017話:逃走の終わり
結局決断できないまま3日目に入った。
3日目早々、思いもかけない事態に遭遇することになった。
不意に、軽トラが止まったのだ。
ん?
(とうとうユーシンが力尽きたか?)
「シンさん、あれ!」
ユーキの声に、荷台から運転席の小窓を通して前方を見る。
「家だ。」
突然開けた場所に出たようで、周囲には木々が無い。
結構な広さの空き地、そのほぼ中央に、木造りの簡素な家がポツンと。
奥には畑のようなものもある。
森を抜けたわけではないようで、畑の先はまた木々で埋め尽くされている。
(いかん、惚けてる場合じゃない、巨猿は・・・)
いる。
開けた土地のすぐ外、森の中にいる。
視認することはできないが、じっとこちらの様子を伺っているようだ。
(視認されるのは嫌か。)
魔法に対する警戒心がかなり強いのか、自分を殺せる相手だと認識してくれているんだろう。
その分執念深くもなってるんだろうけど、過剰に警戒してくれているのも事実だ。
う~ん、微妙。
諦めてくれればお互いにハッピーだと思うよ、保証する。
荷台から降りて、警戒しながら運転席側に回る。
「猿はまだいるよ、止まってるのに近づきも攻撃もしてこないのが不気味だけど。」
ユーシンたちに現状を伝える。
「参ったっスねぇ、ヤベェもん連れ込んじまった。」
「そうだね、間違いなくだれか住んでそうだし、何とかしないと迷惑をかけることになるよね。」
「迷惑どころの騒ぎじゃじゃねぇっスけど。」
険しい表情で運転席の窓から顔を出し、巨猿のいる方向を睨みつけるユーシン。
「ハラぁくくるしかないっスかね。」
ユーシンが降りて、軽トラを仕舞う。
ユーシンはバールを構え、ユーキはモンスターたちを呼び出した。
アオンもクマも本の中ですっかり回復していた。
俺もマジックミサイルの準備だ。
3倍化させるには時間がかかるし、至近距離でなければ当たらない。
三人とも覚悟を決め、さぁ、戦闘態勢に、と思った時だった。
「大丈夫ですよ、あれはここに入ってこられないですから。」
突然、誰もいない空間から声がした。
「なんスか?!」
誰もいない。
まさか、ウインドボイスみたいな、声を届ける魔法とか?
ではなかったようで、声のした場所にスゥっと、鈍い銀光を放つ鎧姿の渋いおじさんが現れた。
ん?なんか見たことある。
おじさんを、じゃなくてこの鎧・・・。
「すいません、ただ事じゃない雰囲気だったんで、少し警戒させていただきました。
私は 片山 一馬、エイルヴァーンってゲームをやってました。」
そういって渋いおじさんは一礼した。
やっぱり!まさか自分と同じゲームのプレイヤーに出会うとは。
「私もです、エイルヴァーンをプレイしていました。
飯田 真一と申します。
その鎧、落葉の砦で取れる装備ですよね。」
初期で取れる良装備で、ゲーム始めたばかりのころはだいぶお世話になった。
思い出深い装備だ。
「えぇ、転職ラッシュ用の装備は簡易貯蔵庫に入れてあったんで、初日から使えたんですよ。
そのおかげで何とか生き延びられました。」
ってことは、さっきのは暗殺者のスキル”隠密”か?
