008話:出立
当面の目的も準備も整ったし、あとやるべきことはただ一つ。
一宿一飯の恩を返すのだ。
さすがに何も返さずに出ていくのは気が引けた。
デンケンを見つけて旅立つことと、恩返しに雑用でも何でもいいからやらせてくれと伝えたら、
「ずいぶん殊勝なやつだなぁ、そんなこと言ってきたやつは今までいなかったぞ。」
なんて珍しがられてしまった。
できることと言っても大したことはできないので、砦の使用人に紹介されて滞在可能期間の3日間、使用人のお手伝いをして過ごすことになった。
掃除や水汲み、訓練の準備とか後かたずけとかね。
いちおう元の世界で50年近く生きてきた経験を活かして・・・といきたかったけれど、やることなすこと初体験が多くて初日は失敗だらけ。
誰か掃除機を貸してください。
人並みの学習能力と、手抜きにならない楽の仕方(世間一般では効率化というらしい)は年の功、2日目からはそつなくこなすと、そのまま就職しろと勧められてしまった。
「今の総長もなぁ、人相手ならそれなりに有能だったらしいよ。」
「でなきゃ、いくら御領主様のご子息でもここに赴任してきたりしないって。」
仕事にも慣れてくると、休憩中の会話も弾んでくる。
早朝にあったけど、一言も話さず終わったってことを話したら、みんな思うところがあるらしく話の花が咲き始めた。
「俺が来たからには~なんて息巻いてたのになぁ。」
「そうそう、よせばいいのに、赴任して早々に討伐隊の指揮を取るなんて出ていくから。」
「出ていくときと帰ってきたときの総長、完全に別人だったもんな。」
「へぇ、そんなに厳しい戦いだったんですか?」
「討伐隊はいつもそうさ、森の外縁部から魔物を遠ざけるだけなんだがな、人相手とはまったく違う、あいつら、知能とか理性とか無いからな。」
そう言う隻腕隻眼の使用人は、かつては兵士として討伐隊に参加していたそうだ。
3回目の参加で大けがをして、兵士をやめて使用人になったと言っていた。
「そのショックが冷めないうちにカルノトス砦壊滅だろ、あれでポッキリ折られたな。」
「さすがに御領主の手前転属届は出せんだろうなぁ。」
「うへぇ、当分あの人のままか? やべぇぞ、ここ。」
「立ち直ってくれるといいが。」
なんて深刻なムードになりかけたところで休憩時間が終わり、それぞれが仕事に戻っていく。
俺も午後訓練の準備のため訓練場脇の倉庫へ向かった。
やることは主に、訓練で使う武器防具の運び出しと、訓練後のかたずけ。
訓練中は基本見学だけど、壊れた武器防具の交換だとかけが人を医務室に運んだりとか、意外と忙しかったりする。
で、訓練を見ていた感想。
今の俺、結構弱いかも。
魔法使って一対一ならそこそこ勝てるかな?ってレベルじゃないだろうか。
魔法使わなかったら誰にも勝てる気がしない。
まぁ、駆け出しの傭兵ってことにしてるから違和感無い程度の弱さだろう。
精進せねば。
**
恩返しの3日間を終え、その翌朝南門へ行くとデンケンがいた。
「飯は食っていかんのか?」
時間的に今は兵士さん達でごった返している頃だ。
「そこまでお世話になれませんよ。」
「全く、お前は変なところで殊勝だな。」
呆れられてしまった。
しょうがないじゃん、具はオッサンなんだから。
軽く別れの言葉を交わすと門を出た。
しかしなんだ、余裕のできた今だからこそ思うことだけど、異世界で初めての出会いって、美少女じゃないのか?
