莉子さんの結婚報告は、突然でした
何度か、レーゲンボーゲンと仕事をするようになって、気付いたことがある。莉子さんと沖さんは私に内緒で、お付き合いしている。
レーゲンボーゲンのマネージャーの沖博行さんは、私たちの五つ上だった。悠兄と学年は一緒なので、覚えやすい。
十二月に神戸で開催された、レーゲンボーゲンとのクリスマスコンサートへの出演が二年ほど続いた。浅生くんの我儘で、一緒に新幹線を利用した時に、私と沖さんの座席を交換してもらう事がある。私と席を変わるという事は、莉子さんの隣りに沖さんが座る事になる。仲が進展してもおかしくはない。
その我儘に対して、古川くんは、何も言わない。その意味を知るのは、少し先になる。
「もしかして、莉子さんと沖さんは付き合ってる?」
「莉子さんは、何も言ってないの?」
「いや、何も聞いてないかな。沖さんは、何か言ってるの?」
仕事で珍しく一緒になった、古川くんに尋ねるとそんな言葉が返って来た。ふむと、古川くんは、考えて、言葉を続けた。何のことだろう? 私にも分かる様に説明してほしい。
「沖さん、俺に相談する事があるんだけど、嘉には相談は、しないらしい」
「どうして?」
「嘉は、そう言う相談事しにくい性格だからかな」
「なるほど、えっと、もしかして、私もそう思われている?」
「いや、麻衣ちゃんは違うな。莉子さん、麻衣ちゃんに負担掛けたくないって、思って黙っているのかもしれないな」
そこは分かった、莉子さんと沖さんは、私に心配や、負担を掛けないように、内緒で付き合っているって事になるのかな。古川くんに相談したのは、きっと、私への配慮だ。何がきっかけで私の心配事に発展するか分からないから。
「あれ、でも、恋愛の相談を古川くんにすりゅって…いちゃい、です…」
言いかけて、むぎゅと頬を引っ張られた。しゃべれない。古川くん?! なしてー? 特に彼女が居るとか、聞いた事がない、古川くんが恋愛相談受ける事に驚いたんだけど、最後まで言わせてはくれなかった。
「麻衣ちゃん、嘉やめてさ、俺と付き合わない?」
「へ?」
「ああ、もう、その顔、かわいいなぁ。ほんと、嘉に渡したくなくなる」
「古川くん? 私、付き合うも何も浅生くんと付き合ってすらいないよ」
今のって、私告白された? それとも、いつものように揶揄われているのか分からなかった。古川くんは、楽しそうに笑うと、がしがしと今度は、私の頭を撫でる。髪、ぐちゃぐちゃになるよ! ああ、やっぱり、揶揄われていたらしい。
手櫛で、髪の毛を直していると、ふと、スマホの着信音が鳴って、それは話題にしていた、莉子さんからのメッセージだった。古川くんと、仕事中だと、思ったようで、通話ではなく、メッセージにしたようだ。そして、古川くんにも、同じようにメッセージが届いた。
「そっか、あ、莉子さん、何だろう」
「こっちにも沖さんから、連絡来た。…嘉?」
今は、莉子さん、用事があって、今日は一緒ではなかった。そっか、レーゲンボーゲン側の事務所に行っていたのか。結婚の報告だろうか、何で私が先じゃなかったのか、と思ったが、負担を掛けるかもしれないってさっき言ってたからか。
小走りに私たちの側に来た、浅生くんは、今日は、自分の事務所に行っていたはずだ。ここは、私の事務所で、お互いの事務所は近い。LINEのメッセージと浅生くんの一言が重なった。古川くん宛に届いた沖さんからのメッセージも一緒だった。
『結婚することになりました』
出会って、約二年、早すぎないか、とも思ったけれど、沖さんは四十歳を超えているし、三つ上の莉子さんだって、あれ莉子さん四十一歳? 急ぐ必要あるか。浅生くんも驚いているようで、話を聞くと、事務所でその事を知ったらしい。
