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004話:お馴染みさん

 暗い森の中を、トボトボと歩く。

 時折聞こえる草や木の動く音にビクつきながらも、それでも止まらず歩けた自分を褒めたい。

 朝、完全に日が昇ってから手近な木に登ると、ロープで体を縛って軽い仮眠をとった。

 さすがに限界だった。

 木の上も安全じゃないことが分かってしまったけど、それでも地面では不安すぎたし、今は一応装備も身に着けることができた。

 眠くて寝ようとしてるのに眠れないって辛いんだよね。

 今がまさにその状態。

 木の上という緊張感+昨夜の恐怖で、目を閉じても全然眠れない。

 それでも、多少でもと幹に体を預けて力を抜いた。

 ウツラウツラとするだけでも良いだろう。

 ・・・良くなかったです。

 余計眠さが増したきがするし、なんか怠い。

 尻と腰も痛い。

 クッションほしいな。

 再びあてもなく歩き出した。

 歩きながら赤い実を何とか胃に押し込む。

 水が豊富なら細かく切って無理やり流し込めるのに。

 あ、兜があったらそこにためて持ち運べたかな。

 汚いか。

 そもそも、水袋がないっておかしいよな。

 (テーブルトーク)RPGなら必須アイテムなのに。

そうこうしていると、ちょっとした崖に差し掛かった。

下をのぞいてみると、2mほどの落差があるようだ。その先が川ならよかったけど、開けた草原が少しあるだけでその先もまた森。ひょっとして、森の奥へ奥へと向かってしまっているんだろうか。

どさりと腰を下ろして足を投げ出す。

「希望をください」

口に出しても誰も答えてはくれない。

ボーっと崖の下を眺めていると、少し先、森の境界付近で1体の動くものが。

とっさに体を伏せて隠れる。

よく見ると頭に浮かぶ ゴブリン だ。

挿絵(By みてみん)

自分のイメージと違ったので若干戸惑ったけど、“常識”さん、嘘まではつくまい。

周りの木と比較するとたぶん、身長130~140cmくらいの人型で、ぼろい簡単な服を着たただけの魔物。

 緑のイメージが強かったけど、褐色の肌で細マッチョな体つき。

 頭はハゲ・・・ではなく髪の毛ボサボサロングヘア―。

 確かファルシオンとか言ったか、幅広で片側だけが大きく膨らむように湾曲した剣を持って、それで枝を切り裂いている。

 錆なのか血なのか、赤黒く変色しているように見える。

あれで切られたらかすり傷でも破傷風とかになりそうだ。

ゲームならそんな心配ないんだけどなぁ。

人と大きく違うのは耳で、大きくて先端がとがっている。鼻が低くて目も大きいけど、個体差もあるだろうし・・・うん? 耳、目、鼻はゴブリンの特徴だと“常識”さんが教えてくれた。

咄嗟に体を伏せて隠れたおかげで、相手はこちらに気が付いていない。

やれるか?

ゴブリンまでは目測で20mほど。

 マジックミサイルの射程内ギリギリだと感覚で分かる。

もしだめでも、この距離なら逃げられる。

集中すると、五本の光る矢が目の前に浮かび上がった。

10cmほどの長さの短い矢。

ゴブリンに狙いを定めると、音もなくゴブリンめがけて発射された。

瞬きする間に5本の矢すべてが命中し、ゴブリンは声もなくその場に倒れて動かなくなった。

仕留めたことにホッとする。

ガサガサっ!

ゴブリンがいた奥から3匹のゴブリンが飛び出してくる。

1匹が倒れたゴブリンを一瞥すると、まっすぐこちらへと駆け出して来た。

一瞬遅れて残りの2匹も続く。

速!