やり直しを要求したい。
なんてバカなこと考えてられるのも、人の世界にいるからこそなんだよな。
まずは道を右へ、森を迂回しながら、カルケール伯爵領を目指す。
できればレベルアップも狙いたいし、資金稼ぎもしたいから森へも入らないと。
途中、比較的安全な場所にキャンプ地が点在しているそうだから、適当なところを拠点にして森で経験を積むとしよう。
度胸もつけなきゃなぁ。
逃げてばっかりの異世界生活だもんなぁ。
最初のキャンプ地までは特に問題も起こらず、夕方には到着できた。
キャンプ地といっても、丸太で作られた簡素な壁で囲まれた更地だ。
中は運動会ができそうなほど広い。
商隊なのか、10人ほどが入れそうな大きなテントに、複数の荷馬車や馬がまとまったグループが点在している。
なんとなく、入り口の近くにテントを張る。
テントを張る経験なんてなかったはずだけど、滞りなくできたのは“常識”さんのおかげだ。
キャンプ地の中央には井戸があり、水の心配はしなくて済む。
調理場は無いので保存食に頼るかテント脇で焚火をするかだけど、そのまま直の焚火は火の粉でテントが燃えたら大変なので自重することにした。
かまど作る石が欲しいな。
チラリと目をやると、商隊の人たちはかまどを持参しているようだった。
金属製みたいだから、組み立て式の簡易かまどみたいだ。
いいなぁ。
森までは入り口から10分程度の距離なので、明日は森で経験値に素材集めといこう。
なるべく早く金貯めて買うんだ。
まずいけど、なんとか食べられる保存食と干し肉をミードで流し込んで早めに横になった。
明日は逃げない・・・できるだけ。
日の出と同時くらいに目が覚めたので、テントをしまってから、バックから枝を数本取り出して小さな焚火を作り、小鍋に水と保存食、干し肉を削ったものを入れて沸騰させる。
うん、かなりしょっぱいけど、そのままよりはちょっと良い。
干し肉の影響だな。
「ダイエットにいいな。」
まずい、と声に出さないのがささやかな抵抗だ。
腹を満たすためだけの食事って、なんかむなしいなぁ。
美食家なんて程遠いジャンクフードにまみれた食生活だったけど、なんて恵まれていたんだろう。
しみじみと感じ入りながら 、満足には程遠い朝食を終えると、身支度を整えて森へと向かう。
1時間ほど目印にナイフで木の幹に傷をつけながら探索していると、100mほど先に大型のトカゲのような生き物を見つけた。
“ゲドリザー”だ。
“常識”さん情報では、最大で3mほどになるトカゲで、森や平原に広く生息する魔物。
皮は日用品の素材として重宝され、数匹が群れを作って活動している。
とのことだ。
息をひそめて観察していると、周辺に4頭ほどがのんびりを日光浴している。
熟練度カンストしているマジックミサイルは1度に5本、集中して狙いをつければ、個別に攻撃可能だ。
ゴブリンの時にそれをやっていれば、あんなに惨めな思いをしなくて済んだのにな。
冷静さを失うってことがどれほど危険なことなのか、いい勉強になったと思うことにしよう。
問題は、気づかれずに射程の20mまで近づかなければならないってことだ。
ゆっくりと、可能な限り物音を立てないように近づいていく。
体感で10分以上かけて、にじり寄るように20mの距離まで近づくことに成功すると、集中する。
まずは3頭、2本づつ2頭と1本を1頭に、これで相手の強さがなんとなく分かるはずだ。1本で倒せるなら御の字、2本でも倒せなければ迷わず逃げる。
行け!
光の矢が狙いたがわず3頭のゲドリザーに突き刺さる。
2本使った2頭はピクリともせず、1本使った1頭と、無傷の1頭がこちらへ向かって突進してきた。
さすがに1本食らった方はダメージを無視できないようで、すぐに無傷の1頭と差が出はじめた。
ショートソードを構えると、先に無傷の1頭に狙いを定める。
“強撃”を発動、すると、全身に力がみなぎる。
頭上に剣を振り上げ、迫るゲドリザーの頭めがけて一気にたたきつけた。
派手な演出は一切無いが、剣は一撃で鱗に覆われた頭部を真っ二つに切り裂いた。
その様子に出遅れたもう1頭が、躊躇するように速度を落とす。
“強撃”の効果は切れているが、マジックミサイル1本でダメージを受けているならと、すかさず追撃に入る。
反転、逃走に入ろうとするゲドリザーの胴体を深々と切り付けて倒した。
軽い疲労感、強撃の影響かな、気力を使うから。
氏 名:シン(15)/ 元 飯田 真一(48)
性 別:男
種 族:ヒューマン
職業 :超越者
レベル:3
経験値:462 次のレベルアップまで38
生命力:15/15 肉体的ダメージを受けると減る。0になると死ぬ
魔 力:12/15 魔法を使うと減る。0になると意識を失う
気 力:10/15 スキルを使うと減る。0になると意識を失う
筋 力:15 力の強さ。攻撃力などに関係
体 力:16/16 スタミナ。持久力などに関係
敏捷性:15 動きの素早さ
器用さ:15 手先の器用さやバランス感覚など
知 識:15 記憶力と知識量。魔法の発動や威力に関係
知 恵:15 頭の良さ。計算速度などに関係
