け取った。それには、レアチーズケーキのレシピが書かれていた。これなら、誰でも作れると思った様だ。
「スフレチーズケーキの方は手間が掛かるから、また、作ってくるよ」
「相変わらず、内田さんは古川くんが好きね」
「なんで、みんなして、そう言うかな」
そう言って、苦笑する、晃の腕を取ると聖良は、頬を膨らませて抗議しながら、円に視線を向けて告げたのだった。
「頼永さん、古川さんを捕まえておいて下さいね!」
「そうね、それじゃあ、高野さんも」
「聖良で良いですよー」
「じゃあ、聖良さん、私も名前で」
「ヤー! 円さん」
手を取り合う様に笑う二人に、遥と晃は顔を見合わせて苦笑したのだった。
やっぱり、遥くんと晃くんは仲良しです。それに、ちょっと、不満げな聖良ちゃんがいます。




