045話:異変
異様な結界のゆがみを感じたマナは、ハンターたちと争うヒエンに感づかれないように大きく迂回して、背後から様子を確認できる位置に陣取った。
そしてマナが見たものは、ヒエンの死体が山と積みあがる中、空中に拳を撃ち続ける一体のデモンエイプだった。
撃ち付けるたびに、こぶしの周囲が小さくゆがむ。
村の結界を殴りつけているようだ。
「よかった。」
つい声が漏れてしまった。
デモンエイプをしのぐ、遥かに強力な力を持つ異世界人が何かしているのではないか、そう思っていたからだ。
あの異常な揺らぎは、全力で体当たりでもしたために違いない。
どうやら、ヒエンたちはもう動けそうなものはいないようだ。
百どころでは無いように見える、ハンターたちはマナが思っていたよりずっと優秀だったらしい。
矢傷にしては派手に見えるのが少し気にかかったけれど、今はそれを気にしている場合ではない。
マナは呼吸を整えると、ゆっくりと移動を始めた。
デモンエイプはまだこちらに気がついていない。
ビームで一撃。
倒せれば良し、最悪でも機動性を奪わなければ。
デモンエイプの斜め後方、万が一外れても、ハンター達に影響の出ないポジションを慎重に選ぶと、掌をデモンエイプに向けて狙いを定める。
心臓を打ち抜ければ最高だが、この位置からでは、上半身を狙うと振り上げる腕や肩辺りに命中してしまう可能性がある。
とにかく動きが大きすぎる。
もっと近づければ良いのだが、バレてしまっては意味が無い。
一撃を諦めて、足を狙うことにした。
上半身に比べて動きが少なく、しかも確実に機動性を奪うことができる。
後は、相手が状況に対応する前に速攻で首を跳ねてしまえばいい。
右手を真っすぐデモンエイプに向けると、視界に標準のようなマークが現れた。
(もっと練習しておけばよかった。)
消耗の激しいビーム砲はレベリングでもあまり使わなかった、使っても近接戦で、せいぜい中距離でしか使っていなかった。
心音とリンクするように照準がぶれる。
ゲームでもこの仕様が嫌でほとんど使うことが無かった。
使い込めばこのブレも少なくなるが、そのためには狙撃を数百発は成功させなければならない。
(落ち着いて、あの調子ならまだ時間はある、集中して確実に当てる。)
ブレる照準が狙いと合う一瞬を見逃さないよう、全神経を集中する。
その一瞬、ビームを放つ。
放って初めて、自分が呼吸を止めていたことに気が付いた。
一気に息を吸い込むと、デモンエイプめがけて疾走を始める。
ビームはデモンエイプの右ふくらはぎを貫通していた。
派手に血飛沫を上げヒエンの死体に覆いかぶさるように倒れた巨体。
上半身を狙わなくてよかった。
ほとんど動きの無かった足でも、狙いは膝だった。
あれだけ集中しても狙い通りにはならなかったのだ、大きく動く頭に当てることはできなかっただろう。
当たっても腕や肩なら、太い骨に邪魔されて体に届かなかっただろうし、そうなれば片腕のハンデはあっても機動力はほぼそのまま、怒れるエイプと対峙しなければならなかった。
正直、疲労から回復しきれていない今、それだけは避けたかった。
倒れたデモンエイプが起き上がる。
(?)
駆け寄りながら異変に気付いた。
デモンエイプの首元から血が滴っている。
倒れた時、ラッキーなことにヒエンの爪か矢が当たって傷つけたようだ。
首元の傷を気にして、何か声を発しようとしているがうまくいかず、かすれた音が漏れるだけ。
ありがたい、ラッキーパンチであの咆哮が防げたなんて。
デモンエイプの爪とマナのブレードが交差する。
バチンッ!
弾ける音と光。
マナのブレードが砕けた。
が、追撃は無かった。
デモンエイプの爪も両断され、地に落ちた。
信じられないものを見るような目で切断された爪を見るデモンエイプに違和感を感じて、マナはとっさに距離をとってしまった。
(ウソだろ?バカでかくてかたい大岩をぶっ壊しても欠けなかった俺の爪が切られた?)
