チョコレートとおやつの時間
数年前まではファンレターと共にプレゼントの類を受け取っていたが、今では、ファンからの貰い物は遠慮しているので、バレンタインデーや誕生日にプレゼントが届く事はない。
でも、事務所内では、話が違った。うちの事務所だけの話だが、もらうチョコレートの数は私が一番多かったらしい。貰っても困るので、最近では、「みんなで、食べよう?」私がそう言ってにっこりと微笑んで、休憩室でコーヒータイムをしながらチョコレートを食べる時間になった。
それは、毎年、二月いっぱい繰り広げられる。これだと、三月のホワイトデーにもみんなのためのお菓子の準備が少なくて済むと言うメリットがあるからね。
ただし、莉子さんと美月さんから貰ったものだけは、持ち帰っている。気を利かせてチョコレートじゃなくて、お酒や、甘くないお菓子などになった。それと、聖良ちゃんからも貰う。聖良ちゃんは、可愛い後輩だし、仲良くしてもらっているので、断る理由はないよね。
「麻衣さーん、お疲れ様です」
「聖良ちゃん、お疲れ様」
「これ、私からです!」
「いつもありがとうね」
「いえいえ、旦那様と食べて下さいね」
去年はチョコがけのバウムクーヘンだった。今年の箱の形から少し大きめだ。二人で食べ切れるかな、ちょっと心配だ。
結婚後は、嘉くんもチョコレートを持って帰って来る。だが、そっちは愛夢ちゃんと荻野さんからの二つだけだ。嘉くん、ファンからもスタッフからも同じ事務所所属の人たちからも一切、チョコレートは受け取らない。
それは、デビュー当時からだって、言ってた。結婚前は荻野さんと愛夢ちゃんのも貰っていなかったのは、食べないからだ。甘いものは嫌いではないのだが、進んで食べる事はしない。私と一緒だから、って言う理由でもらう様になった。荻野さんも愛夢ちゃんも嘉くんにって言うよりは、私たちにって言う意味合いの方が強い。
なんで、今日に限ってこんなに人がいるの、そう思ったら、その中で、年長のスタッフの子が私にチョコレートを差し出した。え、いつも貰わないって言ってませんでした? これ、みんなで仲良く食べましょうって言いましたよね。
「いえ、これは是非、浅生さんにお願いします!」
「そう来たか、でも、嘉隆くんも受け取らないよ? 前にそう言ってたからね」
その事は知らなかった様だ。私に頼めば、嘉くんに渡ると思った様だ。それに、今回だけと言って受け取ってしまえば、これから続く事は目に見えているので、ここは断らないといけない場面だ。
「そうなんですね。やっぱり、麻衣さんがいるから?」
「それは、違うね。デビュー当時からだって言ってたから。私は関係ないね」
そこもきちんと伝えておかなければいけない。だって、嫉妬深い女だと思われたくないものね。少し意地悪だったかな、演技する訳ではないけれど、少し冷たい表情でキツめの声音でそう言うとその子は下を向いてしまった。泣かせた? だが、違っていた様だ。
「も、もう一回、言って下さいっ!」
「え?」
いや、喜ばれていたみたいだ。『私は関係ないね』の一言が響いた様だ。周りからも黄色い声が上がる。私、そう言うつもりで言ったんじゃないんだけどな。すっかり、嘉くんの話題から逸れた。嘉隆くんの方は良かったのかな?
「何、騒いでるの。休憩時間無くなっちゃうわよ、麻衣も遊んでないで、午後から『rip tide』で打ち合わせよ。それ、お土産に貰っても良いかしら?」
そう言って、莉子さん、年長のスタッフが嘉くんに、って言って用意したチョコレートを受け取る。ナイス、これだと嘉くんの口にも入るかもしれない。そして、そうやって見逃してくれるのも今回だけだ。これだけ、大勢の前なので、きっとみんな理解してくれたに違いない。
これだけ、人が多いのだ、来年からは、きっと嘉くんのチョコレートも用意されることはないだろう。そういえば、遥くんは事務所の子からも受け取るらしい。そこは、嘉くんと違うところだ。マメに一人一人にお返しも用意する様だし、貰ったチョコレートもきちんと食べる。流石だな。私と嘉くんは顔を見合わせて、きっと、真似出来ないなと思うのだった。
バレンタインデーは嘉隆くんには渡しません。麻衣はいつももらう側ですね。




