異世界の魔王になってしまった私を助けようと勇者になって来てくれた君の記憶を取り戻すために、女神が託した勇者の使命を魔王の身体で代わりに果たすことになってしまったのだが ~プロローグ~
……今日も君はボクのために泣いている……
これ以上、ボクのために泣かないで……
もう二度と逢うことは出来ないんだから……
二年前、ボクはこの異世界の人間に転生した。
それは、助からない病気で死に行くボクに、君が死んで欲しくないと強く願ったからだ。
現実世界のボクは残念ながら植物人間になってしまったらしい。
その時にボクは異世界に転生した。
異世界の女神はこう言った。
『君を死なせたくない』という祈りが私に届いたのだと。
異世界転生をしたボクは田舎で新しい家族と平凡に暮らしていた。
優しい両親と可愛い弟妹。
現実世界では家族の重荷になっていたことをボクは気づいていた。
だから、その分も含めて、この世界の家族には精一杯のできることをしていきたいと思った。
……でも、植物人間になった後も、君は毎日、ボクのいる病室に通っていたんだね……
ボクには君の泣き声が聞こえていた。
けど、その声は一ヶ月前から聞こえなくなっていた。
そして、今日、ボクは衝撃的な話を女神から聞かされた。
ボクが植物人間になってしまったという現実に耐えきれず、君が自殺をしてしまったということを……
君が自殺をしてしまったことは悲しかったけど、正直、ボクは一瞬喜んでしまったんだ。
女神から君もこの世界に転生したということを聞いたから……
……もしかしたら、また君に逢えるかもしれない……
でも、それは安易な考えだと分かった……
自殺をして転生した人間は魔族になってしまうのだという。
しかも、君はただの魔族に転生したわけではないらしい。
………君はこの異世界の魔王に転生していた………
ボクは君を救うため、勇者になることを決心したが、家族は反対した。
「あなたがまた死にそうな目に合うんじゃないかと思うと気が気でないの……」
お母さんが泣きながらボクの身を案じている。
「一歩譲って、冒険者になることは許してもいいと思っている。しかし、何故、お前が勇者となって魔王の所に行かなければならないのだ」
お父さんは厳しい表情でそう言ったが、心配してくれているということは明らかだった。
「お兄さん、本当に行ってしまうの?」
「お兄ちゃん、本当に行ってしまうの?」
弟と妹もボクがいなくなることが寂しいようだ。
……一瞬、決意が揺らぎそうになる……
それでも、ボクは行かないといけない……
「ボクのために泣き続けてくれた君を一人にするわけにはいかないから……」
ボクは君を見つけるために厳しい訓練を受けて勇者になった。
……でも、仲間を作ることはできなかった……
ボクは君を倒すために、勇者になったわけじゃないから……
魔王となってしまった君に一人で再会するには、多くの困難があったけど、ボクはボロボロになりながらも、なんとか君の下に辿り着いた。
「勇者よ、われを倒しに来たのか?」
「いや、ボクは君を助けに来た!!」
「……勇者が魔王を助けるだと? ふざけるな!!」
だけど、やっぱり君は転生前の記憶を失っていて、ボクを殺そうとした。
実力は同じくらいだったのかもしれないが、ボクは君のところに辿り着いた時点で、ほとんどの魔力を消費していた。
そのため、魔力を全く消費していない魔王に勝てるはずもなく……
ガンッ!
「……追い込まれたか……」
「さらばだ、勇者よ……」
魔王が壁に追い込まれたボクを殺そうとしたその時。
魔王の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「な、なんだ、この涙は………」
魔王が戸惑っている。
………もしかして、まだ、魔王の中に君の記憶が?
ボクは女神に強く懇願した。
君の記憶を取り戻したいと。
女神は、
「奇跡を起こせば、意識を取り戻すことも可能ですが、それには、等価以上の勇者としての功績が必要です」
と、ボクにそう告げた。
同時に、ボクにはそこまでの功績がないことも告げられた。
……だったら……
「ボクの記憶を対価に使ってでも、何とかして欲しい!!」
ボクはそう女神に訴えた。
「……その条件なら可能ですが……。……本当に記憶を失ってもいいんですか?」
女神が念を押してきたが、ボクの決意は固まっていた。
「……お願いします……」
「分かりました」
女神はそう返事をして、魔王の額に右手で触れた。
女神の右手から放たれた光が周囲を覆った。
◇
………長い間、悪い夢を見ていたようだ………
君がいない世界に絶望をして、死を選んでしまった後、私は異世界の魔王に転生をして、私の意思とは関係なく人々を苦しめ続けた。
……これは命を自分勝手に使ってしまった報い……
きっと、私の魂が消えるまで、私はこの罪悪感に苛まされ続けるのだろう……
そんな私のところに勇者となった君が現れて、私を助けたいと言った。
……でも、私に残っているのは意識だけ……
君の想いに返事をすることもできない。
そして、遂には魔王である私は君を殺そうとまでした。
『やめてーーーーーーーーーーーーー!!!』
だけど、それだけは私の全ての意思の力を使って、何とか止められた。
……私は魔王となった身体を、初めて一瞬だけでも抗うことができた……
「……ここは……」
女神の右手から放たれた光が消えた後、私は目を覚ました。
辺りを見回すと、夢だと思っていた世界がそのまま眼前に広がっていた。
……夢じゃなかったんだ……
身体は魔王のままだが、今は私の意思で動かすことができるようだ。
「……彼があなたを助けたのよ……」
女神が私にそう告げた。
「!? エン!!」
女神が指さした先を見るとエンが倒れていた。
私はエンに駆け寄る。
「大丈夫、意識を失っているだけ……。でも、あなたの意識を取り戻すため、彼の記憶は失われたわ……」
「そ、そんな……」
私は女神から、エンが今まで私のために何をしてくれていたのかを聞いた。
「それなら、私の記憶と引き換えにエンの記憶を!!」
「……それはできません……。あなたには、彼の記憶を取り戻すだけの功績がありませんし、彼が記憶を失う前に、もしそう言われても、その願いには応えないで欲しいとお願いされましたから……」
「……エン……」
エンの性格なら、そう願ってもおかしくない。
逆の立場だったら、私でもそうするに違いない……
ん?
女神の言葉に、一つだけ引っかかる点があった。
功績がないから?
「……もしかして、魔王の私でも功績があれば、エンの記憶を取り戻すことができるのではないですか?」
「……できないとは言いませんが……。魔王であるあなたが、勇者の使命を引き継ぐというのは……」
「でも、可能性はゼロではないんですよね!!」
「ま、まあ……」
彼が病気だと分かってから今の今まで、私には絶望しかなかった。
そんな私にとって、少しでも望みを持てる方法があるというのなら、それは私にとっては希望でしかない。
「何としても功績を作りますから、お願いします!!」
私は女神に頭を下げてお願いした。
「ふふ、似てるわね、あなた達……。……考えたら、彼も何者でもないところから勇者になったのよね……。簡単ではないと思うけど、やってみる?」
女神は微笑しながら、そう言った。
「はい、やらせて下さい!!」
……やりたいか、やりたくないかではない……
やらなければいけないんだ………
こうして、魔王となってしまった私がエンの記憶を取り戻すため、女神に託された勇者の使命を代わりに果たすというとんでもない計画が始まった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!!
以前に短編で書いた話を連載を意識したプロローグ風に書き足してみました。
評価が多かったら連載したいと思いますので、もし続きを書いて欲しいと思った方がいましたら、画面下の「☆☆☆☆☆」から評価をお願いします。
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