147話:着いちゃった
年明け前日、とうとう王都に着いてしまった。
緊急事態の対応と、ノートPCでエイルヴァーンをプレイしながら貯蔵庫のアイテム確認で忙殺、道中見ようと楽しみにしていたプチメタのライブ映像も、芸人ういんたぁ〜ずのライブ映像も観れずじまいだった。
ゲームでアイテムチェックする方がはるかに効率がいいことに気がついたのがせめてもの救いだ。
モニター見ながらポチっていけばいいんだもん。
これを現実でやろうとすると、いちいち貯蔵庫から取り出して実際に見て触れてをしないと詳細な情報が確認できない。
これが面倒くさかった。
しかも、すっかり忘れてるアイテムが巨大サイズだったりしたら大変なことになるので広い場所でやらないといけないしさ。
と、自分に言い訳してダラダラと先延ばしにしていた。
チェックに使えたのは半日くらいだったけど、これまでにチマチマやっていた分と合わせると、たぶん全体の1割くらいは済んだんじゃなかろうか。
いちわり・・・。
先が見えねぇ。
またくじけそうだ。
**
窓の戸とカーテンを全開にして、悠々と王都の門へと進む。
俺が乗る馬車は、普段は外側から開閉する戸を閉じて窓が最低限しか見えないように隠している。
理由は、窓に取り付けたガラスを隠すためと、中で俺がライブ映像に浸かっている姿を見られないようにするためだ。
じゃあなんでわざわざ開くような構造にしたかというと、モチロン技術力を見せびらかすためだ。
ガラスが貴重品であるため、大貴族であっても馬車の窓にガラスをはめ込んでいることはあまりない。
板ガラスは、砂型に溶かしたガラス材を流し込んで固める、という手法で作られているため、摺りガラスのように透明度が低く、厚みも均一にはならないし、大きくても数十センチ角程度の物しかできない。
貴族が使うような高級品は、それを人力で磨き上げて平らにするため高額になる。
それでも気泡が入るし、ゆがみも残る。
大きな板ガラスはそのガラスをつなぎ合わせて作るため、どれほど手間を掛けても方形の繋ぎ跡が残るので、元の世界のような、ゆがみも気泡もないガラスはこの世界にはまだ存在しないのだ。
俺の馬車に取り付けたガラスは、ゆがみも気泡もない完璧な窓ガラスだ。
王都までの道中は余計な注目を集めないために戸を閉めて隠してきたけれど、王都では逆に他の貴族へのアピールとしてガラスを見せつけるために全開にした。
ノルボルの工場でガラスの量産設備が解禁したので、次の特産品としての宣伝なのだ。
価格はえげつない額に設定してきたから、今回受注を貰うことはないだろう。
数年後には王家や大貴族から入るだろうけれど。
事前に先ぶれを出していたので、王都に入るための手続きはスムーズだった。
前回は俺の悪ふざけとカルケール伯爵の企てもあって大騒動だったけれど、今回はさすがに落ち着いて・・・無いかな。
やたらと警備の人数多いし。
フルプレートだから表情はわからないけれど、緊張感が伝わってくる。
まったく。
俺、一応は王の頼子だぞ。
ほとんど会話したことないけど。
警戒しすぎだっての。
・・・あれ?
門を通った後の大通りはなんだか閑散として・・・って、そうだよな、騎士団でも敵わないだろう魔獣連れた一団なんて怖いよな。
怖いもの見たさの若者が沿道にいっぱいいると思っていたけれど、どうやら俺の予想以上に恐れられているようだ。
まぁ、興味本位の子供たちがコソコソと建物の影から覗いてるのはチラホラ見えるけど。
怖いもの見たさってやつ?
街を抜け、予約しておいた高級ホテルへと向かう。
王城のすぐ近くにある、貴族御用達のホテル。
アホみたいにお高い。
早いところ適当な物件を探したいところだけれど、今日は第三親王との会食が控えている。
とりあえずはスロークのやらかしをフォローしなきゃならんので断れない。
それがなくても王族からの招待を断ることなんてできないんだけどさ、こちらにも会う理由があるのと無いのとはモチベーションが違う。
物件探しはゼビル達に任せて、俺はホテルで落ち着く間もなく第三親王のお屋敷に向かう。
新作の酒を手土産に。
なのに。
合う早々、なぜ仏頂面で俺を睨んでるんだ?