それで、突然の作戦タイムになった。メッセージを読む限り、入籍だけして、後は落ち着いたらって事になったらしい。
今月、私の新しいアルバムが発売される。そして、来月から全国ツアーが始まる。夏には、舞台に立つ事も決まっていた。きっと、結婚式をするとしたら、やっぱり、六月だろうか。
レーゲンボーゲンの方は、四月に新しいシングルが発売、細々とした仕事はあるが、そこまで大きいものはないようだ。八月に屋外イベントに出る事ぐらいだと言う話だ。
そういえば、その屋外イベント私も誘われているんだよね。
「そうなると、やっぱり、六月かな」
「四月に入れば、ちょっと余裕出ると思うんだけど」
「俺たちの事は気にしなくていいよ。地方に行く仕事もないし、こっちにいるからいつでも時間取れる」
「そうなんだね、そうなると贈るとしたら何が良いんだろうね。実は、こう言う事、兄の結婚式の時にしか贈った事ないのよね。それも、結婚したの知ったのかなり後でさ、杏が生まれて、再デビューする前だったから、結婚祝いと出産祝いと、纏めてだった。あ、絵美の時はどうだったかな、仕事忙しくて、余裕なかったんだよね。適当なもの贈りたくなくて…」
麻衣? 浅生くんに不思議そうに覗き込まれた。思い出した、紅茶、絵美はコーヒー派の私と違って、紅茶派だ。それだけじゃ、申し訳ないし、何より絵美の結婚式だ。
そして、メインに絵美に望まれて歌ったんだった。その時、絵美のためだからって、一から曲作って、『Mother port』その後に公表して、アルバムにも収録してもらった思い出の曲だった。
「私の歌にね、『Mother port』っていう曲があるの。母港を意味する言葉で、絵美が旦那さんだけじゃなく、私の母港であって欲しい、私が帰る場所であって欲しい、そう思って贈った歌、ちょっと恥ずかしいね。シングル化はされていない、アルバムの中の一曲。どうしても残しておきたくて、事務所に我儘言って、アルバムに入れてもらったり、動画配信もさせてもらった」
「歌か、それは流石に思いつかないな。というか、その曲にそういうエピソードがあったんだ。俺、その曲も好きだね」
浅生くんも同じような感じだったが、古川くんだけは、兄弟だけではなく、バンドのメンバーにも同じようにお祝いを贈った経験があった。古川くんの中学時代からの友達で、レーゲンボーゲンのサポートメンバーとして、バンドを担当している人たちだ。
「食器はやめた方がいいって聞くけど」
「割らなければ良い話じゃない?」
「いや、確かにそうなんだけど! なんか、違うような気がする」
「贈りたいって思ったものを贈るのが一番だって、言う事だろ? 麻衣ちゃんだって、歌を贈りたいって思ったからそうしたんだろ?」
「古川くん、かっこいい!」
「褒めても何も出ないよ」
で、何にするのか、振り出しに戻ってしまった。まぁ、休日利用して、六月までに考えれば良いかな。浅生くんもそれに賛成してくれた。実家の方にも聞いてみようと思う。
だって、大事なお姉さんのような人が結婚するんだもの、贈り物は良いもの選んであげたいよね。でも、今回は歌はやめます。とうか、私プレゼント選ぶのすごく下手なんです。
そして、やはり、結婚式は六月だった。まぁ、ジューンブライドを想像するとやっぱり、六月だよね。
気仙沼に『Mother port』と言うお店があります。お店の名前の由来を聞いて、これだ、と思ったものなので、私が考えたものでは無いです。すごく、素敵な意味を持っていて、これは、使いたいと思いました。
ここで、曖昧な遥くんの気持ちがうっすら見え隠れしている。本気なのか、冗談なのか麻衣には、判断出来ません。それと、遥くんルートはありません(笑)。




