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005話:ファーストコンタクト

 体が重い。

 少しでも早く進みたいと思っても、疲れ切った体がいうことを聞かない。

 それでも、一歩でも前に。

 嫌がる体を無理やり、引きずるように進み続けた。

 やっぱりどこか変なんだろうか。

 連休の時なんて、2~3日誰とも会わなくてもなんとも思わなかったのに。

 いやいや、今の状況と一緒にしちゃいかんよな、誰とも会わないって言っても、常に誰かしらがすぐそばで生活していたんだし、音や気配で人を感じることができた。

 赤の他人だけどね。

 俺にとって状況が異常なのだから、変になっちゃったわけじゃない。

 と、思いたい。

 とにかく、安心して落ち着けるところに行きたい。

 そこでじっくり考えよう。

 日が傾くころになってようやく、遠くに石造りの建物が見えた。

 期待を押し殺す。

 森の小屋と同じ轍は踏むまい。

 と、頭で思ってはいても、足取りが軽くなった気がする。

 現金な体だ。

 建物が、石造りの巨大な壁だ、と分かるくらい近づくころには真夜中になっていた。

 中央付近に大きな両開きの門があり、道はそこへと続いている。

 6m以上はありそうな壁の上には、所々光が揺らめいている。

 松明だろうか?

挿絵(By みてみん)

 人影のような動くものも見える。

 あ、なんか泣きそう。

 一気に駆けだした。

 つもりだったけど、全然進まない。

 一応走っているつもりなんだけど、体が付いてこない。

 すこし前に軽くなった気がしたのは、本当にそんな気がしていただけだったようだ。 

 なんだか情けなくもある。

 「そこで止まれ!」

 門まで20mほどの位置まで近づいたところで、壁の上から大声がふってきた。

 明らかに日本語ではない言葉の意味が分かった。

 “常識”さん、初めてちゃんと役に立ったな。

 声をかけられた場所で止まろうとしたけれど、疲れ切った体はそんなに急には止まれない。

 ヨタヨタと数歩よろけてからガクリと膝から崩れ落ちた。

 やっと人に会えた。

 すっげぇうれしい。

 何か話さなければ。

 そう思う頭とは裏腹に、口からは言葉ではなく嗚咽だけが漏れていた。 

 あぁ、なんか恥ずかしい。

 「え?・・・ちょ、ちょっと待て。動くなよ。」

 少しして門が薄く開くと、髭面で鎧姿の男が松明片手に駆け寄って来た。

 「うわ、おいおい、何があったんだ?」

 涙と鼻水でグシャグシャになった顔を見た男が、顔を引きつらせながら聞いてきた。

 すでに、嗚咽どころか声を上げて泣きじゃくっていた。

 いや、違うんだこれは、これは俺じゃない、何か変なものが憑りついてるんだ、そうに違いないから俺を見るな。

 そんな心の声とは裏腹に、とめどなく涙がこぼれ続ける。

 「あぁ、わかったわかった。まぁ・・・なんとなくだけどな。」

 男はやれやれといった様子でしゃがむ。

 「取り決めだからよ、身元がはっきりせんヤツを中に入れることはできんのだわ。

 でもまぁ、ちょっと話せる様子じゃないやな、お前さんみたいなのが来た時用の小屋があるから、一晩泊って落ち着け。」

 そう言うと、門から少し離れた場所にある小屋へと連れていかれた。

 その間もまともにしゃべれいない俺って・・・こんなの絶対俺じゃない!

「外だけどな、頑丈な建物だし、魔物は上からちゃんと見張ってるから、安心して安め。

 落ち着いたら話を聞かせてもらうからな。」

 やさしく言うと、男は小屋を出ていった。

 中には4つの簡素なベッドと小さな暖炉があるだけの簡単な作りだった。

 ベッドがある。

 あぁ、人の暮らしができる。

 他に人はおらず、手近なベッドに倒れこむと、そのまま意識を失った。


    **


 目覚めはそれほど良いものではなかった。

 体中が痛い。

 あ!

 鎧も何も着たままで寝ていた。

 久しぶりのちゃんとした寝床なのに、なんてもったいない。

 それだけ疲れ切っていたってことだけど。

 肉体的にも精神的にも。

 泣きじゃくっていた自分を思い出す。

 恥ずかし!

 いや無理!50手前のおっさんが泣きじゃくるって、無理無理!