足に走った激痛も遠距離からの攻撃だ、”獣障壁”で5回までの遠距離攻撃は無効になるはずなのに。
ありえないはずのことが立て続けに起こったことで、デモンエイプに変身していた襲撃者はパニック状態だった。
彼は気づいていなかった。
ハンターたちが放った矢が、すでに5本と言わず撃ち込まれていたことを。
獣障壁が無くとも、いくら当たったところで傷一つついていない。
だからこそ気が付かなかった。
何の痛痒も与えぬただの矢も、遠距離攻撃には違いない。
ハンターたちの必死の抵抗が、マナのビームを活かした。
砕けた右のブレードを再起動する。
マナのブレードは実体ではない。
だからこそ砕けても再起動は可能だが、何度も再起動すると疲労感を無視できなくなる、打ち合いは極力避けて、四肢を削ることに。
振り下ろされる腕を躱しざまに切りつけ、切りつけながら地を蹴って距離をとる。
痛みを感じないのか、振り下ろされた腕はそのまま地面を叩き、衝撃で土や小石がはじけ飛ぶ。
マナは手近の木に駆け上がると、3mを超えるデモンエイプの上方からデモンエイプの顔面にブレードを叩きつけた。
反応したデモンエイプは腕をあげガード、ブレードは骨で止まった。
マナはそのまま体を回転、アイススケート競技のスピンのように腕を組み、高速で回転して左右のブレードでデモンエイプの腕を切りつけてゆく。
骨は切れなくとも、腕の肉を滅多矢鱈と切りつければ腕が使えなくなる。
そう思ったが、少し甘すぎたようだ。
デモンエイプは、ズタズタになった腕を気にも留めず、ノーモーションで腕を振るってマナを押し飛ばした。
木に体を叩きつけられ、一瞬意識が飛んだ。
大地に落ちる寸前に体を回転させて受け身をとったが、想像以上の威力だ。
グ・・ゴァ・・・ガ・・・
咆哮でも発しようとしているのか、デモンエイプが声を出すが、喉の傷が効いているのかまともな音になっていない。
ギハ!
短く音を出すと、無事な腕でつかみかかってきた。
マナはそれを軽く切りつけて距離をとった。
何かおかしい。
先ほど戦ったデモンエイプは、もっとこちらを警戒して、慎重に戦っていた。
力や速さはこのデモンエイプの方が上だと感じるが、戦いに対して、これほど愚かでは無かった。
先ほどの反応も、猿にしてはおかしい。
(まさか。)
その気付きが、絶好のチャンスを棒に振らせた。
(落ち着いて、そうと決まったわけじゃない。)
迷いながら戦える相手ではない、ただ振っただけの腕に飛ばされ、一瞬とはいえ意識を失ったのだ。
全力の攻撃に直撃されたら、一撃で命を失う。
(くそ!なんなんだこいつは!!痛てぇよ、血もすげぇ出てる・・・早くこいつを殺して変身を解かなきゃ。)
ひどく焦っていた。
たとえ腕を失おうとも、変身中のことであれば解いて元の姿に戻れば復活する。
最近の流行りと双子の兄の影響でレトロゲームをやりだしたものの、兄ほど熱中できなかったし、うまくも無かった。
だから、変身するときはハンターやゴブリン、オークなんかを殺しては彼らが戦いで使っていた薬を奪い、愛用していた。
薬は木のパイプで、タバコのように吸う。
すると、感覚が過敏になり痛みを感じにくくなる。
多少のケガなら痛みも感じないし、仲間との訓練中誤って腕を切り落とされた時も我慢できないほどの痛みでは無かった。
薬を吸っているのに、これほどの痛みを感じたことは無かった。
(耐えろ・・・少しでも早くこいつをブッ殺して変身を解く、したら薬だ・・・こんだけ痛てぇのは、薬が切れたからだ。)
切りつけられるのもかまわず殴りかかる。
一発でも入れば終わる。
それほど破壊力には自信を持っていた。
爪が木を切り裂き、ズタズタになっている腕で殴れば太い幹がはじけ飛ぶ。
なりふり構わぬ攻撃が、奇跡を起こした。
飛び散る血がマナの顔へ、視界を奪った。
デモンエイプの顔が、邪悪な笑みに歪む。
視界が塞がれたことで、マナはデモンエイプの顔を見ずに済んだ。
もし見ていたら、戦っている相手が人だと、自分たちと同じ世界から来た者だと、マナの中で確定してしまっていただろう。
この段階ではまだ疑念だ。
だからこそ、命を奪うべく戦えている。
確信に変わったら・・・もちろん、最悪の事態は覚悟してはいた。
しかし、覚悟するのと実際に動けるのとでは全く違う。
人を救ってきたマナが、人を殺す。
一瞬の躊躇が自らの命を散らす極限の戦いのなかで、見えなかったことがマナを救った。
デモンエイプの拳がマナめがけて振り下ろされた。
拳が地面を抉る。
最初に貫かれていた足が、とうとう耐えきれなくなっていた。
薬により痛みをあまり感じなかった。
薬が切れてきた後は、腕の痛みが強く足の痛みを感じにくくなっていた。
しかし、ビームに貫通された足は確実に、戦闘行為によって傷口を広げていた。
右足に力が入らない。
それでもまだだ。
こいつを殺して変身を解くだけでいい。
無事な腕を叩きつけようと振り上げた。
しかし、その時すでにマナのメガブレードは、デモンエイプの首を深々と切りつけていた。
(嘘だ。)
ここには現地の雑魚しかいないはずだ。
兄は、仲間達はなんで助けに来ない。
負けるはずがない。
俺はここで、中の連中の気を引いていればいいだけだったのに。
何でこんな奴がいるんだよ・・・。
ぐるりと回る視界に、首のないデモンエイプの体が見えた。
それが、自分の体だと気が付くことは無かった。
デモンエイプの首を切り落としたマナは、その場に膝をついてしまった。
肩で息をする。
さすがに疲れ果てた。
歓声が聞こえる。
怪我人は出ていないだろうか?