慌ててマジックミサイルを放つ。

光の矢は5本とも先頭の1匹に命中して即死させる。

3度目のマジックミサイルは失敗した。

マジックミサイルを使った後、次に使えるまでに5秒間のクールタイムがあることを失念していた。

 矢は形になる前に砕けて消えた。

みるみる近づくゴブリンに背を向けて、全力で逃げ出した。

ゲームではゴブリンは見習い5レベルで対等の相手だ。

 “強撃”スキルと少しいい装備があるとはいえ、初めての本格的な接近戦で2対1は勝てる気がしなかった。

ゴブリンがあげているのか、ギィー!だとかギグェー!だとか不気味な声が追いかけてくる。

怖い。

一目散に逃げだしたのが良かったのか、走れなくなるころには追いかけてくる気配も感じられなくなっていた。

逃げきれたかな。

息を整えると、崖とは反対方向に歩き出した。

 なんか、なさけないなぁ。

 よく考えてみれば、2mの崖の上にいたんだから、ひょいとは上がってこれなかっただろうに。

 みじめだ。

トボトボと歩きながらステータスを確認する。


レベル:3

経験値:402  次のレベルアップまで98

生命力:15/15  肉体的ダメージを受けると減る。0になると死ぬ

魔 力:6/15  魔法を使うと減る。0になると意識を失う

気 力:10/15  スキルを使うと減る。0になると意識を失う

筋 力:15  力の強さ。攻撃力などに関係

体 力:2/15  スタミナ。持久力などに関係

敏捷性:15  動きの素早さ

器用さ:15  手先の器用さやバランス感覚など

知 識:15  記憶力と知識量。魔法の発動や威力に関係

知 恵:15  頭の良さ。計算速度などに関係

魅 力:15  高いと人を引き付けたり、友好に思われやすくなる

魔法 :ライト(MAX) マジックミサイル(MAX) マジックシールド(MAX)

スキル:強撃(MAX) 応急処置(MAX) 見立て(MAX) 警戒(MAX) 簡易貯蔵庫(MAX)

所持品:木の枝(10) 赤い実(3) 丸い実(3)解体用ナイフ

装 備:シャツ(服)・ズボン(服)・パンツ(服)・靴(服)肩掛けバッグ(袋)・牛皮の背負い袋(収納枠20、スタッグ30)

ショートソード(攻撃力+2・命中補正+1)・レザーアーマー(スタミナ回復+10%)

ハンドアクス(木材採取速度+10%)・ピックアクス(鉱物採集速度+5%)・ショートボウ(命中補正+2)・鋼の矢20本


経験値は20点。ゴブリン2匹分が加算されている。

マジックアローの消費魔力が3。

 しっかり失敗分も消費されている、気を付けなければ。

1匹しか見えなかったからと油断した。

ゴブは1匹見たら30匹はいると思えって格言(?)もあるのに。

ただただ歩き続けて、暗くなると木に登って寒さと恐怖に耐え、朝方仮眠をとった。

いったい、どこに向かっているんだろう。

無性に人に会いたい。

何でもいいから会話したい。

もっと有益なことを考えないと、と思いつつもうまくいかず、さみしさだけを膨らませながらただただ歩いた。

日が陰り始めたころ、茂みの奥にリルベアを見つけた。

 落ちた木の実に夢中だ。

今ならひょっとして・・・。

衝撃の2レベルアップが頭をチラついたのは否定できない。

ショートソードを抜くと、速攻でマジックミサイルを打ち込む。

グギィッ!

短く鳴き声を上げたリルベアが、こちらへ振り返ると、ドタドタと音を立てて迫ってくる。

ちっ!

舌打ちをすると、ショートソードを両手で頭上高く振りかぶり、全力で目の前に迫ったリルベアにたたきつける。

ボスッ

鉄の棒で土をたたいたような鈍い音がすると、両手に衝撃が走って思わず剣を落としてしまった。

両腕がしびれている。

「かた・・・。」

かろうじて剣のスジが毛皮についているだけで、肉どころか皮すらまったく切れていない。

やべぇ。

背中が木にぶつかるまで、飛ぶように10mほども後ずさっていた。

石で息の根を止められたから、マジックミサイルでなら、無理でも剣で追撃すれば勝てる、なんて甘く思ってしまった。

武器を。

ベルトに差し込んでいたハンドアクスを構えようとしたが、手間取ってうまくベルトから外せない。

 思ったより腕のしびれが強くて力が入らない。

少しでも冷静なら、ハンドアクスはあきらめて逃げる。

冷静じゃなかった。

うまく動かない手で取り出そうとあがく。

リルベアが近付くほど焦りが強くなる。

動きは遅い。人が小走りする程度が全速力のようだ。

 今なら逃げ出せる。

その時、運悪くハンドアクスがベルトから外れた。

「うわぁぁああぁあ!」

迫るリルベアの頭にハンドアクスをたたきつける。

ゴスっ

腕に走る衝撃。でも今度は手放さない。

「くそお!」

さらに強い攻撃を、と、無意識に真上に飛び上がった。

ガリッ

足のあった場所をリルベアの爪が薙ぎ、背にしていた木の根元付近がゴッソリと無くなった。

ジャンプして全体重を乗せたハンドアクスを、リルベアの背にたたきつける。

ボスッ

足が地面についた瞬間、ハンドアクスを放り出して逃げた。

切れていないのは手ごたえで分かった。

分からない。

硬すぎる。

なんで切れない?