通された部屋も応接間ではなさそうだぞ。
なんだか狭いし。
「確か、お前にも旗爵を持てと言ったはずだが?」
あぁ~、その件ですか。
「ヒト以外でも構わなければすぐに任命できるのですが。」
「そんなわけにはいかんだろう。」
そう言ってジロリと睨まれてしまった。
「表向きお前はグリンウェルの監視役として陛下が頼子にしたのだ、ということを忘れていないだろうな?
旗爵すら任命できないような者に、あのグリンウェルを抑えられるのか、などと格好のエサにされておるのだぞ。」
と、ご説明いただけた。
うわぁ、そんなことまでネタにされるのか。
俺の考えが甘すぎたようだ。
武闘派変人なら誰も近づかないと思ったんだけど、あれやこれやとチクチク遠距離攻撃かましてくるとは。
これだから貴族って連中は・・・俺も貴族か。
仕方ない、帰ったらクロウに、旗爵に任命しても怒らなそうな悪魔を選んでもらって、ヒトに擬態してもらおう。
でも、優秀な悪魔って、たいてい爵位持ちなんだよなぁ。
ゲームの設定としてだけどさ。
テムレイやオリヴィエラは子爵だし、ゼビルだって男爵だもんなぁ・・・そうか、男爵だったか。
男爵に御者やらせてるってマズくね?
なんだか不安になってきたぞ。
帰ったらちゃんと話し合わねば。
そんな爵位持ちだらけの上級悪魔たち。
俺の配下として旗爵になんて、モロ降格させることになるから怒られそうで嫌なんだけど。
「早急に対応いたします。」
とりあえずそう言うことしかできなかった。
気が重いなぁ。
まさか、降格したら能力も下がるとか・・・無いよね?
そこら辺ちゃんと聞いてから判断することにしよう。
「ところでな、例の馬車だが、ようやく目途が立ちそうだ。
秘匿すべき技術だからな、外の技術者に協力を打診できなかった分時間がかかってしまったが、図式化も完了して、それを元にした試作も成功した。」
みどり村、というか、ノスサンザ大森林の領主として内定しかけていた第三親王。
それを阻止してスロークを領主に任命してもらうために、割を食う第三新皇へ献上した荷馬車。
その真意は、この世界の技術者でも再現可能な構造に調整した足まわりの技術で、領主という功績を失う代わりになる功績と、運用次第で資金源としても、商人や職人へ恩を売る材料にもなる武器として献上していた。
王都の一流技術者にかかればすぐに実用化されると思っていたけれど、そう簡単な話ではなかったようだ。
「問題は、それをどう実用させるかだ。
我が家の技術者と工房だけではとてもまかなうことはできんが、外に出せば流出する危険が伴う。
我が名を前面に出して盗用を禁じればそれなりに効果はあるだろうが・・・そうなるとな・・・。」
と、尻窄みに言葉を濁す第三親王。
「親王閣下の御名を出されないのですか?
