夏の夜空に想いを馳せて
本当は、たいぎぃから、なるべくだったら実家には行きたく無いって、言っていた嘉くんだけど、私と十二月に夏の星空も一緒に見ようと約束したのが、よほど嬉しいようで、実家に帰ろうとなった。
東京だとよく見えないから、行くなら、星のよく見えるところが良いと言うのが理由だ。
だけど、仕事が忙しくて、中々、旅行に行く機会も無い。妥協案で、仕事で出かけた先で、見る事にしようと決めた。広島や宮城だと夕方の情報番組に出る事が多いので、その時に行く事にしたのだった。
なので、今回は、広島での仕事の後に、実家に行く事になった。星空は更に田舎の方が良く見えるだろうと嘉くんが言うので、お義母さんの車を借りて、出掛ける事になった。仕事終わりに広島市内で夕ご飯を食べたんだけど、お義母さんには、がっかりされた、今度ゆっくり食べに来ますね。時間が無かったので、広島で有名なチェーン店のうどん屋さんで私たちが食べている姿に驚かれた。
沖さんと莉子さんにも今日の事は伝えた。今回は、嘉くんの単独の仕事なのだが、野上さんは用事が出来てしまい、急遽、沖さんが着いて来てくれた。次の日は、私も嘉くんも休みなので、二人はその日のうちに東京に戻って行った。慌ただしくてすみません、って言ったら楽しんで来て、と言われた。
「え、それ、望遠鏡?」
「うん、高校の時にバイト代で買った。そんなに高いものじゃないけど、それでも、星が綺麗に見えるよ」
「わ、嬉しい。望遠鏡で見るの初めて」
「そうなんだ」
「なので、楽しみだ」
学校で、星について、習う事はあるけど、学校で夜に星を見る機会は無かったからね。実家で、真理義姉に遭遇したけど、星には興味が無い様で、一緒に行きたいとは言われなかったが、引き止められはした。でも、今回は嘉くんがはっきりと星を見に来ただけじゃけぇ、と言っている。
「おじさん、うち一緒に行っちゃ迷惑ですか?」
「いいよ、凛、星好きだっけ」
「はい、お父さんが小さい頃に色々と教えてくれて、大好きです」
嘉くん、小さい頃から賢ちゃんに星を見に行こうと誘ったらしい。なので、賢ちゃんも星が好きな様で、それが、娘の凛ちゃんにも受け継がれている様だ。嘉くんの望遠鏡のエピソードも賢ちゃんから聞いていたらしい。お、凛ちゃんの『おじさん』呼び、杏と違って普通に呼んでいる。自然でいいね。私の事もおばさんで良いのに。そこは、マリ姐だった。ずっと、そう呼んでくれていたので、変えにくいのかもしれない。
「うち、地学部なんですよ。文化祭で、プラネタリウムやります!」
「へぇ、それは面白そうだね」
「ぶち楽しいですよ」
「行けないのが残念じゃけぇ、動画配信サイトでも、配信すれば見れるのに」
「ああ、杏お姉ちゃんの時みたいに? それ、すごく良い案です」
あは、もしかしたら、ほんとにやるかもしれないね。やっぱり、私も行こうかな、と呟いて真理義姉はお義母さんに仕事を頼まれていた。用事があって、実家に来ていたんだものね。
「じゃあ、言ってくるけぇ」
「気を付けんさいよ」
「ん、分かってるけん」
今回の運転は嘉くんだ。嘉くんの運転は初めてな凛ちゃんは素直に驚いている。こっちに戻る時も運転はしないし、たまに来た時も賢ちゃんが一緒で、運転するのは、賢ちゃんの方だと言う。
だって、眼鏡姿だものね。今日は、少し山の方に行くって言ってた。高校を卒業して、お義母さんの車を借りて、バイトの無い日は練習も兼ねて、賢ちゃんやお友達と一緒に出掛けたらしい。
「お兄ちゃんみたいって、言ったら失礼ですか?」
「いや、昔の俺の写真見て、賢人が似てるって言ってたよ」
私が、昔も今も変わらない様な気がすると、言うと凛ちゃんにも頷かれた。幸人くんは、眼鏡を普段から掛けている。嘉くんには、そんなわけないでしょ、と言って笑われた。
凛ちゃんの隣りに座ろうとしたが、お邪魔虫は私なんで、一人後ろで大丈夫ですよ、と言われた。嘉くん、男の人じゃなければ、私の隣りに乗るの、基本、気にしないよ。
「お母さんだと、すごく気にしますよね」
「うん、そうだね」
真理義姉が私の隣りは嫌な様です。あはは、ダメな人もいるようです。嘉くん、大人気ないけどはっきり頷いた。せっかくなので、私は助手席に乗った。今日のCDは凛ちゃんのリクエストで私の三月に出したベストアルバムだこの写真集付きのおっきいの、そのまま車に積んであるようで、ちょっと、申し訳無くなった。レーゲンボーゲンのファンへの牽制のためにCDと一体型にしたのが、間違いだった。
「こんな事するの、母さんぐらいだよ。普通は、CDだけチェンジャーに入れるとか、カードに入れるとか、色々と方法があるでしょ」
「そっか、確かに」
「後で、カードに入れて、車でも聞けるようにしておくよ」
ぜひ、そうしてあげて下さい。それなら、うち出来ますよ、と凛ちゃんが言ってくれた。明日には、帰るのでその方が良いかもしれないね。
