第24話 バカなところは治らない
メリンダの父の子爵は満足していた。
手塩にかけた公爵家の領地が、娘にぞっこんだったという自覚を持った婿もろとも手元に戻ってきたのだ。
公開告白も悪くはなかった。
あれだけ派手に娘を愛していると、恥も外聞もなく言いふらしてもらえたら、公爵領の行方など誰も問題にしないだろうし、再婚約もやむなしで、色々な問題があっさりカタが付くだろう。
これで何もかも、計画通りである。
唯一、ちょっと違ったのが、婿殿のめんどくさいくらいの溺愛ぶりだ。
わざとやってるんじゃないかと気になるくらいだ。
「結婚後は、公爵邸に住めば?」
学園では何をしているのか知らないが(知らない方が幸せなような気がするが)、毎日送り迎えに来る婿(予定)がいい加減、鬱陶しくなった子爵がうっかり言った一言が失敗だった。
ルイスは学園卒業後、文官として勤務するつもりだった。成績だけはよかったのである。
「メリンダがらみさえなければ、頭脳明晰で実行力に富む」
住むところまでは決まっておらず、子爵も娘を手放したくないなーなどと、考えていて、広い子爵邸を改装すれば、毎日娘の顔が見られるし、婿なんかは、王宮でもどこでも激務に埋もれていればいいわけで……と、都合よく想像していたのに、ルイスは子爵の失言を聞くやいなや、メリンダを伴って、荒れた公爵邸を新居にしようとリフォームに専念し始めた。
その上、結婚予定は、具体的に日取りまで決めてしまって、例のアンドルー、アランの三カップルの中では、一番揉めたくせに真っ先に結婚することになってしまった。
「ジョナスはどうなったんだよ?」
アンドルーが聞いた。
「心配いらない」
そっけない感じにルイスは答えた。
「普通かわいそうだろ?」
「そうかな? ジョナスは推し活の女性と結婚予定が決まった」
「推し活の女性?……とは?」
「ジョナスは、メリンダと別れてあげてと言いに行っていた女性のうちの一人に魅了されて……と言うか、押し込まれて」
「は? はあ……?」
そんなことを言いにきた女性と? つまり、ルイスのファンの女性と? それなのに、押し込まれた? あて先違いではないのか、それは? 押し込みに行くならルイスだろう?
「どういうことなの?」
まるで訳が分からない。
「ジョナスとメリンダは、もし俺がおとなしくしていれば、結婚したかもしれない」
ルイスは考えるのも嫌そうだったが、公平に言った。
「そうだな。だって、ジョナスは常識的だったからね。デートの大事さやダンスパーティの意味もちゃんとわかってた」
アンドルーが、ルイスとは違ってな、と言わなかったのは、せめてもの友達としての気配りだった。
「推し活と言いながら、実は彼女のお目当ては、最初からジョナスだったらしい。とある大富豪の一人娘だったこともあり、トントン拍子に話が進んだ」
ちょっと暗くなって、ルイスは言葉を途切らせた。
「ジョナスがメリンダと別れれば、ジョナスは独りになる」
「そりゃそうだが」
「彼女はジョナスと結婚できる」
アンドルーとアランは目を見張った。
「え? まさか略奪婚?……今度はジョナス狙いの女? それに利用されたの?」
世の中、よくわからない。そんな推し活の利用方法があるだなんて?
ルイスは呟いた。
「推し活って一体何?」
それはとにかく、メリンダはルイスに細かく世話を焼かれる立場に変わった。
「あの、大丈夫よ? 気持ちは十分伝わったわ。もう結婚式も間近ではありませんか」
ブンブン首を振るルイスは、この溺愛っぷりも一時だけかなーと思っていたメリンダの予想を軽く上回り、少々病気っぽくなってきていた。
「わかっていないな、メリンダは」
ルイスはメリンダがかけているソファの肘掛けにもたれかかって、背中を丸め、顔を近づけてきた。
「俺の気持ちを理解できてない」
「そんなことないと思うわ?」
ドキドキする。ソファの肘掛けが心配で。
ルイスは、この前、肘掛けに体重をかけ過ぎて、メリメリッと音を立てて肘掛けを折ってしまったのだ。
修理のために、ソファを引き取りに来た時の家具職人の顔が忘れられない。
「こんな部位を折るだなんて、どんなバカ力と体重……あ、いや、お嬢様にお怪我がなくて何よりでした」
「ルイス、肘掛け」
メリンダが優しく注意すると、ルイスは、ああ、すまないと言って肘掛けを押すのを止めて、乗り越えてきた。
肘掛けは乗り越えるもんじゃない。
今度は想定外の重量をかけられた背もたれが、折れはしなかったが、恐ろしく大きな音を立ててソファ全体で後ろにひっくり返った。
「危なかった。ごめんね、メリンダ」
怪我がないようにメリンダの頭を両腕で抱え込み、座面に寝かせたルイスは、そのままの体制でメリンダに抱きついた。
「君を守れてよかった……」
わざとじゃないのか……守れてないし。
物音に驚いて駆けつけてきた執事や両親、侍女たちは、結婚式が間近で本当に良かったと思わざるを得なかった。
「……これまでのルイスにはなかった積極性だな」
子爵は不服そうにぼやいた。
この上なく嬉しそうに、メリンダしか目に入っていないと言う様子で、ルイスは大事そうにメリンダを抱きかかえて起こした。
「大好きだよ、メリンダ」
めでたし、めでたし……?
気が向いたら評価してくださいませ。作者が喜びます。