それでは閣下の御功績にはならないのではないでしょうか。」
献上した意味ないじゃん・・・とはさすがに声に出せない。
「良い案がなければそうするしかなかろうな。
しかし、馬車を調べた技術者が言うには、あれは革新的なもので馬車以外にも広く応用が利くと興奮しておった。
となるとな、わが功績とするには大きすぎるのだ。」
そう言うと、第三親王は腕を組んで黙り込んでしまった。
そういえば、王太子から第五王子まで、兄弟仲はすこぶる良好だと聞いたことがあったな。
俺の叙爵も含めて、権力問題に関して国王はかなりの辣腕なようだ。
俺のこれまでのイメージだと、王子はそれぞれ個別に家庭教師がついて、いわゆる帝王学をみっちり叩き込まれるって感じだった。
その時に後ろ盾になる大貴族とかがベッタリと張り付いて、権力争いになだれ込んでいくと。
実際、現国王の時代は結構ドロドロだったってカルケール伯爵から聞いている。
それを嫌った現国王は、王子たちを同じ部屋で学ばせ、共に遊ばせ、共に叱り、協力させることに徹底し、貴族たちと個別に接触することを禁じたらしい。
後継者はあくまでも長子で、弟達は長子に何かあったときの予備、というのが効率的で確実に継承を続ける手法ではあるだろう。
実際この国でもそうであったし、国王の子育て方針に反対する者も多かった。
それらに対して、
「王太子に何かあったら、などと考えるということは、王太子を弑するつもりがあるということか!」
と一喝されて口を閉ざさざるを得なかったって話だ。
そんなわけで、兄弟仲が良好な第三親王としては王太子や親王どころか、王子達ともあまり差が付いてほしくはないようだ。
なんとも面倒くさそうではあるが、裏を返せば王族丸ごと味方にできるチャンスでもある。
ここはなんとか食い込めないものか・・・。
なんて考え込んでいると、俺をジッと見つめる第三親王。
あ!
なんて表情がモロに出てしまったらしい。
第三親王は、満足そうにニヤリと口元をゆがめた。
ちくしょう、ハメられた。
「3日にそれぞれとの顔合わせを段取りしてある、あとはよろしく頼むぞ。」
だってさ。
いや、結局は渡りに船な展開なんだけどさ、なんか釈然としないよね。
まんまと乗せられたって敗北感が俺の頭をモヤモヤさせる。
切り替えなきゃ。
時間がないぞ。
明日は俸禄の授与があって、その後大ホールで王を交えての懇親会。
自由参加である。
辞退する人は居ないらしいけど。
他のお貴族様との顔つなぎも親交を深めるつもりもない俺としては、初の辞退者として名を刻みたいところなのだけれど、スロークがやらかしたフォローをしなきゃならんし、視察に来るご令嬢たちの親とは顔合わせしとかなきゃならんし、ということで参加することになってしまっている。
2日は朝から、騎士団から合同訓練という名のリベンジマッチが組まれている。
前回は、いきなり叙爵とそれに伴う詰め込み教育のストレスをぶつけるようにボコっちゃったせいで、かなり恨まれてるっぽいんだよなぁ。
毎度こんな状態だとめんどくさいから和解のワイーロを持ってきてるんだけど・・・うまくいくか不安。
つまり。
準備期間に仕えるのがたったの半日。
無理ゲーだろ。
夕食では第三親王ご一家と対面し、悩む俺とは裏腹にご一家は和やかな時間を過ごしていた。
ちくしょうめ。
第三親王の御子息は男ばかりの3兄弟。
上から8歳、5歳、3歳なヤンチャトリオだ。
なんとしても娘が欲しいらしい第三親王に、出産の苦しみからはそろそろ卒業したいという御婦人。
まぁ、勝手にやってください。
**
俸禄の授与はすごくあっさり終わった。
王と財務卿(サンザ王国の財務大臣)、4人の騎士団長がずらりと並ぶ個室に呼ばれて、脇に控えていた役人から書状を受け取るだけ。
後日この書状と現金を財務局で交換するのだ。
ちなみに俺の俸禄は1億セイル。
一見多いようだけれど、頼子や使用人の給金や屋敷などの維持管理費諸々もこの俸禄から捻出することになるわけで、旗爵を4〜5人、屋敷を地元と王都に、なんてことになると、あまり余裕はなさそうだ。
もっとも、子爵で1億というのは最低ラインらしい。
実績やら功績やら、依子の数、爵位で増額していくようだ。
俺、依子ゼロだし実績も功績もゼロだからね。
これまでの献上品はみどり村、スロークの功績にするための物だったし、俺個人としては何もしてなかった。