市街地から少し抜けるだけで、空に星空が広がった。とても、綺麗だ。この星空はきっと、ここだけのもので、また違った日には、違う星空が見えるのだろうな。
嘉くんの実家でも星は見えるんだけど、住宅街なので、やっぱり、街灯はあるから、それを気にして、車で出掛けようと言ってくれたのだろう。
「どこまで、行くの?」
「ちょっと、距離あるけど、八千代湖の方まで行こうと思う」
「あの人の出身地!」
「それ、誰に聞いたの」
「こないだ、ここにサイクリングに来た時に、櫻井さんに聞きました」
「あの人かー、ちょっと、悔しいな。ま、調べれば分かる事なんだけどね」
その話はそこで、終わった。不意に思い出したんだけど、この話題はちょっとタブーだったかな。私は、話題を変えるように、凛ちゃんの方を振り返った。
「賢ちゃんも呼べれば良かったんだけどね」
「お父さん、手が離せなくてすごく残念がってました。だって、本当に久し振りにおじさんと星が見れるチャンスを逃したって言っていました」
本当に残念だ。だから、賢ちゃん以外の家族全員、揃っていたんだね。幸人くんは広島市内で一人暮らしなのでいないんだけどね。
星空については、嘉くんに負けないくらい凛ちゃんも詳しかった。満天の星は、東京でも見る事は中々出来ないだろう。そして、東京都内では、中々見られない天の川が見えた。実はこれが一番見たかった星空だ。
今日は晴れて良かった。雲が掛かっていると見えないからね。雲もそれほど、多くは無いので、星空を見るには、とても良い好条件だった。
「天の川の中に、はくちょう座があるね。そして、宮城で有名な七夕の彦星と織姫。彦星がわし座で織姫がこと座だね。南には俺たちのさそり座」
「はい! 私はその隣りのいて座です」
「いて座って言えば、南斗六星だね」
その言葉に違うものを思い出したぞ。北斗の拳が頭をよぎった。再放送で見た事ある。南斗六星ってワード出て来た様な気がする。
「それ、本当にあるんだ」
「どう言う事?」
「昔、北斗の拳の再放送見た時に出て来たから、アニメの中の話なんだとばかり思ってた」
「流石、麻衣。男の子のアニメに強いな」
「うん、ドラゴンボールも見ていたよ」
「北斗の拳知らないから、俺は星座の知識だね」
「ですよね。凛ちゃんはいて座って事はさそり座よりも前だっけ?」
私の一言に嘉くんと凛ちゃんが同時に笑い出した。あれ、違った? 逆じゃけぇのぉ、ってなんか聞いた事ある広島弁で嘉くんが突っ込んでくれた。これ、ほんとに言うのか。
「さそり座の前がてんびん座です。いて座はさそり座の後ですね」
「凛、十二月生まれだよね、確か」
「はい、十二が二つ並ぶので覚えやすいです」
十二月十二日、確かに覚えやすい。絵美と一緒で、同じ数字が並ぶんだね。十二月の星座も見て見たいな。不思議な事に私は冬に近い生まれなのに、星座は夏の星座なんだよね。
「ああ、それね。星占いで、生まれた時に太陽がその星座の位置にあるとか、そう言うのだっけ。占いとか、信じないんで、詳しい事は分からないな」
「うん、ありがと。そうだよね、占いの分野と、天文はまた少し違うよね。後で、調べてみる」
嘉くんは、星占いとか、信じてなさそうだ。まぁ、私も信じていないんだけどね。凛ちゃんは、雑誌の星占いをたまに見るくらいだって。
「前に愛夢ちゃんに聞いたんだよね。星座占いでは、四つの属性に分かれていて、基本、同じ属性同士は、相性が良いんだって」
「え、じゃあ、うちとマリ姐は、あまり相性良く無いん?」
「そんな事無いと思ってるから、その辺が分からないのよね。だから、占いは信じていないのよ」
「なるほど、でも、その括りで言ったら、おじさんとマリ姐は相性良いんだね!」
「まぁ、同じ星座だからね」
「私は、星座占いを見て、良い事だけは信じちゃうタイプなんです。だから、現金だけど信じない事にします」
朝の星占いは明らかに女性向けだよね。だって、ラッキーアイテムがワンピースなんて、言われて男性はどうするんだって話だよね。あれ、どう解釈すれば良いの、って思う。
「あ」
「なに?」
「今、星が流れた」
「流星群じゃ無くても流れるの?」
「夜間に空のある点で生じた光が一定の距離を移動して消滅する現象を流れ星、または流星と呼ぶ」
「じゃあ、流星群って?」
「流星群は、その軌跡が天球上のある放射点を中心に放射状に広がるように出現する一群の流星の事。あ、これも、流星で間違っていないのか、曖昧かもしれないな、区別するために群流星と呼ばれたりするね」
「なるほど」
「ちょっと、首が痛くなっちゃった。さて、あんまり遅くなると、心配するから戻ろうか」
「そうだね」
帰りも嘉くんの運転だった。凛ちゃんの希望で、帰りは、嘉くんがセレクトした星の歌を流してくれた。セレクトの中に私の『アンタレス』が入っていて、ちょっと、恥ずかしかったです。アンタレスは私と嘉くんのさそり座の一等星だ。
十二月に夏の星を見に行こうと誘ったので、約束を果たして星を見に来ています。今回はは、二人っきりでは無くて、凛ちゃんも一緒です。




