2.証言する腕
一応、検屍役の旦那から言質は戴いたが、だからっていきなりバラすような真似もできねぇ。反りの具合がはっきり判るようにスケッチしておいて、旦那に確認してもらってサインを貰う。後々のための証拠ってやつだ。自称「賢者」のやつが開発した撮影の魔術ってのもあるらしいが、扱いが結構難しいとかで、使える者は多くねぇ。撮影の魔道具ってやつもあるそうなんだが、これはこれで値が張るしな。勿論、しがねぇ駆け出しの死霊術師にどうこうできるようなもんじゃねぇ。
で、こういう場合はスケッチを残すのが定番だ。これだけでも随分と後の面倒が減ったそうだがな。
解剖の技術を使って腕をばらし、骨から肉――の焼け残り――を丁寧に剥ぎ取る。肘関節がちゃんと残ってて幸いだったな。注意して観察してみたんだが、骨折や剥離の痕跡は見つからなかった。……てぇ事は……
(……普通に腕を伸ばした状態で、手が反対側に反ってたって事なんだよなぁ……)
こりゃ、下手人は女の可能性も出てきたか。
「おい、何か判ったのか?」
「判ったってぇか……ある疑いが出てきたってとこなんですけどね。この後も幾つか調べるつもりですが、その都度逐一ご報告しますかい?」
「む……いや、後で纏めて報告してくれるか」
「解りやした」
――ま、その方がお互い面倒が少なくて好いやな。
(三角筋粗面は……結構発達してんな。これだけだと男の骨みてぇに思えるんだが……長剣だか大剣だかを振り回してたってぇからなぁ……断定するなぁ難しいか……)
改めて、綺麗にした上腕骨――左腕な――を取り上げて、骨端部の様子を観察する。骨端線はすっかり閉鎖してる……って事ぁ、二十歳は超えてるか。
――身体の成長に伴って骨も成長していくが、その成長は骨端部にある軟骨が担っている。この軟骨の層を骨端線と呼ぶ。骨の成長が完了する頃には軟骨は硬骨に置き換わっており、表面的には骨端線は消失している(骨端閉鎖)が、Ⅹ線写真ではなおその存在を確認する事ができる。
骨端線の閉鎖すなわち骨の成長が完了する時期は骨ごとに、或いは部位ごとに異なっている。上腕骨の場合、上腕骨近位すなわち肩側の端は十八~二十一歳、概ね二十歳頃に癒合し、上腕骨小頭すなわち肘側の端は十四~十八歳、概ね十七歳頃に癒合を終える。
……骨には関節炎の兆候もほぼ出てねぇし……二十歳をちょい過ぎたくれぇか? ま、魔術による若返りとかのインチキをしてなければって話だけどな。あとは……身長の推定ってやつを試してみるかね。
「……おぃ、骨の長さなんか測ってどうするってんだ?」
「ま、ちょいとお待ちを」
――残された一部の骨の長さから身長を推定する方法として、地球世界ではトロッター=グレザー(一九五八)の公式や藤井(一九六〇)の公式が知られている。こちらの世界でも、嘗て転生して来た地球人によってその知識がもたらされたが、その検証・確立という点では未だ途上にあった。
……暫定的に「トロッター=グレザーの公式」ってやつで計算……男か女かで計算式の係数と定数が違うんだよなぁ。……七三で女だと思うが……ま、念のために両方計算しておくか。……結構背が高ぇな……
さて、これで判る事ぁ全部……いや……念には念を入れて、成分の分析ってやつもやっとくか。後でいちゃもん付けられちゃ堪らねぇしな。検査紙はまだ残ってた筈だし……
「……おい? 今度は何をするつもりだ?」
「へぇ。ちょいと骨の欠片を燃やして、その煙から骨の成分を検査しようと思うんですが……何か拙かったですかぃ?」
「……いや……この際だ、やれそうな事は何でもやってくれ」
「んじゃ、ちょいと失礼して……お?」
「何か判ったのか?」
「へぇ……どうもこのホトケさん……たぁ限らねぇか……ま、この腕の持ち主は、軽い鉛中毒に罹ってるみてぇですぜ」
「鉛中毒だと?」
――これも過去の転生者によって、この世界でも重金属中毒についての知識がもたらされていた。
その中でも骨に蓄積される鉛の中毒は、髪の毛に蓄積される砒素と並んで、検屍官や死霊術師にはお馴染みの重金属中毒だと言えた。
「……今頃鉛の容器を使っている地域があったか? 鉱山でも排水には注意している筈だが?」
「そりゃ、お上がやってるちゃんとした鉱山はそうでしょうけどね、こっそりと盗み掘りしてるような場所は違いまさぁ。それと、鉱山として使われてない鉱脈だってあるでしょうし。……ま、その辺りはお上やギルドの方が詳しいんじゃ?」
「むぅ……」
・・・・・・・・
ま、こんな感じで、俺は探り出した事をギルドに報告して終わったわけだ。その後の事ぁ知らねぇよ。
……聞いた話じゃ、下手人の大女が抵抗して斬り死にしたとか、盗まれたお宝は結局めっからなかったとか、そのせいでどこぞの貴族が落ち目になったとかいうが……ま、俺にゃあ関係の無ぇこった。
【参考文献】
・Trotter, M and Gleser, GC (1952). Estimation of stature from long bones of
American Whites and Negroes. Am. J. Phys. Anthropol. 10 (4): 463-514.
・片山一道(一九九〇)「古人骨は語る――骨考古学事始め」同胞社.(一九九九年文庫化.角川ソフィア文庫)
・佐宗亜衣子・埴原恒彦(一九九八)日本人女性の新しい身長推定式.Anthropol. Sci. 人類学雑誌106(1):55-66.
・Wikipedia. Estimation of stature. (https://en.wikipedia.org/wiki/Estimation_of_stature) 2020年12月3日閲覧.