なんで前は石で殺せた?

耐刃毛皮?

レア個体?

別種?

あの短い手で、どうやってあの木を削った?絶対届かない。

メキメキという音、さっきの木が倒れたんだ。

スキルなのか?

いや、この世界にスキルの概念はない。

 はずだ。

 “常識”にないだけで実際はあるのか?

何も分からない。

分からないから怖い。

リルベアの気配がなくなるまで走り続けた。

焦燥感が強い。

なんか、逃げてばっかりだな。

無性に自分がみじめに感じた。

この先もずっとこうなんだろうか。

走るのをやめても足は止めずに歩き続けた。

日がすっかり暮れたころ、ようやく道らしき場所に出ることができた。

踏み固められ草もまばらな土の道に。

獣道というには広いしまっすぐだ。

たぶん人の道だ。そうに違いない。

勝手に決めつけたくなるほど待ち望んだ人の痕跡。

素直にうれしい。

「さて、どっちに行こうかな。」

手近な枝を地面に立てて、手を放す。

 倒れたほうに近い道へ歩き出した。

もうすぐ人に会える。

そんな気がしたものでした、この時は。

そのまま2日ほど、ただただ道を歩く。

のどが渇けば森に入って水の出るツタを探し、朝と夕には決死の覚悟で実を胃に押し込む。

幸いにもおなかを壊すことはなかった。

眠気がピークになったら木に登って仮眠をとり、それ以外はただただ歩く。

 すでに方向感覚は失われている。

 どこに向かっているのかもわからずに、ただ道をたどる。

 歩き続けて数日、肉体的にも精神的にも限界がおとずれようとしたとき、とうとう出会うことができた。

森を通る道に設置された、やむおえず野営するときの避難小屋。

“常識”さんの中にあったやつだ。

人に会いたかった。

もうこの際、野党とか山賊でもいいから人に会いたかった。

 ほんとに会ったら困るけど。

向こうの世界では、ボッチは苦にならないと思ってた。

でも無理だった。

一言でもいいから会話したい。

小屋に駆け寄る。

 人に会える。

しかし残念なことに、小屋には人の気配が無い。

虚脱感。

もう、一生誰にも会えないんじゃないかと思ってしまうほど。

 それだけ期待していた。

しかたない、気持ちを切り替えよう

ぽじてぃぶしんきんぐだ。

屋根の下で眠れるだけよしとしましょう。

小屋が見つかっただけでもめっけもん。今日はぐっすり寝よう。

できれば、もうちょっとましな食べ物とか、火打石とかないかなぁ。

しばらく、ドアの前で矢継ぎ早に前向きなことを(無理やり)考え続けた。

なんとか無事気持ちの切り替えに成功したかな。

ちょっとウキウキしながら小屋のドアを開ける。

涙が出そうになる。

埃っぽいけど、部屋だ。

簡単だけど、大きなテーブルがある。

室内なのに、丸太を切って置いただけの手抜き椅子がある。

奥に暖炉もある。

たぶん、もう涙が出てる。

人の暮らしだ。

ん?

ベッドは無い。

いやいや、ベッドなんて贅沢な。

あ、薪もない。

火打石も・・・どこにも見つからない。

食料も・・・無い。

常識さん、常識さん、どゆこと?

うんうん、なるほど、薪も食料も自分で持ち込む、これ常識。

・・・。

期待するじゃん。

したっていいじゃん。

ちょっとくらい夢見たっていいじゃん!

