君がいる、その出会いと、憧れと(side レーゲンボーゲン)
二十一歳の時に、レーゲンボーゲンと言う名前でデビューした。ライブハウスで、歌っていた時に、二人で考えた名前だ。単純に、ストリートライブをしていた時に、二人で見た虹が印象的で、架け橋になりたい、そう思って付けた名前で、ドイツ語を選んだのは、他にない響きが単純に気に入ったからだ。
フランス語だと、すごく有名なバンドがいるが、方向性が違うので、問題ないかなと思っている。
お陰様で、デビュー曲もそれなりの売り上げを出す事が出来た。同時に出した、アルバムも好調で、ライブハウス時代や、ストリートライブ時代のファンだけではなく、新規のファンも増えたように思う。ライブハウスで歌う曲は、ほとんどが嘉隆の作詞で遥が作曲を担当している。それでも、二人の根本にあるのは、いつもビートルズだった。
遥は、それでも、大学はきちんと通い卒業している。それさえ、遥は疎かにする事はなかった。遥のギターの音に合わせて、歌う二人のハモリは人を魅了する。
再始動後、決まったのは、デビュー日と同じ三月の初めに、デビュー十五周年の記念日に長時間番組に出演する事だった。事務所から、連絡があり、出演者の情報も開示された。
「嘉、どうした?」
「やばい、これ無理じゃけん。俺、平静でいられる自信ないけぇ」
出演者情報に、見つけた名前に嘉隆は、顔がニヤけるのが止められない。そのために、地元の言葉が自然と出てくる。遥はただ、良かったなと相棒の肩を叩いた。
ようやく、あの時、助けてくれた、彼女に会う事が出来る。状況が状況なだけに、面と向かってお礼は言えない、言われても戸惑うだけだからけして言わない。少しでも、気付かれないように、平静を装う練習をした。
それを側から見ていた遥は、無言で、見ないふりしてくれた。つうか、冷静じゃない嘉は面白いな、と呟いていたが、しっかり、聞こえている。
* * *
生放送のその長時間番組の中、偶然にも同時間帯の出演に決まった。出演歌手は多いのだが、その、偶然に驚いた。それも、彼女の隣りに座る事が出来るとは思わなかった。立ち位置が向かって左な事に地味に感謝した。
司会が、まず、麻衣に話し掛ける。新しいシングル曲が出るのでそれが、今回の出演の理由だった。そちらも久し振りの音楽番組なので、その辺の話題を振っている。流れでレーゲンボーゲンへと、話題が振られた、そんな筋書きだ。
麻衣は、嘉隆たちを見ると、目を輝かせながら、昔からファンなんです、再始動してくれて、本当に嬉しいです、と心からの言葉なのか、社交辞令なのか、どちらともつかない会話を続けている。表情は、本当にファンでいてくれるように見えたのは、嘉隆の思い込みだろうか。
久し振りの歌番組で、麻衣は丁寧に挨拶周りをしているようだった。重鎮の司会者から、自分よりも随分と若い出演者にも挨拶を欠かさない。見た目は、ショートカットに明るい茶色の髪は柔らかそうだ、同じぐらいの身長で男性もののジャケットにズボンで色合いはモノクロをメインにしていた。
彼女のコンセプトが女性ファンを取り込むためのものだからだ。今日のレーゲンボーゲンも似た雰囲気の服装で、それは、番組側から事務所に頼み込まれたものだ。
「初めまして、川村麻衣です、今日は宜しくお願いします。私、TVに出るのが、久々だし、元々、慣れていないので、ご迷惑掛けたら申し訳ありません」
そう言って、頭を下げた。素直で、真面目な好感の持てる子だった。子というには、同い年なので、失礼かもしれない。彼女の新曲は『蒼月ーblue moonー』八月の満月になぞられた曲だ。元々、シンプルな題名が多い。題名はシンプルだが、歌詞は人を惹きつける魅力を持っている。
新しい新曲はまだ、配信はされていないので、ここで聞くのが初めてだった。予定では四月に配信されるらしい。レーゲンボーゲン側は、この後、新しいシングル曲が配信される。そして、五月に新しいアルバムが出る。
伸びやかなバラードは、彼女の持ち味なのか、始まると同時に惹き込まれる。最後まで、聞いていたかったがそうも行かなかった。遥に肩を叩かれて移動する。次は、レーゲンボーゲンの順番が回ってくるからだ。
