君と奏でる優しい響き*
四月末ごろの話です。実は、それまで、『奏子さん』、『麻衣ちゃん』と呼び合っていました。奏子さんは、初めて会った時だけ、『川村さん』でその後は、『麻衣ちゃん』になりました。
奏子さんにお願いしたいと思っていた夢が叶った。奏子さんの声を聞いて、それがすごく羨ましかった。高い声は、私では出ないもので、誰かが言った唯一無二の声と言う意味がわかった。でも、この声に合わせたいと思ったら、渋る奏子さんにお願いしていた。どうしても、奏子さんと歌いたい。私の誠意が伝わったのか、奏子さんは、諦めたのかうんと言ってくれた。
「聞くとさ、麻衣ちゃんが自分から頼み込む事って滅多に無いんだってね」
「そうかな?」
「遥くんが言ってた。嘉隆くんがお願いする事はあっても、麻衣ちゃんが自分からお願いする事は滅多に無いって」
遥くん、そんな事言っていたのか。莉子さんも麻衣にしては珍しいって言われた打診されて受ける仕事は多いけどこうして自分から言うのはほとんどない。笑いながら、みんな、麻衣のたってのお願いだから、と言って了承してくれる。
「ありがとうございます」
「じゃあ、私からもお願い。その、敬語は無しでね」
「敬語でした?」
「それも、敬語。敬語だった? が良いね」
「ああ、うん。えっと、ありがとう」
「ふふ、嘉隆くんに少しは勝てているかな」
「どう言う事?」
「愛夢ちゃんじゃ無いんだけさ。嘉隆くんに対する言葉遣いすら、たまに敬語になるって言うじゃ無い? それを、私の時に敬語じゃ無くなったら良いと思わない?」
なんで、そんなのが良いんだろ? 私、絵美の時もそんな事は思わなかった。でも、流石にいきなり、呼び捨ては嫌なので、『ちゃん』付けで妥協してもらった。
「じゃあ、奏子ちゃん」
「それじゃあ、私も麻衣ちゃんって呼んでたけど、それで良かった?」
「はい、いいよ、それで」
「お、いいね、やっぱり、敬語抜きで」
敬語になるのは、無意識なので、しょうがないところもある。奏子ちゃんに呼ばれるなら、別に呼び捨てでも良かったんだけど、すごく嬉しいね。
「うちの、佑くんも名前で良いのに」
「それはね、嘉くんがあまりよい顔しないからね」
「なるほど、なんだろ、嘉隆くんって実はこんなに、好きな子を独占するタイプだったのか」
「昔は違うの?」
「それは、本人聞いて。流石に殺されたく無いね」
「別に怖く無いのに」
広島人って言うフィルターがかかるのか、怒らせない方が良いと思っているようだけど、嘉くんはのほほんとしているだけで全然怖くは無いね。
奏子ちゃんの事務所、奏子ちゃんは不定期の活動だけどrip tideで仕事をしている。主な仕事はレーゲンボーゲンのサポートメンバーでコーラスを担当する。他には、滅多に仕事をしていない。滅多にと言うのは、奏子ちゃんはお父さんと一緒に仕事をするからだ。知らなかったんだけど、奏子ちゃんのお父さんは有名なシンガーだった。
「シンガーって言っても、一発屋って言われていて、何十年も経ってまた、新曲バズって公に出て来た様な人なんだよ」
「その曲、私でも知っているくらい有名じゃ無いの。じゃあ、奏子ちゃんはお父さんと歌うんだね」
「うん、まぁ、家族と一緒にってちょっと恥ずかしいんだけどね」
小さなライブハウスや、コンサート会場で歌う様で、ファンも年配の人たちが多いみたいです。でも、良いなぁ。お父さんと歌った事なんて、小さい頃だけだよ。お風呂とか、農作業でトラクターに乗せてもらった時とか一緒に歌ったね。
* * *
莉子さんから、rip tideの社長さんに話をしてもらって、今度、都内であるライブにゲストボーカルとして参加してもらう事になった。サポートメンバーでは無く、ゲストボーカルだ。
「ごめんね、専業主婦なら色々と家の事で忙しいよね」