もうこうなったら、ふて寝してやる。

朝までぐっすり寝てやるさ!盛大に寝坊して、二度寝もしてやるさ。

戸締りよ~し。

念のためドアの内側に丸太椅子をピッタリ置いて防犯防犯。

床の上、はなんかいやだからテーブルの上で横になる。

無駄にデカいテーブルのおかげではみ出ずに横になれた。

「おやすみなさい。」

一応声に出してみた。もちろん答えてくれる声は無い。

さみし、くはない。さみしくなんかないんだ。

目を閉じる。

・・・。

羊が一匹、羊が二匹・・・。

・・・。

テーブル硬くて眠れない。

結局、部屋の隅でうずくまるようにして寝た。

防寒用の外套とか、毛布を持って旅するのが常識。

ですよねぇ。

わざわざすいません無能(常識)さん。

シクシク。

周囲が明るくなって目を覚ました。

体中が痛い。

それでも、一応はしっかり睡眠はとれたようだ、眠気だけはスッキリである。

苦行の朝食をとると、シャツを脱ぐ。

思い返すと、2度目の夜に遭遇したリルベアの返り血を浴びたままだ。

腕はなんやかんやで活動してるうちにあらかたとれていたけど、顔にもシャツにもだいぶかかっていた。

シャツは仕方ないとして、顔はなんかいやだ。何日もそのまま過ごしたくせに、気になるとどうしても我慢ならない。洗えないから仕方がない。シャツでごしごし顔をぬぐう。

質の悪い麻のゴワゴワ感を物ともせずにゴシゴシ。

思ったよりシャツが汚れない。

あ~、汗とかである程度流れてたのかな?

それはそれで気持ち悪い、ってか、風呂入りたい。

 シャワーでもいい。

 何なら熱いお絞りだけでも・・・あるわけないよね~。

 はぁ・・・なんだか、自分が自分じゃない気がする。

 混ざっている(かもしれない)誰かの影響なのかな。

 それとも、極限状態でいよいよおかしくなってきたのかな。

 あぁ、いかんな、悪い方向に考え出しちゃうのは俺の悪癖だ。

 とにかく行動だ、余計なことを考えなくていいように動かなきゃ。

装備を整えると、小屋を出てまた歩き始めた。

小屋があったなら、間違いなく確実に人が通る道だ。

 なら人に会える。

いかん、期待しないようにしないと。

体感で3時間ほど歩くと、だんだんと木が少なくなってきた。

いよいよ森を出られる。

自然と歩きも早くなる。

小一時間も歩いたか、道の端に、明らかに人工物の板が落ちている。

正方形の板に、きっちりとマス目の描かれた板。

「将棋盤?」

手に取ってみると、その下や周囲には駒が散らばっている。

いやな予感がした。

たしか、直前にプレイしていたゲームは将棋だ、と言っていた人がいた。

あたりを見回す。

何かあったに違いない。

赤黒い布切れがあった。

ちょうど道から隠れるような木の陰に。

そこから森へと、赤黒いすじが続いている。

恐る恐る後を追う。

ひょっとすると、怪我をして動けないだけかもしれない。

森へ入る。

血の跡と折れた枝や草が、無理やり引きずられて通ったことを想像させる。

“警戒”

半径23mに敵意はない。と、思いたい。警戒スキルは完全じゃない、気休めだ。

鼓動が激しくなる。

全身から汗が流れ落ちる。

1歩踏み出すのにかなり気力を使う。

音をたてないように、一歩、一歩と進む。

長い時間をかけて、20mほど入った目の前に、赤黒い地面が現れた。

すぐに、血が渇いたものだと分かった。

ビリビリに破れた布が散乱している。

一目散に道へ駆け出す。何か叫んでいた気もする。

あっという間に道に出ると、止まることなく道を走る。

 足がもつれようが転げようが構わずに、動けなくなるまで走った。

あっけなく死ぬんだ。

当たり前に死ぬんだ。

怖い。

再び歩き出せるまで回復するのにかなり時間がかかった。

歩き出せても足取りは重い。

逃げてしまった。

ひょっとしたら、万が一にも生きていたかもしれない。

見殺しにしてしまったのではないか、という思いが頭を離れない。

だからと言って、戻ることはできなかった。

あの大量の出血で生きているはずがないと自分に言い聞かせる。

できる限り何も考えないように、黙々と歩く。

気が付くと森を抜けていた。

なだらかな草原が続いている。

森を抜けたことにも気が付いていなかったのに、森から出たということに心底安堵していた。

もう少し生きていられそうだ。

真っすぐ続く道を見ながら、重い足を何とか動かした。

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