閑話:最強は開発者
「やっと見つけたぞ。」
地上から見上げても砂粒ほどにしか見えない程の高度に、まばゆく光り輝く鎧と深紅のマントを身にまとった青年が浮かんでいた。
不思議なことに、地上からは砂粒のような彼の姿しか見えないにも関わらず、彼の前には視界に収まりきらないほど巨大な大地があった。
空に浮かぶ王国。
おとぎ話の中の存在が、眼前に広がっている。
「あの女の言う通り光学迷彩かよ、下からは見つからねぇわけだ。」
見事なまでの光学的な迷彩技術によって、王国は地上からは全く見ることができなかった。
真相にたどり着いて以来、諸悪の根源、魔王ガイゼルベルグを探してきたが、特定した場所には何もなかった。
手がかりになりうる存在、魔王の娘が地上に存在することを知り探したが、彼のスキル、ワールドサーチをもってしても居場所を特定できなかった。
それが、最近になって突然反応し始めたのだ。
反応は2日から10日ほどの間隔で、数時間程度だけ。
ある位置で突然反応し、同じ場所で消えるのだ。
最初はワールドサーチの誤動作を疑ったが、同じ現象が何度も続いたため、確認に向かうことにした。
空から近づくと、世界で最も危険と言われる大森林の中に、強力な結界で守られた町と、近代的建物がチラホラとみられる村が存在した。
(なるほど、普段はあの結界の中にいるからワールドサーチで検知できなかったのか。)
ただ、魔王の娘が、どうして異世界人やこの世界の住人と暮らしているのかが分からない。
圧倒的な力で服従させているのか、騙しているのか。
とにかく、情報を聞き出したら討伐しなければならないだろう。
この世界に召喚された千を超えるゲーマー達の中でも、自分こそが最強であるとの自負がある。
なぜなら彼は、ゲームプレイヤーではないのだから。
プレイヤーではなく、クリエイターだった。
完成目前まできていたゲームの制作者。
それが彼だ。
PC用のインディーズゲーム、シングルプレイRPG ゲヘナブレイク。
わずか5人で作成してきたゲームは、アーリーアクセス(開発途中での早期販売)でもかなり高評価を得ていた。
彼が当時プレイしていたのは、バランス調整やバグを発見し、対応するための特別なプログラム、開発者モードを搭載したバージョンだった。
簡単なキーワードでレベルやステータスを上限以上にまで上げたり、無敵モード、フル装備化などのチート機能が備わっているだけでなく、ゲーム中に直接プログラムを組んだり編集できる機能まで備えていた。
その開発者モードを使って、彼は初日に最強の存在になった。
ゲーム上の各能力値の最大値は100に制限していたが、システム上は255まで上げることができた。
なぜ255なんて中途半端な値なのかというと、255は2の8乗である256から来ており、8ビットで処理できる最大値に当たるから。
つまり、単純に扱いやすいからである。
最大値が256ではなく255なのは、0(できない)と1(できる)だけで表現するコンピューター言語(マシン語)では1~256しか表現できず、0が表現できないという欠点があり、0を表現しるために、数値から1マイナスすることで無理矢理0を作っているからだ。
レトロゲームでステータス上限が255ってのが多いのはそう言った理由だ。
人類の英知をはるかに超えた知能を手に入れた俺は、世界の理を認識できる”世界図書館”というシステムを即席で作り上げた。
わずか10日たらずで魔素の存在と、諸悪の根源だと断言できる存在にたどり着いた。
残念ながら、ゲームでの上限を超えてシステム上の限界値まで上げた知力でも、世界図書館にアクセスできるのはほんの数秒、しかも、使用後は激しい頭痛に襲われ数日苦しむことになるため多用はできないが、ラスボスともいうべき存在を見つけた彼は、そ手を討伐することこそ自らの使命だと思うようになった。
しかし、特定した場所の空には何もなかった。
ひょっとすると、閲覧した情報が古かったのかもしれない。
再び世界図書館を閲覧するのは負担が大きすぎると、天空の王国が地上に落下している可能性など含めて捜索を続けた。
小さなくぼみから巨木のウロ、地下に至るまであらゆる場所を捜索した。
が、いくら探しても発見には至らず、別の手段を取ることにした。
諸悪の根源、ガイゼルベルグの娘が生きている。
管理者モードで新たに空を飛ぶための装備を創り出し、その娘がいる森へと飛んだ。
そこでようやく突き止めた。
まさか光学迷彩とは。
ファンタジーの世界にいきなりSFが飛び込んできた。
盲点と言うしかなかった。
「さて、いきなり魔王城に飛び込むのはマナー違反だよな。」
遠くに見える真っ黒な巨城。
おそらくそこに魔王がいる。
が、まずは小手調べ、近くに見える白い古城を目指すことにした。
数キロはありそうな距離も、空からなら数分でたどり着く。
近づいて行く程に見えてくる異様な白い物体が無ければ、ちょっとした観光気分に浸れそうだ。
白い物体。
魔物、と表現するべきなのか。
そこら中に存在するそれらは、全てが違った姿をしていた。
ひときわ大きな物体の近くに降りると剣をひと振り。
呆気なく切り裂かれた物体は、次の瞬間には元の姿に戻っていた。
「なるほど、魔素の塊か。」
管理者モードにより、接触した物体の本質は即座に解析、その全てを知ることができる。