 ああ、あの兵隊さん(?)、もう顔見れない。

 などとウダウダやっていると、当の本人がやってきた。

 「おぅ、起きとったか・・・って、おまえさん、そのまま寝たんか?」

 あぁ、呆れられてるんだろうなぁ、顔が熱くなる。

 「あ、そうみたいで、いや、全然覚えてないんですけど。」

 慌てて鎧を脱ぎながら、そう言うのが精いっぱいだった。

 男は隣のベッドに腰を下ろす。

 「俺はこの砦で衛士長を任されとるデンケンだ、お前さんは?」

 まずい、この世界の住人に不審に見られないようにいろいろ考えておこう、と思っていたのに、いろいろありすぎて何も準備していない。

 「シンです。」

 とっさにゲームのキャラ名を名乗った。

 他にも中二病全開のサブキャラ名とかがチラついたけど、慣れ親しんだ名前に決めた。

 “常識”さん情報では、この世界では基本的に苗字は無い。

 苗字を持つのは王族、貴族の家長や特別な功績によって王から苗字を与えられたものだけだ。

 たとえ貴族であっても、妻や子供たちは苗字を持たず、名乗ることも許されない。

 貴族の子は、○○(家長の苗字)△△(家長の爵位)の第〇子○○○○(名前)といった風に、家長である爵位を持った貴族の妻、子という立場で名乗る。

 市民は、親が苗字を持っていれば、○○○○(苗字を持つ親のフルネーム)の子〇〇〇〇(名前)と名乗るが、通常苗字もちの市民は存在しないので、○○(親の名前)の子○○○(名前)、もしくは△△(住んでいる村・町の名前か地方名)の○○○○(名前)。もしくは名前だけを名乗る。

