第1話 婚約者は、親衛隊会長
ルイス・アーカードは、真面目な顔をして壇上に立っていた。
そして、叫んだ。
「行くぞー」
数十人のファンクラブ会員たちは、一糸乱れぬ剣舞を宮廷の面々にお目にかけていた。
最後にロザモンド王女に「オス!」とあたりを聾せんばかりの大音響の掛け声をあげ、殿下に敬意を表した。
全員汗だくだったが、本懐を遂げたと言う満足感に満ちあふれて、これまた整然と足並みをそろえて、国王一家の前を退出していった。
「あれは何?」
ひっそりと、隣のナタリーがメリンダに声をひそめて聞いた。
「ルイスはあなたの婚約者なんじゃないの?」
メリンダはうんざりしていた。
ロザモンド王女は、絶世の美女で、御年十七歳。誠に美女とはこう言う人のことを言うのかと、身のこなしと言い花のかんばせと言い、絶世の美女の見本として博物館に寄贈したいような人物である。
同性には特に関心のないメリンダでも、殿下のお美しさには惚れ惚れする。
こんな人も世の中にはいたのかと。
しかしだからって、婚約者のルイスが私設応援団の会長に着任するのには反対だった。
もちろん、あからさまに言ったわけじゃないけれど。
「でも、ロザモンド殿下は、以前から婚約していた隣国の王太子との結婚が本決まりになって、来年には隣国に渡られるのよね?」
「そう。そうなのよね」
しかし、事情が変わるかどうか。
この国では、ロザモンド殿下を賞賛し、褒め称え、膝を屈し、至高の存在にひれ伏し、推しの幸せに全魂全霊を傾ける親衛隊の存在は認められていた。
「ううん。むしろ、歓迎されてる、いや、上手く使われてるっていうか」
王女殿下を崇め奉るだけの、ストイックで清廉潔白なその行動は(いささかキモくて、一部からはどん引きだったかもしれないが)、何の役にも立たなかったが、王女殿下の威光というか、人気っぷりを象徴する役には立った。
王室も黙って生暖かく見守っていた。
王女殿下が美人で国民に人気というのは悪い話ではない。
このファンクラブの要が、ルイス・アーカードだと言うのも実は好都合だった。
ルイス・アーカードは公爵家の嫡男。
真剣にロザモンド殿下を崇拝している。
彼は殿下を讃える人間ウェーブや、刻みの細かい独特な拍手、野太い掛け声の統制など、さまざまな殿下絶賛アクションを発明する他に、新たな入会希望者に鋭い眼を光らせ、不埒者の入会を許さない厳しい監視体制を構築した。
そのほかに伯爵家の次男、会計士アンドルー、大商人の息子で契約関係に明るいイベントの総元締めジョナス、玄人はだしの見事な警備体制を敷く騎士団副団長のアランなど、錚々たるメンバーが組織を支えていた。
だが、三大公爵家と言われる名家の出身のルイス・アーカードの存在はその中でも燦然と光を放っていた。
ファンクラブに入って、ロザモンド王女殿下とお近づきになりたいなどという、不逞の輩には、しっかりばっちり目を光らせている。殿下のファンを名乗る人物の不法行為などがあってはならない。
それでも入会したい無茶を言う貴族を抑えるのには、公爵家の身分がモノを言う。
公爵家の嫡子であり、武芸にも学業にも秀で、人望に厚く、なおかつ美貌のルイスは、ファンクラブの会長として、誠に相応しい人物といえよう。
「たかがファンクラブ……」
子爵家の娘のナタリーが諦めたように呟いた。
「あのエネルギーを国政に貢献するとか、領地経営に生かすとか、なんかもっと有効な使い道はありそうだと思うんだけど」
王家も両親もその点について、考えるところもあるのだろうが、何せ、ロザモンド王女の結婚式はあと半年のところまで迫っている。
つまり、連中が活躍できるのも、あと半年。
それがヒートアップしている大きな原因のひとつだ。解散前の最終公演みたいなものである。
個人的なことを言えば、去年の花まつりも、昔はよくしていたお茶会も、なくなった。
手紙を出しても、短い走り書きで都合がつかないと言う返事ばかり。
しかし、その返事の最後には、決まって、まるで人が違ったみたいに力のこもったキレイな字でコマコマと、ロザモンド王女関連のイベント予定や、その際の出し物についてや見物の際のポイント、どこに今回工夫して力を注いだかなどが事細かに記載されている。
ある意味、面白いので読むには読んだが、会場へ行こうかと言う気にはなれなかった。
「私とは関係ないものねえ」