「アビスフレイム・・・でも無理そうか、稼働時間を10倍くらいに、いや、永続させるか。」
開発者モードが利用できた。
それは、この世界では神にも等しい力を持つこと。
白い物体を炎が包み、数分後には跡形もなく消滅させた。
設定どおり、炎は勢いを失うことなく燃え続けている。
「あ、もっと範囲を大きくすればよかったな、放り込むのに小さすぎたか。」
次々と白い物体を炎に放り込んでいくが、10体ほどで収まらなくなってしまった。
再調整を施して、先ほどの10倍、直径20m程の炎を創り出すと、小一時間ほどで古城にいた白い物体を消滅させた。
ほとんどの個体が、ロクに抵抗することなくされるがままだった。
この天空の王国は、魔素が少なすぎるのだ。
よほど力のある個体でもなければ、存在を維持するのが精いっぱいでロクに動くこともできないようだ。
「飽きたな。」
白い物体は片付いたが、遥か昔から放置されてきた城は廃墟と言うしかない状態で、石で作られた部分以外はほぼ風化してしまっていた。
ここを拠点にゆったりと攻略していこうかと思っていたが、いざ見返すと、とても住めるような状態じゃない。
戦いに関しても、焼却炉にゴミを放り込んでいるのとあまり変わりがない。
戦いと言うより作業だ。
多少抵抗してくる物もいたが、当然戦いになどならない。
「ステータス上げすぎたかな、スリルも何もない。」
ならば数値をいじればいいだけの話だが、そうはしない。
「まぁ、もし何かの間違いで俺が戦えなくなったらこの世界は終わりだしな。」
声に出すことで、臆病風に吹かれているわけではないと、自分に言い聞かせた。
「この先面白くもなさそうだし、とっとと終わらせるか・・・。」
「「アイツのテキトウさにも、いい加減頭に来るな。」」
赤い炎のようなドレスを纏った女性が眼前にいた。
”いた”。
”現れた”のではない。
魔王城へ突入しようとしたその時だった。
気が付いていなかっただけで、ずっとそこにいたような、奇妙な感覚。
そして、耳からではなく頭の中に直接響く声・・・
間違いない、あの悪魔の同類か。
「俺の邪魔をしようって言うのか?」
緊張が走る。
どう考えても自分の方が格上のはずなのに、冷汗が背を伝う。
恐怖でも、威圧感でもない。
なのに、全身が警告を発している。
「コキュートス!」
絶対零度、氷雪系最恐の魔法を放った。
炎のようなドレスから、炎に強い耐性を持つ可能性を感じたからだ。
数値をいじる余裕が無かったが、それでも自身の魔力値、知力値を考えれば、ドラゴンですら一撃で終わる。
現に、目の前の女性は巨大な氷柱の中。
たとえ人外の存在だったとしても、あらゆる物質も、あらゆるエネルギーも完全に停止した状態では何もできまい。
「「ずいぶん怖がりなのね。」」
頭に響く声が、全身から汗を噴出させた。
ありえない。
目の前の女性は、氷の柱に囚われたまま微動だにしていない。
それなのに、女性は彼の頬を撫でた。
氷の柱は確かに存在している。
なのに、その中に女性はいなかった。
いつ抜け出した?
氷塊はきれいなまま、捕らわれていたはずの痕すらない。
ずっと見ていたのに、気づくことができなかった。
現れた時と同じだと、気づくこともできなかった。
両手に走る激痛が、彼の思考を遮ったためだ。
切られた?
そう思って見た両手には、手首から先が無かった。
出血していない。
切り口も無い。
まるで、最初から無かったかのように滑らかな肌。
(再生しない)
彼のHPは自動的に、1秒で100%まで回復する。
それなのに、手は戻ろうとしない。
「「良い痛みだったでしょう?ちょっとしたサービスよ。
元々無かった物が失われたり再生するはずもないしね。」」
そう微笑むと、女性は彼の鎧に手を触れる。
次の瞬間、彼は背に激痛を感じてのたうち回った。
地面にいる。
さっきまで、数十m上空で魔王場を見下ろしていたのに。
鎧は無残にも剥がれ落ちてゆく。
鎧ごと飛行用装備が破壊されたに違いなかった。
(落下した感覚が無かった・・・まさか、時間を操るのか?・・・違う、意味が無い、何なんだ、この違和感は。)
追撃を警戒して身構えたが、女性の姿はなくなっていた。
「なんだよ、いったい・・・。」
殺しに来たんじゃないのか?
(マズいぞ、指が無ければ管理者モードを操作できない・・・そうか、それが目的か。)
管理者モードをつぶすことだけが目的で、彼自身の存在も、すでに最強の存在にまで高められたステータスも興味は無かったということだ。
管理者モードが使えないということは、即死からの回復はできない。
無敵モードは有効なようだが、あくまでもHPを1から最大値の255まで、1秒で回復させるというだけのものでしかない。
ダメージを受けないという状態では、調整中に敵の攻撃が正しく反映されるかの判定がしづらかったためだが、こんな形で利用されるとは。
これでもう、俺はこの空の大地から出ることはできなくなった。
鎧も無く自由落下で落ちれば、確実に即死だ。
魔王を倒す?
装備も両手も無い状態で、何ができる。
魔法の照準は、右手の指で示さなければならない。
つまり、魔法すら封じられてしまった。
もうこの先は、この地で惨めに永遠を生きるか、飛び降りて自殺する2択しか残っていない。
「うそだ・・・こんなの・・・だれか・・・。」
絶望を知った男はそれでも自殺することもできず、瓦礫の影に潜んで震えることしかできなかった。