たぶんだけど、”気配遮断”と”無音移動”も併用してたな。
少なくともレベル30は越えてるはずだ。
「ここは安全地帯ってことですか?」
巨猿のいる方向に牙をむき、今にも飛び出しそうなアオンをなだめながらユーキが聞いた。
森の中に安全地帯?“常識”さんも知らないぞ。
「もう一人いるんですけど、その人の能力なんです。」
もう一人?と家の方を見ると、ポツンと青年が一人。
「ここで立ち話もなんなんで、どうぞ、家の中でお話ししますよ。」
と案内された家でもう一人、田中 次郎さんとも挨拶を済ませた。
人のよさそうな青年だ。
とはいえ、ゲームのキャラが元になっているだけなのでその人の本質ではない。
俺だって、現地人に15~16歳に見られたけど、具は50手前のオッサンだもん。
家の中は意外と広く、全員が座れる大きなテーブルと簡素だがしっかりした椅子があった。
「私は開拓系のゲームをやってたんです。
ほのぼの系ゲームで、魔物とか存在しなかったんですよ。
それが超解釈でもされてるのか、ここには結界みたいなものが張られていて魔物が入ってこれないようなんですよね。」
開拓みどり村。
田中さんがプレイしていたというゲームは、5年位前に発売されそこそこの売り上げで消えていった開拓系ゲームだ。
いわゆる格安再販シリーズとして売られていたものを購入してプレイしていたそうだ。
過疎化が進んで放棄された村を復活させるために移住した青年が主人公。
一軒家から始めて、農業や畜産、家具の生産や商売って感じでだんだんと発展させていくっていう開拓系の王道ゲームだ。
ほのぼのとした作風が一部のゲーマーに好評だったらしい。
「気が付いたら森の中にいて、頭の中に、(ここを集落に指定しますか?)って声が聞こえてね、夜で真っ暗だったし、とにかく怖くて、ハイって答えちゃったんですよ。
そしたら、目の前に家があって、この家なんですけどね。
とりあえず家で一晩明かして、朝外に出てみたら、周りの木がきれいさっぱりなくなってたんです。」
それでこんな場所にこの広場ってわけか。
「ゲームの最初と同じで小さな畑があって、すぐ食べられる野菜も植わってたんで良かったですけど、なんかエグみが強くて毒じゃないかって疑っちゃいましたよ。
すぐにこの世界はみんなそうなんだって思い出して絶望しましたけど。」
はぁ~っと深いため息を吐く田中さん。
「自分も森の中で気が付いたんだけど、いきなり角のある猪に遭遇してね。
石を投げてみたものの、丸腰だしとても勝てる気がしなくて、とにかく逃げ回ったんだ。
猪っぽかったんで、小回りは苦手かなって、木を縫うようにグニャグニャ回りながら逃げてたら、ここに出ちゃってさ、木が無い、ヤバイ!って思ったら、後ろでドカンってすごい音がしてね。
振り返ったら、猪が死んでたんだ。
ホーンボアってことは後から知ったんだけど、ここの障壁?みたいなのに突っ込んで自滅したみたいでね。
石投げたことが戦闘にカウントされてたのかなぁ、一気にレベルアップしたんだ。
ほんと、田中さん様々だよ。」
「いや、私は何も。」
あぁ、片山君、なんて羨ましい。
そのポジションは俺が変わりたかったよ。
俺なんて・・・う、黒歴史を思い出してしまった、封印封印。
その後はそれぞれの情報交換が始まった。
片山君は向こうの世界では警備会社勤務だったそうで、30代半ばの立派なおっさん。
いや、そうなると俺は爺さんなのか?いやそんなことは無い。
無いよね?
うん、無い無い。
最上級職の聖騎士と大司教、大商人に、上級職の魔導士を経験、ほかにMODで導入した職業をいくつか、で、現在は斥候系上級職の暗殺者だそうだ。
キャラ名はスローク。
田中君は大学のポスドク、博士研究員と言われる立場にいたそうだ。
博士とつくからには高給取りで裕福なイメージだったけど、日本のポスドクは博士号は取得していても、大学院生以上、助教授以下という微妙な立場で、ほとんどが裕福とは無縁なんだそうだ。
28歳独身。
独身をずいぶんと強調していた。
結婚願望高めなのかな・・・。
ゲーム歴はそれほど長くなく、仕事に行き詰った時の息抜きでやる程度だという。
キャラ名はデフォルトのままソンチョー、村の名前もデフォルトのまま、みどり村だそうだ。
命からがら逃げこんできた片山を田中が受け入れ、栄えある村民第一号になって今に至ると。
その後ソンチョーは、ゲームの初期クエストをなぞるように家の補修や農作業を行い、スロークはすぐ逃げ込めるので村の近くでレベルを上げつつ、食料の肉などを調達して暮らしてきたそうだ。
とはいえ、何をとってもとても食べられるものではなく、食事は苦痛ですらあったという。
そらそうだよね。
ムフフフフ・・・ならばと、さっそく魔素抜きの干し肉と完熟ラサの実を提供した。
恐る恐る口に運んだ2人からの大絶賛まで10秒とかからなかった。
ウハウハ、存分に讃えるがよいぞ。
ソンチョーが収穫した野菜はゲームのチュートリアルで収穫したものと同じ、キャベツにニンジンにジャガイモ。
魔素抜きをすれば、さぞおいしくいただけることだろう。
ゲーム補正なのか、収穫しなければそのまま成長しすぎたり枯れたりしないという。
ソンチョーたちからも快諾してもらい、今朝収穫して食べていない分を魔素抜きの行程に。
完全に抜くには1日かかるけど、夕方にはちょっとエグみが気になるけど普通に食べられる、程度には抜けるだろう。
いろいろ足りない気はするけど、夕食は塩味の肉野菜炒めで決定だ。
発表すると一気にみんなのテンションが爆上がりした。
それまでの時間で家の中を案内してもらった。
不思議な家だ。
ここにはなんと、水洗トイレがある。
いったいどこから水がやってきて、どこへ流れていくのか全く不明な謎トイレだ。
キッチンも完備されていて、ここにも水道が、しかもガスに電気まで通っている。
意味不明だ。
ここまでくれば、当然あるであろう風呂もちゃんと五右衛門風呂が。
素敵すぎます。
快適すぎる環境だけど、ソンチョーはこの村から出ることができないらしい。
何度か試したけど、バリアのようなものにぶつかってそれ以上進めなかったそうだ。
後は何といっても食事、この世界特有の強いエグみはいかんともしがたく、また二人ともほとんど自炊したことが無いので、食事は栄養補給以外の意味をなさず苦行だったという。
畑を見せてもらったり(運転しっぱなしだったユーシンは爆睡)と、しばし巨猿を忘れてまったり過ごした後お待ちかねの風呂。
最初に俺が借りることになった。
実年齢が50手前のおっさんであることと、最初に風呂借りることになったことは無関係だ。
関係無いぞ。
二度言ったってことは大切なことだからな。
ユーシンとユーキが二人とも後でいいって言ったからなんだからな。
気を使われたってことは・・・無いんだからな。
しつこい?
