仄かな恋心とライバル心(side 絵美)
絵美から麻衣へのLINEは、月に一度ほど、それも多くは、近況を送ってくるくらいだった。絵美は二十八歳の時に、高校時代のクラスメイトの田中学と結婚した。
アリスと帽子屋の結婚でクラスメイトたちは大いに盛り上がったらしい、麻衣はクラスメイト間のLINEグループには入っていないので、絵美から聞いた話だ。少しでも、マスコミへのリスク回避のためだ。
その時、麻衣も、一日だけ休みを取って、絵美の結婚式に出席した。久し振りのクラスメイトの登場に結婚式会場は大盛り上がりだった。
服装は、結婚式に着れそうなもの持っていないと、莉子に相談したら、これからも必要でしょうと言って一緒に選んでくれた。男性っぽいものと、少しカジュアルな女性用のスーツ、落ち着いた色合いで、気に入ったので、麻衣は女性用を選んだ。
今回は、マスコミの存在は気にしなくて良さそうだったのと、大好きな絵美と学の結婚式だ、これくらいでも良いだろう。ただし、出席していたクラスメイトや絵美の職場の方々には、かなり、がっかりされた。高校時代、制服でスカート履いてたはずなのに、麻衣にはそれが、不思議だった。
その後も、絵美から、誰と誰が結婚したとか、色々な情報を聞いた。佐藤新は、仙台で会社員になったらしい、営業であの無敵スマイルを今でも発揮しているらしい。
バンドメンバーでまだ、地元にいるのは学と小野寺潤だけで、彼は、実家のりんご農家を継いだらしい。そして、文化祭のあの日、獣耳に獣尻尾で、女生徒の一人を落としたとか。その子と、卒業して、数年後に結婚、今は三人の子持ちらしい。
そして、鈴木裕太は東京にいて、私鉄に就職したらしい。詳しい駅は分からないが、もしかしたら、麻衣もどこかで、すれ違っている可能性があるかもしれない。
絵美がそのメッセージに気付いたのは、下の子を保育園に送って行き、農協の事務所に着いた時だった。結婚後も仕事は続けているようだ。上の男の子は小学生になっていた。
麻衣の何気ない『男友達出来た、すごいイケメンで困っている。夜にでも通話して良い?』という連絡が来た。今までの麻衣なら、離婚後も何人かと付き合ったが、別れた後の事後報告で、付き合う前からの反応は初めてだった。
『絵美、久し振り。今、大丈夫だった?』
「うん、学くんが子供たちと寝ちゃったから、今一人だから、平気、でさ、男友達って、彼氏じゃないの?」
『彼氏はもう良いかなぁ。この年齢だしね』
そう言って、麻衣から、メッセージと共に送られて来た、写真に「拡散禁止で」と言う言葉も告げられた。これは、確かに拡散してはだめなやつだ。写真には、レーゲンボーゲンの二人に挟まれた麻衣が写っている。SNSにあげたものとは違うものなので、拡散禁止と言ったようだ。
あちらは、公に出回っても問題ない距離感なのだが、絵美に送ったものは、違っていた。随分と距離が近い。特に麻衣の左側にいる人のが。
「で、どっちなの? どっちもイケメンじゃん。私は、どっちかって言うと、古川くんの方が好みかな」
『絵美の好みは古川くん?! って、え、なんの事?』
「彼氏候補に決まってるじゃないの」
『や、だから彼氏はもう良いって、言ってるでしょ』
「ただの友達ならこうして、通話で連絡してくる事なかったじゃん。迷ってるから、気になってるから、連絡くれたんでしょう?」
『やけに誘われるなって、思ってる』
「で、どっちなの?」
『え、それ、言わなきゃダメなやつ?』
「まぁ、麻衣の好みはこっちだよね、昔からこの手のイケメンに弱かったのを覚えてる。でも誘われているのが、古川くんの方だったら、ちょっと面倒なやつだよね」
『…誘われているのも、私の好みも同じ人です』
「そっか、浅生くん、めちゃくちゃ、麻衣の好みだもんね、良かったよ、彼で。私も名前だけなら、好みなんだけどさ」
小さくなる声もしっかり、拾ってくれたようで、麻衣は「良かったじゃん」という言葉をもらった。絵美はずっと心配していた。結婚も離婚も上手くはいかなかった。
そして、三十歳を前にして、交際も結婚も諦める程に。絵美は嬉しそうに、近況聞かせてね、という言葉を残して通話を切った。嘉隆の名前には、絵美の好きな戦国武将の名前が入っている。




