閑話:戦場のウラガワ
有象無象の中にも腕の立つ者はいるもので、カタオカのダンジョンで配下になったゴブリンやコボルトには少なからず負傷者が出ていた。
多くがたった一人の少女によって負わされたものだったが、事前訓練のたまもので、負傷者は速やかに救護所へと退避、キチセのポーションによって治療を行い、回復した者から復帰してゆく。
黒犬騎士団の混乱ぶりは想定をはるかに超えており、それに引きずられるようにゴブリン、コボルト兵にも混乱が伝染し始めていた。
アラキによって複数個所に設置された救護所には治療用にポーションが配備されていたが、そのポーションも次第に消費が激しくなっていた。
「ア~、オマエ、カスリキズ、コノテイドデクルナ。」
カタオカからの指示、”命大事に”のおかげでポーションで対応できないほどの重症者は出ていないが、その悪影響でちょっとした怪我でも救護所に駆け込む者がいて、ポーションもじきに尽きそうな勢いになっていた。
「シヌッス、モウダメッス。」
派手に騒ぐ者ほど大したことが無いのだが、カタオカの指示もあって治療役のゴブリンは拒否できない。
こうしてポーションの消費も想定外に増えてゆく。
ギャギャギャギャギャ
危機的状況の中、けたたましいスリップ音を轟かせて救護所の救世主がやって来た。
「追加のポーションだけど、ここでいい?」
輸送担当のハシモトがやって来たのだ。
「タスカリマス。」
受け取ったゴブリンはさっそくポーションの詰まった木箱を安全な場所へと運び込む。
「なんか、すごく忙しいんだけど戦況ってそんなにヤバいの?」
不安そうに前線方向を見つめるハシモト。
「イエ、ユウセイデスガ、チョットシタ ケガデモ カケコンデクルモノガイテ。」
はぁ、とため息を吐く。
「あぁ、”命大事に”だもんね、しょうがないよ。」
子供の頃からはまっていたあるRPGを思い出した。
(指示変更し忘れてダンジョン終盤に回復が尽きちゃって引き返したこともあったなぁ。)
ワンダーレーサー。
レーサーとしてF1トップを目指すレーシングゲーム。
MR対応の本格的なゲーム。
しかし、所属するチームを探すところからスタートする仕様となっていたため、ゲーム能力を使えないままでいた。
車さえあれば良かったのかもしれないが、チュートリアルで所属するチームを決め、簡単な講習を済ませるまでは登場しない。
キタガワのジオラマ素材に車のパーツがあったので期待したが、実際に見てみるとただの張りぼてだった。
元々の職業も中堅企業の営業で、この世界で一体何をすればいいのかと悩み始めていたころ疫病の問題が起こった。
彼を救ったのは、シンの一言だった。
「じゃ、今からキタガワ社長のキタガワレーシングチームに所属ね、テスト走行するから車に乗って。」
「はい?」
多少強引でも、ゲームを踏襲することでゲームの能力が機能しだす。
それを実感した瞬間だった。
いったい何が始まったのかも理解できないままハシモトは、キタガワレーシングチームのドライバーとして張りぼての車に乗せられた。
ハンドルを握って、刺さったままのキーを回す。
その瞬間の感動は忘れない。
張りぼてだった車に、エンジンがかかった。
こうして能力を使うことができるようになったハシモトは、この戦いでポーションなどの補給物資を運搬する役を得た。
相手の指揮系統がしっかりしていれば、真っ先に狙われかねない危険な役回りだ。
ハシモトの能力はそれをはねのけるだけの力がある。
悪路のため、新たにラリー仕様の車をキタガワに設置してもらって起動させた。
積載量は荷車の半分程度だが、馬の早駆けをはるかに超えるスピードがある。
もし敵に襲われても、逃げ出せるだけのスピードと運転技術は保証されているようなものだ。
本陣に届く補給要請に合わせて、休む暇なく駆け回る。
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ガシャコンガシャコン
ムーンファクトリーによって設置した工作機械が絶え間なく稼働している。
掘削機などで資源を採掘し、溶解炉、プレス機、切削機などといった様々な加工機をベルトコンベアでつないで様々なパーツを製造、そのパーツを使って組立機などで製品化する。
完成した製品やパーツを販売して月のコロニー工場を巨大生産プラントへ発展させていくというゲーム。
開戦前、ムラヤマは弓兵たちが使う矢やポーションを詰める瓶などを生産していた。
開戦が予定より数日早まったが、十分な量を生産できた。
今は念のため矢の増産と、移住のための荷車に使うパーツを生産していた。
「すごい音ですね。」
食事の配送をしているマルヤマだった。
移住準備も同時に進行しているため、機械を設置してあった工場は撤去され、今は屋外で作業している。
騒音問題もあって離れた場所で作業を進めているため、昼食を持ってきてくれたのだ。
マルヤマはサッカーゲームのワールドカップ24をプレイしていた。
監督としてチームを率いるゲームなのだが、サッカーなど無いこの世界では役に立ちそうもない。
彼同様戦いにも移住の準備にも能力を活かせない者たちもいて、彼らはいまだ療養中の住人のケアや、資材の搬送を受け持っている。
「僕はもう慣れちゃったけどね。
むしろ、反響が無い分箱の中より静かに感じるよ。」
昼食が詰まったバスケットを受け取ると、完成した矢の詰まった木箱をマルヤマに渡す。
「向こうはどんな感じ?」
ここからは戦場の様子が全く分からないため、どうしても気になってしまう。
「僕も詳しい状況までは分からないんですけど、ポーションの要求が想定以上みたいなんで、厳しい戦いになってるのかもしれません。
ハシモトさんがフル稼働してました。」
受け取った木箱を担ぎ上げると、マルヤマは「僕たちも頑張りましょう。」と言って去っていった。
「みんな無事だといいけど。」