とはいえ久しぶりの、ある意味生まれて初めての風呂を堪能させてもらった。
もちろん浴槽には体洗ってから入ったよ、石鹸もシャンプーもあったのには驚いたけど。
う~ん、さっぱり。
ってことで、食事の支度でもするとしよう。
そう、最初に入ったのはこのためなんだからね!
調理スキルが解放されたから、料理の手際も知識も上がっているはずだ。
残念ながら調理スキルのレシピは使えなかった。
材料が全然違うのだ。
参考にはなるので、それなりに食べられるものが作れるだろうけど。
まずは麦もどきのセパ豆を炊く。
米と同じでいいのか知らんけど、それっぽくしてみよう。
とりあえず飯盒炊飯みたいな感じでいこうかね、キッチンにあった鍋にセパ豆を入れて、軽くといだら水を入れて煮込む。
水は豆より1~2センチ高い程度でいいんだっけ?分量計りようが無いからな。
ま、何とかなるだろう。
炊いてるうちに、別の鍋で細かく裂いた干し肉を茹でる。
もともと塩味は控えめな干し肉だけど、茹でれば多少柔らかくなるし出汁が出るだろう。
煮たお湯はそのまま手抜きスープでいいや。
キャベツは手でちぎり、ニンジンは皮をむいて薄く輪切りだ。
うむ、作業自体は素晴らしい速さと精度だ、流石熟練MAX。
キャベツの芯ももったいないからそのまま使う、食感好きなんだよね。
魔素抜きは半日ほどだけど、味見した感じではかなり良くなっている。
ここで、油が無いことに気が付いた、なんてこったい。
このキッチン、道具類は揃っているのに調味料類とか何にもないじゃん。
慌てて干し肉の脂身をこそいでかき集める。
う~ん、全然足りそうにないけど、無いよりましか。
焦げ付かないように注意しないと。
干し肉を煮ていた鍋をどかしてフライパンを、そこにカスみたいな脂身を投入、焦げないように弱火で溶かしてみる。
干し肉のゆで汁(出汁)は、ザルを通してボールに。
味見してみたけど、やっぱりこのまま手抜きスープでいけるね。
油が溶けてきた。
強火にして、まずはニンジンを投入、火が通ったらキャベツも入れて、しんなりするまで炒める。
で、茹でて少し柔らかくなった干し肉を、よく水を切ってから投入。
塩で味をつける。
なんちゃって肉野菜炒めの完成だ。
ちょうど麦も炊き上がったようなので、火を止めてしばし蒸す。
麦もどきごはん、なんちゃって肉野菜炒め、干し肉出汁のスープの完成だ。
もどきとか、なんちゃってとかついてるけどさ、そのうち改善できるさ、きっと。
振り返るとキッチンの入り口でみんながじっとこちらを見ていた。
うん、すぐ出すからね。
少し多めかな、と思った食事は瞬く間に無くなった。
なんか、うれしいね。こういうのも。
完全にスキルだよりなんだけどさ。
調理中にユーシンとユーキも風呂を済ませていたらしく、食後は再び情報交換に。
魔素抜きは簡易貯蔵庫を持っているスロークもできるのでやり方を伝えておく。
俺に何かあったとしても安心だからね。
で、情報交換が一段落すると
「奴からもらった知識はステータス依存で中途半端だし、後追いで思い出すような感じだから不便でしょうがないよな。」
「オレ、レベルアップそのものが無いか不可能なんで知識なんか全然役に立たないっスよ。」
「僕なんか女の子ですよ!年齢どころか性別まで変えられるなんて。」
と、恒例の愚痴合戦になってしまった。
そのまま雑魚寝としゃれこんだ一行。
こういうのも悪くないな。