ちょっと反省。
巻き込まれ叙爵とはいえ、多少は動いておくべきだったかな。
初対面となった財務卿とか、二人の騎士団長(ガチ勢じゃない方のボンボン騎士団長)からは、侮蔑とまではいかなくても明らかに見下すような態度を感じた。
俺個人を見下すのであれば気にもしないけれど、スロークの監視役として(建前上だけれど)叙爵された俺があまりにテキトーだと、選んだ王の任命責任を問われたり、監視が俺では駄目だと余計な動きを始める派閥が出たりと、色々なところで問題が起こりえるのだと学習した。
やっぱり貴族メンドクセー。
ちなみに、スロークは一月後あたりに、カルケール伯爵の寄親にあたるブレンドン侯爵から俸禄を受け取ることになる。
直接の寄親はカルケール伯爵だけれど、スローク自身がグリンウェル伯爵と、寄親と同格になってしまっている。
滅多にないことだけれど、こういう場合はカルケール伯爵の寄親が俸禄を渡す仕来りらしい。
ブレンドン侯爵は王から俸禄を受け取り、社交界だのと王都での用事を済ませてから自領へ戻る、頼子への分配はその後ってことだ。
もう一度言うけど、貴族ってメンドクセー。
**
騎士団との合同訓練。
学習した上にストレスの猛攻を受けていない俺は、とても紳士的な応対ができた。
と、思う。
まぁ、彼らから恨まれていると思っていたのは勘違いで、ステータスゴリ押しの戦い方をしていた俺にならいつかは勝てるだろうと、超えるべき目標にされていたようだ。
しかし、今回の俺は前とは違う。
一応まねごとでも剣術的な訓練は(たまに)しているし、なによりも心穏やか(ダンスのレッスンが無いから)なのである。
ボコるのではなく、一応剣術の模擬戦らしい戦いができたおかげで、彼らは努力の成果で自身が強くなっている、と勘違いしてくれたようだ。
俺のステータスは以前よりずっと高くなっているわけだけれど、まだまだ拙い剣術をやろうとしたことで集中力を欠いて、結果戦いになった(もちろん圧倒的に俺が強かったけど、以前は蹂躙だったからそれよりずっとマシだった)。
最後に、スパイダーシルクとモスシルク、この世界で一般的に肌着として使われている綿に似た繊維を1:4:5の割合で混ぜて織り上げた生地で作ったギャンベゾン(鎧の下に着る厚手の衣服)を団員分あつらえることを伝えた。
武器や鎧は王から下賜、もしくは貸与されるものらしく、それらをワイーロ目的に贈っても使う場がないようなので、色やザックリとした形状が指定されている以外は個人であつらえ可能なギャンベゾンを送ることにしたのだ。
鎧の下に着るものだからピッタリとサイズが合わなければならないわけで、今回はサンプル用の物を持ち込んで披露した。
採寸してぴったりサイズのものをあつらえて送るつもりだった。
が、俺と騎士団のわだかまり(勝手に俺が恨まれてると思い込んでいただけ)は、実にあっさりと解決したので、ぶっちゃけ贈り物をする意味があまりなくなってしまった。
ということで、第三新皇からの無茶ぶりに利用してやろうと思いついたわけだ。
スパイダーシルクがスレッドスパイダーの糸である、ということは騎士団員にも周知の事実になっているほど認知されてきているようで、たとえ1割だとしても使われていると知った彼らのテンションは爆上がりだった。
しかも、貸与ではなく下賜される予定であると伝えたから、中には涙ぐむものまで。
貴族の私兵ではなく王国の騎士である彼らに下賜できるのは、王族だけだからだ。
前日の懇親会で、短時間ではあったが王と話ができた。
すでに第三新皇から話が通っていたようで(こういうところは抜け目ないんだよな、あの飲兵衛)、休憩という体で個室での密談。
その結果、俺が合同訓練を通じて彼らの勤勉さと向上心に感銘を受け、それを伝えたことで第四王子と第五王子が是非彼らの忠義に報いたいと俺に相談、今回の下賜へとつながった、という体で、後ろ盾の乏しい彼らと、実績も実力もある騎士団とのつながりを持たせよう、という計画に発展していった。
第四皇子からは王都聖騎士隊へ、第五皇子からは王国騎士団へと下賜されることになった。
費用に関してはそれぞれの王子と応相談・・・そこは王が出すんじゃないのか、と思ったけど、元々贈り物のつもりだったので思わぬ小遣い稼ぎになってくれた。
いくらになるかなぁ~。