久々のTVは緊張したが、何事もなく、歌い切る事が出来た。ミスもなく合わせてくれる、相棒の存在がとても、心強かった。
「なぁ、声掛けても良いと思うか?」
「‥嘉、お前のそんな、夢見る女子みたいな行動、新鮮だな。初めて見るよ」
「わからない。どうしたら良いのか」
「良いんじゃね? 向こうは、そこまで気にしないだろうし」
それはそれで、ちょっと寂しいんだけどな、とぼやいて、嘉隆は麻衣に声を掛けることにした。その様子にめんどくさい奴と、遥が呟いた。SNS用に三人で彼女を挟んで写真を撮ると、それ、私もあげていい? と嬉しい言葉をもらった。
その後、お互いのマネージャーや、事務所のスタッフも巻き込んで、飲み会に誘った。すごい、行動力だよな、と今までの嘉とは、別人だ、と周りから驚かれた。事務所のスタッフとは飲み会をすることすら稀で、それが、他の歌手とその事務所まで巻き込んだ。
あの時から、女性と付き合う事もやめて、今は音楽一つに打ち込んでいたはずだ。それなのに、その理由を知っている遥は、傍観を決め込んだ。
もしも、麻衣が嘉隆を傷付ける事があれが、口を出す、そう思い、今は見守ることにした。
「私が作詞すると、どうしてもタイトルがシンプルになってしまうのは、タイトル考えるのが苦手なんですよね。どうしても、思いつかなくて、最後までタイトルだけが残ってしまうんですよ。きっと、作詞時間で一番、悩んでいるところかもしれません」
「あんな、素敵な歌詞なのに?」
「いやいや、そんなことありませんって。でも、ありがとうございます。そう言ってもらえると、頑張った甲斐がありますね」
「じゃあ、今までのシンプルなタイトルは川村さんが作詞したもの?」
「そうですね、あ、色々聞いてくれてるんですね。恥ずかしいけど、嬉しいです」
シンプルではないものや、長い英文が使われたタイトル、歌詞の歌は基本、麻衣の作詞ではない。学生時代から国語は得意だが、英語は壊滅的に苦手だった。
お酒のせいか、照れのせいかうっすらと頬を染めて麻衣はお礼を言う。あまり、目立たないシンガーだという話だが、そんなことはない。目立つから、公に出ないのだ。
隣りで、つまみを口に運んでいた遥がじゃあさと言葉を続けた。
「放送中に振られた、俺たちの歌好きだっていうのは、本当?」
「あ、はい。それは、本当ですよ。出されたCDもすべて持っています。ソロ活動されていた時のもあります。久し振りのTVで緊張して、冗談や思っても見ない事言えるわけないじゃないですか。というか、私に社交辞令なんて、無理な話です」
少しむっとしながら、答える、少し気に障ったようだ。それも、遥なりの嘉隆を心配しての発言だった。それから、曲作りの話に移行するのは、同じ歌い手として、好感が持てた。
それになにより、嬉しかったのは、彼女がレーゲンボーゲンのアルバムと個人のアルバムもすべて、持っている事だった。嘉隆の歌はちゃんと、麻衣に届いてた、それがとても嬉しかった。
「作曲のメインは、古川さんなんですね」
「うん、そんで、作詞のメインは嘉だよ」
「そうなんですね。ずるいなぁ、あんな素敵なタイトル考えられるって、やっぱり、才能なのかな」
「どっちかというと、感性のような気もするね」
「そっか、難しいなぁ」
「本人に聞いてみれば?」
「相談に乗ってもらえるって事ですか?」
突然の発言に一瞬。顔を見合わせて、麻衣は視線を外した。その一言がまずいと思ったのだろう。ごまかすように、話題を変えようとするが上手く行かなかったようで、隣りに座っていたマネージャーの酒井莉子がそろそろ、お開きにしませんかと声を掛けてきた。
時計を見ると十時を回っており、明日も仕事が入っているので、と申し訳なさそうに謝ってきた。
不意に嘉隆は、マネージャーから名刺を受け取って、走り書きのように、自分のスマホ番号を記入すると、麻衣に渡す。相談ならいつでも乗るよ、という言葉を掛けて、その飲み会はお開きになった。
驚いた麻衣の表情が忘れられない。顔には出さないが、嘉隆もまた、これを逃すと今度はいつ会えるのか、分からないので必死だった。