 なんかどうでもいいことまで思い出したけど、まぁ一応仕事はしているようなので“常識”さんと、さん付けで呼ぶことにしてやろう。

 「まぁ、どんな目にあったのかは森から来た事とその恰好を見ればなんとなくわかるけどなぁ。

 一応取り決めなんでな、どこから来て何があったのか、詳しく話してくれるか。」

 いかん。

 ここがどこだかの情報がない。

 適当な地名を言って、抗争中の相手だったりしたら目も当てられない。下手したらスパイだと疑われたり。

 ゼッタイイカン。

 ・・・どうしよう。

 「あ、あの、分からないんです。」

 ここはもう、嘘はつかずに説明できなさそうなところは分からないでいくことにした。

 後は野となれ山となれ。

 「気が付いたら森の中にいて。

 さまよって、リルベアに襲われて、逃げてさまよってゴブリンに追われて、道に出て・・・やっとの思いでここにたどり着いたんです。

 でも、ここがどこなのかわからないんです。」

 あぁ、なんて怪しげな話だろう。

 自分で言っていてあからさまに怪しい。

 いきなり牢獄行きは勘弁願いたい。

 「剣はどうした?」

 デンケンが指さす先には、何も入っていない剣の鞘が。

 「あ、これはその・・・リルベアに切りつけたんですけど、まったく切れずに落としてしまって。

 そのまま逃げたんで、そのまま・・・無くしました。」

 デンケンの口があんぐりと開く。

 あ、確実に呆れられてるっぽい。

 そしてため息を吐くと、

 「おまえ、リルベアが切れるわけないだろうが。

 ありゃぁ、腹と喉以外硬すぎて剣なんぞじゃ刃が立たないんだから。

 腹を切ろうにも重くてひっくり返せんし、奴の爪は伸び縮みするわ、鉄も簡単に切り裂くわで手に負えんのだぞ。

 足をやられでもしたら、逃げられずに生きたままハラワタ食われるんだ、そんなことも知らんでやりあったのか?森に入るなら絶対知っとかにゃぁならんだろう。」

 当たり前なんだ。

 “常識”さん、どういうことなんかな。

 と思っても答えは返らず。

 役立たずメ。

 「いや、ほんとに、なんで森なんでしょう。」

 あの悪魔だからなんだろうけどね。

 生き残らせる気なんてなかったに違いない。

 しかし、やっぱりあれは奇跡だったんだね。

 腹と喉が弱点なんて。

 奇跡的にリルベアが仰向けに落ちて、そこに俺が落ちて腹に命中、そのままの姿勢で顔めがけて殴りつけたから、何発かが喉にヒットしたんだろう。

 本当に運が良かった。

 「しかし、あまりに酷い経験をすると前後の記憶をなくすとは聞いたことがあるが。

 実際目にするのは初めてだわ・・・まぁ、あったんだろうなぁ、さすがにあれが演技だとは思えんしなぁ。」

 しみじみされてしまった。

 腕組みをして考え込むデンケン。

 再び顔が熱くなる。

 えぇい、記憶をなくすくらいボコってやりたい。

 確実に俺がボコられるだろうけど。

 昨夜の出来事は、めでたく(?)記憶から消したい黒歴史ランキング1位として登録されました。

 マジ忘れたい。

 誰か記憶を消してくれ、できれば目の前のおっさんごと。

 その後雑談を交えながら事情聴取を受けた。

 もうね、開き直って無知を晒したよ。

 何でか知らないけど、凄く同情的に接してくれるんで乗らせていただきます。

で、かろうじて拾ったワードからざっくりと“常識”さんが思い出していってくれた。


ここはサンザ王国の北方にあるコリント伯爵領の北の端、ランザ砦。

北には広大な森があり、魔物が多数生息することから手つかずになっており、ノスサンザ大森林と呼ばれている。

 俺はその中に落とされたわけね。

 で、俺が来た道、この砦から北に延びた道をそのまま進むと、森を通過して反対側、隣領カルケール伯爵領になる。

 そこにも砦があって、森からあふれる魔物を監視しているわけだけだ。

 つまり、この砦もカルケール伯爵領の砦も、警戒対象は人ではなく森の魔物ってことなんだね、俺に対して警戒心がゆるく感じるのも納得だ、森から出てくる人は保護対象だからなんだ。

 しかも、10日ほど前には北側で魔物の氾濫があり、カルケール伯爵領側の砦が壊滅したらしい。

 と、これはデンケンから聞いた情報。

 氾濫はカルケール伯爵領の騎士、兵士と急募された傭兵によってなんとか沈静化したけど、かなりの被害が出たようだ。

 ちなみに俺がこの数日間、森の中で魔物とあまり出くわさなかったのは、氾濫によって魔物たちの大半が北へと大移動して、多くが討伐されたためだったようだ。

 普段なら10分も歩けば何らかの魔物に必ず遭遇するほどの密集地帯なんだそうだ。

 やっぱり運が良かったんだな、俺。

 数日前に逃げて来た傭兵がいたため、俺もそうなのだと思われたらしい。

 にしても、監視員がそれでいいのか?とも思ったけど、人間じゃなく魔物への警戒が仕事だからそんなもんでいいのかもしれない。

 たまに、森で狩りをしていたハンターが手痛いしっぺ返しを食らって逃げ込んでくることもあるらしいし。

 数日前に逃げて来た傭兵は怪我がひどく、今も予断を許さない状況らしい。

 デンケンの態度がやたらと同情的だったのはそのためか。

 一応知り合いじゃないか特徴を聞かれたけど、知ってるはずもないし、知らないと返答した。

 一瞬怪しまれるかなってよぎったけど、普通にスルー。 

 まぁ、傭兵なんて有象無象の集まりだし、所属が違えば誰が誰やらって世界みたいだしね。

 俺がやっとこ見つけて通ってきた道は、カルケール伯爵領との緊急連絡用に作られた道で、通常は馬の早駆けで走り抜けるんだって。

 だから休憩用の小屋もほとんど無かったんだ。

 とりあえず自分のことは、カルケール伯爵領の村とも言えないような小さな集落出身で、出稼ぎに傭兵として出てきて、今回は初めての仕事だった。

 次々倒れていく仲間に怖気づいて逃げ回り、気が付くと森の中、右も左もわからずさまよった挙句ここにたどり着いた。

 ということにした。

 もちろん、少しずつ思い出してきた風を装ったけど。


 一通り聴取が済むと、ふいにかけられた意外過ぎる一言に衝撃を受けた。

 「しかし、お前さんも苦労したんだなぁ。その若さであの森をさまようなんて。」

 ん?

 その若さで?

 いやいや、あんたの方が若いでしょう。

 デンケンはせいぜい30代、いってても40そこそこに見える。

 50手前の俺より若いはずだ。

 きょとんとしてると、

 「ん?15~6だと思っとったが、意外といってるのか?」

 なんですと~~!