「ありがとう!さすが先生だ。」
駆け寄ってきた一人がマナに手を貸して立ち上がらせる。
しょっちゅう怪我をしてはマナに泣きついてくる少年で、村で活動中のハンターの弟子だ。
まだ13歳だと聞いている。
農家の4男で、成人しても親の土地を引き継げはしない。
少しでも早く自立するために、たまたま彼の村に立ち寄ったハンターに頼み込んで弟子になったばかり。
いつからか、マナを先生と呼んでなついてしまっていた。
(医師じゃなくて看護師なんだけどな)
医療の未発達なこの世界では、マナほどの知識があれば十分医師として活躍できるらしい。
というより、地方に行けば行くほど医師は貴重になり、逆に怪しい呪い師が増えてゆく。
手際よく怪我の手入れをされただけでも彼らにとっては医師と同じ。
そのおかげですっかり先生扱いだ。
「え!」
少年の声に、目線をたどる。
首を切り落とされたエイプの死体が、どんどん縮んでいく。
全身を覆う毛も無くなり、ボディービルダーのような筋肉で膨れ上がった人の姿になった。
「これって・・・。」
自分のレベルが上がってゆく感覚。
この感覚で確信した。
(ヒトだ・・・私たちと同じ、異世界から連れてこられた一人。)
マナは人を殺したという衝撃より、安堵感を感じた。
(やっぱり、こっちに来てよかった。)
しかし、その思いは急速なレベルアップへの高揚感からでは無い。
ハンター達を救うことができたことへの安堵感からだ。
もし、人の姿ならだれでも素通りできることに気が付かれていたら。
ハンターたちは今頃、皆殺しにされていただろう。
救えた、という思いが殺したという事実より大きかった。
無邪気にマナを称える少年の笑顔が救ってくれた。
「わかったから・・・君もお師匠を手伝いに行かなくていいの?」
そう言うと、少年の表情がサッと変わる。
「やべぇ・・・マナ先生、ホントにありがとう!」
駆け出すと、ヒエンの死骸に足を引っかけて転びそうになる。
「ほんとにそそっかしい・・・。」
もう安全だろうと思う。
ヒエンもデモンエイプももういない。
でも、もしまだ何かがいたら。
そんな不安感がぬぐえない。
シンの元へ加勢に向かうべきだ、頭ではそう思っても、漠然とした不安感がぬぐえない。
それを察したのか、
「すまないな、面倒かけちまって、もう大丈夫だから任せてくれ。」
マルクがそう声をかけてきた。
「そいつが一体何なのか、それは後だ。まだ他は戦ってるんだろう?俺たちじゃ、邪魔にしかなりそうにないからな。」
自嘲気味に言うマルクだが、表情は言葉ほど陰ってはいない。
「よーし、この筋肉だるまは念のため縛り上げろ!
念のため首は離しとけよ、まさかとは思うが、すでに常識外の化け物だ、なにが起こるのかわからん。
職人達の中から監視を頼む。
ハンターと、解体の心得のあるやつは猿どもの解体だ!急いで片付けるぞ!」
歓声に沸くハンターや職人たちに指示を飛ばすとマルクに、
「何かあったら、すぐに連絡して。」
それだけ言うと、マナはシンの元へと走り出した。
全身が重い。
それでも、まだ終わったわけじゃない。




