青と赤が出会い、色を交わらせる時(side レーゲンボーゲン)
浅生嘉隆は広島の地元の高校を卒業したが、好きな音楽の道に進みたいと思っていた。高校時代からバイトを続ける他に、家の手伝いをしながら、上京のための資金を稼いでいた。正社員で就職してしまえば、地元から動けなくなってしまうからだ。
そして、二十歳になる前、ようやく上京する事が出来た。昼はバイトを掛け持ちして、夜にストリートライブや、ライブハウスで歌う。そんな、毎日が続いた。
上京して、数ヶ月過ぎた頃に、これから、長い付き合いになる相棒と出会う事になった。週末の決まった時間に、ギター片手に耳馴染みある歌が聞こえて気になっていた。それは、自分も好きで昔から聞いているビートルズのヒット曲の一つだった。
彼の周りには、彼の歌に聞き入るファンが何人も居て、彼の歌に魅了されていた。そして、自分もその一人だった。
嘉隆にとって、それは、張り詰めた空気がふと軽くなる瞬間だった。がむしゃらにバイトをして、上京してもバイトと自分の事だけで精一杯だった。周りを見る余裕さえなかった。それに、初めて気付かされたのだ。
* * *
古川遥は下町の和菓子屋の次男として生まれた。上には他に姉もいる末っ子で、祖父母にも兄姉に可愛がられる子供だった。幼い頃から、好きな事があれば、打ち込む性格で、小学生から始めた弓道は高校生まで続けて、インターハイに出場して、都内で優勝した経験を持つ。
そして、遥のエネルギー源は祖父たち父が作る和菓子だ。甘いものは何でも好きだし、孫に甘い祖父は彼の望みに応えて色々なお菓子を作ってくれた。和菓子だけではなく、洋菓子も作ってくれた。美味しそうに食べる事がとても嬉しかった様だ。
しかし、運動も欠かさない。部活動以外でも、ジョギングを欠かさずやっている、周りから見れば、欠点のない優等生だった。学校の成績も悪くないし、中学から進学校に入学もした。
でも、それが、徐々に変化していったのは、ある時、兄が聞いていたビートルズと出会った事だった。兄は、高校に入ると、仲の良い友達数人とバンドを組み活動を始めた。
兄とは、学校が違う。兄は自由な人で、家を継いでくれれば、それまで何をしても良いという家族の言葉通り、本当に自由な人だった。その、兄を見て育ったためか、祖父の教えのためか、遥は実直で真面目な性格に育った。上手にこなせば、褒めてくれる、それも励みになったのかも知れない。
初めて聞いたビートルズの曲はとても、刺激的で、日本のポップスとはまた違った良さがあった。中学の同級生とは、それなりに、TV番組の話もするが、それとは、違う衝撃だった。兄からCDを借りて、何度も聞いた。それは、部活動への励みにもなったし、勉強の息抜きにもなった。
家族はその遥の行動に驚いたが、それでも、好きにさせてくれた。子供のやりたい事を尊重して、それを、伸ばす事を優先してくれる。
高校で、遥もまた、兄のように、バンドも始めた。最初は、高校だけの狭い範囲の活動だった。もちろん、弓道部も続けている。親には、何も言われる事はなかったが、弓道を続ける事も勉強も疎かにしなかった。
バンドを始めたと言ったら、兄が嬉しそうに、気に入っていたお気に入りのギターをくれた。それが、とても嬉しくて、更にやる気に拍車が掛かった。その、ギターはいつも自分の側にある。
大学に、通いながら、ストリートライブを行い、夜は仲間とライブハウスで、ライブをする生活が増えた。兄は、結局、大学を卒業すると、実家の和菓子屋を継いだ。二つ下の幼馴染みと結婚もして、幸せな家庭を築いている。それを、含めて、家族がやりたい事を尊重するやり方は、きちんと兄にも響いていたようだ。
兄が結婚すると遥は入れ違いに家を出た。地方に就職した姉もまた、家を離れているので、兄のためにその方が良いと判断した。大学の費用は親が出してくれるので、他に必要な経費を主にバイトで稼いでいた。ただ、唯一親から言われた事は近い場所に住んでいるので、月に一度は実家に顔を出しなさい、それだけだった。
実家に顔を出すと、家族は喜んで遥の好物を用意してくれるのだった。
遥の耳馴染みの良い歌を聞いていた。どこか、懐かしく、安心出来る声だった。ギターもとても、上手だった。嘉隆も、同じ様に、少し離れた場所で、ストリートライブをする。主に、歌うのは、日本のポップスが多い。遥と被るからと言う理由と、弾き語りでビートルズを歌うには、もう少し、練習が必要そうだった。
好きで、聞いてはいるが、ギターで弾くとなると難しい。
「なぁ、お前も、ビートルズ好きなのか?」
彼からの第一声に嘉隆は、短く「ああ」としか返事が出来なかった。それでも、遥は嬉しそうに、有名な誰でも知る曲を弾き始めた。それに、釣られて、合わせるように嘉隆も歌い出す。いつも寄り添ってくれる曲は、初めて合わせたとは、思えないほど、しっくりときていた。歌いやすい、そう思った。嘉隆が遥の声に自分の声を乗せる。嘉隆にとって、それは初めて他人の声に自分の声を乗せた瞬間だった。
歌い終わると、拍手の嵐が巻き起こったのだ。周りを囲む人たちだけではなく、近くを通る人も足を止めて聞いてくれたようだ。有名曲という理由だけではなく、二人の歌が二人のハモリがすべてを魅了した。
「なぁ、たまにでいいから、俺とここで一緒に歌わないか」
「僕で良かったら。僕の方からも、ぜひ、君と歌いたい」
「ああ、君、って自己紹介もまだだったな、俺は古川遥」
「僕は、浅生嘉隆、宜しく」
その誘いに断る理由なんてなかった。きっと、一緒に歌う事で見つけられる何かがあるはずだ、それに誰かと一緒ほど心強いものはなかった。広島を出て、知り合いもいない東京では遥の存在に大きく助けられる事になる。
その後、ビートルズの話題で何が好きか、語り合った。いつのまにか、夜は一緒に行動するようになり、馴染みのライブハウスで、その日、最大の動員数を記録した日に奇跡が起こった。二人は音楽事務所の関係者に声を掛けられたのだった。その、事務所はこれから、長く所属することになる。
地方から出て来た嘉隆にとって、東京の下町育ちだという、遥の実家には本当にお世話になった。バイトはしていたが、ライブハウスや、ストリートライブをするにもお金が掛かる。貯金はあったが、少しでも節約したいと思った。その時に、遥の実家に何度も呼んでもらって、食事をご馳走になったし、遥の部屋にも泊めてもらって、一緒に曲作りもした。
ビートルズが好きで、音楽が好きで、将来は歌手になりたい、仲良くなるには時間が掛からなかった。嘉隆と一緒にストリートでライブをして、ライブハウスでは、遥の中学からの友人を含めた仲間でライブを続けた。何事も全力で、好きな事に打ち込む性格は、変わらない。