 ひょっとして、ラノベによくあるシステム、外見ゲームのままなんか?

 そういえば、腹が出て無いな。

 「あ、いや、よく老けて見られるもので。」

 ってことにした。ごまかせた?どうだろう、怪しまれたらまずいな。

 「もう何日も、森をさまよって、リルベアにゴブリンに、とにかくいろいろ追い掛け回されまして。

 何とか見つけた赤い実と丸い実で食いつないだんですけど、まともに眠ることもできなくて、悪夢と現実がゴッチャになってしまって。」

 慌てて取り繕おうとしたけど、デンケンは意外なところに食いついてきた。

 「おま、赤い実?まさか森のラサを生で食ったのか?」

 “ラサ”という名前で思い出した。

 割とポピュラーな果実で、知らない人はいないけど、生のまま目にすることはまずないという果実。

 “常識”さんによると、知っているのは長時間煮込んだ後干した状態の、赤い干し柿に似た姿のものだ。

 もちろん生で食べるものじゃない。

 「あれ、ラサだったんですね、すさまじくエグくて、一口入れるたびに決死の覚悟でした。」

 今思い出してもトリハダが・・・。

 「ああ、森のは格別にエグいからなぁ。加工しても食えんほどのを、生で食ったか。 

 丸い方は家畜の餌にしかならんのに、緊急事態とはいえよく食えたなぁ。」

 しみじみと言われてしまった。

 「とりあえず聴取は問題なしだ、来い、飯にしよう・・・と、その前に体拭け。」

 と言って濡れたタオルを渡された。冷たいけどありがたい。

 メシ。

 確かに腹は減ってるけど、あまり期待できないんだよなぁ。

 デンケンに連れられて砦の中へ、数人の衛兵とすれ違ったけど、励ましの言葉をかけられた。

 壊滅した砦はよほどひどい戦況だったんだな。

 たぶん昨夜の醜態も見られてるか広まってるみたいだし。

 できる限り早くこの砦を出よう。

 外壁の中は広場になっていて、多くの兵士たちが訓練している。

 その先に大きな建物があって、中へ。

 途中ガラス窓に映った自分をチラリと見た。

 やっぱり、ゲームで使ってた容姿に近いようだ。

 デフォルトにちょっと手を加えただけのさわやか系の青年がいた。

 これ、自分の顔になじむのに時間がかかりそうだ、なんせ中身はくたびれたおっさんだからなぁ。

 長テーブルでびっしりと埋め尽くされた大部屋に入る。

 食堂だ。

 これだけひしめいていると、体のデカい兵士でいっぱいになったらむせそうだ。

 時間的に誰も食事していなかったが、奥の厨房からは良いにおいが漂ってくる。

 「ほれ、そこに座れ。」

 厨房に近い席を指定され従うと、すぐに食事が運ばれてきた。

 「今日は特別だ。普段は自分で取りに来い。」

 食事を運んできた大柄な男が、目の前にどんぶりのような木の器に入った、具だくさんの煮物?のような料理を置いて帰っていく。

 言葉はつっけんどんだが、表情が生ぬるい。

 うん、しっかり広まってるね、昨夜誕生したての我が黒歴史は。

 俺の微妙な表情で察したのか、あわててデンケンが

 「俺は何も言っとらんぞ!ただな、その、一緒に監視してたのがな・・・まぁ、気にすんな、食え食え。」

 はい、察しました。

 スピーカー野郎に見られたんですね・・・くそぅ。

 食事は、肉やイモ類?をごった煮にしたようなもので、ほのかなエグみと濃いめの味付け、空腹のおかげもあってで難なく完食。

 あれ?

 エグみがこの程度って、あのおっさんって、ひょっとしてかなり腕の良い料理人なのでは?と“常識”さんが訴えてくる。

 「なかなかうめぇだろう。あいつは見た目も口も悪いが、元々は御領主邸の料理人だったんだ。」

 デンケンがニッと笑って料理人を讃辞(?)する。

 「デカすぎて邪魔だってんでここに飛ばされたんだよ。」

 「聞こえてんぞ!テメェは今日から生で食え。」

 厨房の奥から反撃の声。

 「な、口悪いだろ。」

 悪い顔したデンケンが小声で〆た。

 なんかいいなぁ、こういうの。

 初めてのまともな食事を堪能いたしました。

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