魅 力:15 高いと人を引き付けたり、友好に思われやすくなる
魔法 :ライト(MAX) マジックアロー(MAX) マジックシールド(MAX)
スキル:強撃(MAX) 応急処置(MAX) 見立て(MAX) 警戒(MAX) 簡易貯蔵庫(MAX)
所持品:木の枝(10)・牛皮の背負い袋(収納枠20、スタッグ30)・小さなテント・水袋大(水)・水袋小・薄手の毛布・火おこしの道具・ランタン・街燈・ロープ小さな鍋
装 備:シャツ(服)・ズボン(服)・パンツ(服)・靴(服)肩掛けバッグ(袋)・大きなリュック・ショートソード・レザーアーマー(スタミナ回復+10%)・ピックアクス(鉱物採集速度+5%)・ショートボウ(命中補正+2)・鋼の矢20本
なるほど、トカゲ1匹で経験値15点か。
ゴブリンは10点だったから、ゴブリンより強いってことかな。ならゴブは1本で1匹いけたのかもしれないなぁ。
もっと慎重にやってれば逃げる必要なかったか。
うん、反省は大事だ。
ヘタレなおっさんは反省慣れしているのです。
もっとちゃんと接近戦も経験しときたいんだけど、単独の魔物がいたらなぁ。
複数だとどうしてもビビッてマジックミサイルに頼っちゃう。
あ、弓も試しておかないと。
課題だけがどんどん増えていくよ・・・気を取り直して素材だ。
ゲドリザーは皮が売れるんだったよな・・・。
できるかな。
なんせ、ゲームでは自動的にモンスターは消滅して素材やアイテムがドロップだったから、剥ぎ取りのスキルなんてないし、”常識”さんもやり方知らない。
四苦八苦しながらやってみたものの、4匹中3匹は贔屓目に見ても使い物にならなくなってしまった。
あぁ、もったいない。
意外にもグロ態勢があったことは幸いだった。
うん、グロホラーはよく見てたしな。
それとも”混ざりもの”の影響か?
その後も夕方まで森を探索、といっても、あまり深く入らないように注意しながらだけど。
ゲドリザーや、体長1mくらいのネズミのような魔物、ビルラッツなどに遭遇して14匹を撃破。
結局、素材はゲドリザーの皮3枚、ビルラッツの毛皮1枚獲得。
え?倒した数のわりに少ないって?
盛大に失敗しました。
難しいんだよ!
いや、マジで、どこかでちゃんと習わないと魔物の素材が取れないぞ。
ドロップ率アップのスキルがレベル5で使えるようになるはずだけど、それで何とかならんかね。
なってほしいな。
ガッカリしての帰り道、とある異変に気が付いた。
この森で散々お世話になった水の出るツタ、それが目に入った時のことだ。
それがツユザの木という名前で呼ばれていること、この森特有の木で、ほかの木に絡みつくように上へと延びていき、中心の空洞に水が詰まっていることを思い出した。
なんでいまさら急に?
思い当たる節もあるけど、検証はキャンプで落ち着いてからにしよう。
周囲は夕暮れを通り越して暗くなり始めていた。
急がないと。
キャンプに戻ると、テントを張ってごろりと寝転がる。
種 族:ヒューマン
職業 :超越者
レベル:4
経験値:627 次のレベルアップまで373
生命力:12/20 肉体的ダメージを受けると減る。0になると死ぬ
魔 力:3/20 魔法を使うと減る。0になると意識を失う
気 力:5/20 スキルを使うと減る。0になると意識を失う
筋 力:21 力の強さ。攻撃力などに関係
体 力:22/22 スタミナ。持久力などに関係
敏捷性:20 動きの素早さ
器用さ:21 手先の器用さやバランス感覚など
知 識:21 記憶力と知識量。魔法の発動や威力に関係
知 恵:20 頭の良さ。計算速度などに関係
魅 力:20 高いと人を引き付けたり、友好に思われやすくなる
魔法 :ライト(MAX)・マジックアロー(MAX)・マジックシールド(MAX)・ NEWライトヒール(MAX)
スキル:強撃(MAX) 応急処置(MAX) 見立て(MAX) 警戒(MAX) 簡易貯蔵庫(MAX)
予想通りレベルアップしていた。
しかし、上がらんなぁ。
1日がかりで1レベル。これからもっとキツくなるのに。
なぜ俺は経験値上昇率大幅アップの超人気MODを入れなかったんだ。
と今日何度目かの一人反省会。
あれがあれば、超越者でも見習い並みにレベル上がるんだよな。
なんか、それは違うだろって変に意固地になって入れなかったんだよ。
入れてたら10年もエイルヴァーン続けなかっただろうけどな。
レベル4になったことで、中級職、修道士のライトヒールが解放された。
これで多少の怪我なら自分で回復できるわけだけど、魔力がまだ少ないから最後の手段だ。
レベル30にならないとクラスアップできない中級職の魔法が手に入った理由は、元々そういう設定だから。
転職で1レベルからスタートになることが多いので、そういった時用の救済設定だ。
で、先ほどの疑問だけど、おそらく知識がアップしたからじゃないだろうか。
レベルアップ分+1ポイント上がっている。
あんまり勉強した気はしないけど・・・“常識”さんからこの世界のことをちょいちょい思い出すことになってたのがカウントされて+1ついたのかな?