「大丈夫、大丈夫。全然、気にしないで。麻衣ちゃんの役に立ちたいと思ったんだよ」
「もし、歌いたい曲あったらリクエストして。カバーも入れようと思っているんだ」
「お、じゃあさ、椎名さんをリクエストしても良い?」
「え? 奏子ちゃんsurface好き?!」
「え? えっと、surfaceってどんな人たちだっけ」
「あれ??」
ごめんなさい、早とちりしました。椎名さんって聞いて椎名慶治さんを思い浮かべてしまいました。違った、椎名林檎さんの方か。
「そっかそっか、麻衣ちゃんはsurfaceの椎名さんが好きなんだね」
「なんか、ごめん」
「いや、面白かったから良いよ。有名な曲で良かったら知ってるから、それ歌おう」
「良いの?」
「うん、椎名林檎さんは『本能』が良いね」
「surfaceはやっぱり、『さぁ』かな」
「もう一つ知ってる。ドラマの主題歌。『ゴーイングmy上へ』だったかな」
ギターにうちの佑くん、いらない? って聞かれた。おお、今回は頼んでも良いかな。なんだか、面白そうな展開になってきた。
隣りの莉子さんと、rip tideからは、奏子ちゃんには、マネージャーさんがいないので、兼任してくれる幸村さんと言うお姉さんが来てくれた。メモを取りながら、私たちの話を聞いて笑っている。
「麻衣、ほんとsurfaceさんたち、好きよね」
「好きです、すみません。暴走して」
なんか、イメージと違っているけれど、親しみが持てて良いね、と幸村さんには言われてしまった。普段のイケメンどこに置いて来たの、って莉子さんに言われるくらい暴走してしまった。連絡先交換して、どんな曲を歌ってどんな構成にするのか、それはまた少しづつ決める事になった。今度は、森本くんも一緒に打ち合わせに参加する事になると思う。
* * *
結局、一緒に歌うのはカバー曲だけになった。椎名林檎さんの『本能』とsurfaceさんたちの『ゴーイングmy上へ』になった。まぁ、私のライブだから、しょうがないよね。森本くんは、普段はベースなんだけど、ギターも出来るらしい。奏子ちゃんから頼みこまれて苦笑していた。
「今日のゲストボーカルは、森本奏子ちゃんですー!」
「KANACOです、宜しくね」
私の紹介に歓声があがる。うん、奏子ちゃんを呼んで良かった。こうして、奏子ちゃんと仕事が出来る事が嬉しいね。森本くんも紹介するろカッコいいギターテクニックで答えてくれた。カッコいい、ロックも良いね。
最近、忙しい日が多くなってきたので、好きな事を出来るのが楽しいし嬉しい。
「レーゲンボーゲンのライブの打ち合わせ、蹴ってこっちに来ました」
「え、そうなの?」
「あはは、冗談だよ。ちゃんと、許可もらって仕事だからって言って来てるから。嘉にめちゃくちゃ、ずるい、って言われて来たけどね」
「あー、やっぱり、そうか」
「今度、奏子とセットで良いから、僕のライブに出てね、って言ってたよ」
「出来たらやります」
「それ、やらないやつだ」
その一言の会場は笑いに包まれる。うん、嘉くんとのライブには、ちゃんと出ますよ。この辺は、打ち合わせ通りだ。途中で、奏子さんが退場して、自分の曲を歌う。
たまには違う事をやるのも楽しいね。アンコールで私と奏子ちゃんは、レーゲンボーゲンの『ダンテ』をカバーしたのだった。これは、レーゲンボーゲンがいつもアンコールで歌う曲だ。
奏子ちゃん、二人を真似て手を振る。私もその声に合わせて、手を振った。
「ダンテ、メルシー、サンキュー、ありがとう!」
良いな、そのフレーズ。一度言って見たかった。こんな機会が無いと言えないからね。みんなに喜んでもらえた様で良かった。また、やりたいね。
補足も兼ねて、麻衣が奏子さんへの敬語をやめる話と、『ちゃん』付けに変更する話。それと、何故、サポートメンバーが苗字呼びなのかも補足入っています。そうなんです、嘉隆くんがはぶてるからでした。