とにかく、知識が上がったことで“常識”さんの幅も広がった、ということなのだろう。
つまり、レベルアップすればもっといろんなことがわかるようになるに違いない。
俄然レベルアップへのモチベーションは上がったけど、どうにも効率が悪い。
丸1日森をさまよって、遭遇できたのは18匹、経験値にして225は少なすぎる。
いや、へたくそな素材剥ぎにだいぶ時間を食ったけどさ。
ええ、ほとんど無駄にしたけどね!そのうえ、手間取っているうちに血の匂いで魔物が寄ってきてナイフ残して逃げ出しましたよ。
もったいない。
う~ん、リルベアおいしかったなぁ。
あんな奇跡もう起きないだろうけど。
地面から30㎝程度のトゲをはやしてダメージ+移動疎外効果のあるアーストーンなら倒せるかな?リルベアかなり重いみたいだし、足短いし、ぶっすり刺さりそう。
レベル10になれば使えるから試してみたいな。
とはいえ、今のペースだともう一つ上げるのに2日かかる。
これは何とかしないと。
あ、そもそも氾濫直後で魔物自体が少ないんだったっけ。
もっと奥に行くか?でも勝てなきゃ意味ないしな。
悩んでいるうちに寝落ちしてしまったようで、気が付くと周囲は明るく騒がしい。
テントを出ると、商隊がキャンプ地を出ていくところだった。
かなり寝過ごしてしまったようだ。
日が高いなぁ。
入り口付近は出発する商隊たちでごった返している。1つの商隊でも結構な数の馬車がある。こりゃ、まだしばらくかかるな。
わきを通れば通り抜けられないこともないけど、どうせ寝過ごしたんだ、今日はゆっくりしよう。
のんびりと朝食の準備を始める。
どうせなら、少しでも味の良いものが食べたい。
森で拾った石で小さなかまどを作り、水をはった小鍋に干し肉を入れて煮込む。
昨日の粥モドキに入れた干し肉は、少量でもかなりしょっぱかった。
煮て塩抜きしたら、肉を増量しても食べられるかもしれない。
ラサの実もいくつか採ってきていた。
これも煮込んでおけば食料の足しにできるかな。
そのあと干さなきゃいけないんだっけ?とりあえず煮てから一度食べてみよう。
魔物の肉も持ってくればよかったか。
うん、今なら下処理も”思い出せる”。
肉を塩抜きした湯を捨てて、細かく裂くと新しい水で保存食と煮込む。
実食。
うん、昨日よりだいぶマシだしお腹にもたまる。
食事を終えると、ラサの実の皮をむいて煮込み始めた。
あとは半日、焦げないように煮込むだけだ。
ヒマになってしまったな。
村に着く前にある程度売れるものを手に入れたかったけど、実際にはまともに素材はとれず、かろうじて取れた分では大した金額になりそうもない。
できればもっと欲しいけど、食料のことを考えるとあまり猶予もない。
ラサの実と、できれば肉、これが確保できればもう少し何とかなるかな。
悩む。
今煮ているラサの実がある程度食べられるようなら、保存食と干し肉をキープしてなんとか・・・。
薬草の知識があればなぁ、薬草売りは転生物の定番なんだけど、残念ながらいまだに詳しい知識は思い出せない。
なんて考えながらグダグダやっていると、入り口から1台の軽トラックが入ってきた。
幌が張られていて積み荷はわからない。
「軽トラ?!」
あまりにも場違いな物体に、思わず叫んでしまった俺だった。