1.遺された腕
お久しぶりの死霊術師シリーズ、今回は二話構成です。
「ぶった斬られた腕に死霊術? ギルマス、本気で言ってんですか?」
死霊術師がソロで冒険者なんかやってると、色々と妙な依頼を持ち込まれる事も多いんだが……そん時の話は抜きん出てぶっ飛んでやがったな。
何しろ、叩っ斬られた腕の身許を死霊術で解き明かせ――ってんだからよ。
先方の言い分によれば、遺された腕が死んでるのは確かなんだから、だったら死霊術で何とかなるんじゃないか――ってぇんだが……誰が聞いても無茶な話だと判るわな。だって、腕一本なんだぜ? 耳も無けりゃ口も無ぇ。逆さに振ったって、身許なんざ訊き出せるわきゃ無ぇだろうによ。
冒険者ギルドも、何考えてこんな依頼を受け付けたんだか……
「いや、あちらさんはどうだか知らねぇが、ギルドはそこまで血迷っちゃいねぇ。ただな、現場に遺されたブツってなぁ、後にも先にもその腕一本だけしか無ぇんだ。何かの手懸かりでも掴めりゃあ、御の字だと思ってよ」
詳しい事ぁ聞かなかったが、何でも下手人はどっかの貴族のお宝をかっ攫ってずらかったらしい。ただ、お貴族様の方もやられっ放しってわけじゃなくて、下手人の腕を一本、付け根から叩っ斬ったんだと。
お貴族様の方じゃ、何が何でも下手人を挙げて、お宝を取り戻さなきゃいけねぇってんで、そりゃ大層な剣幕なんだとか。鵜の目鷹の目蚤取り眼で探し廻ってるそうなんだが……
「ただ片腕の男ってだけじゃ、大した手懸かりにゃならん。ポーションか何かで古傷らしく誤魔化してやがるかもしれんしな」
当ても無く探し廻ってても埒が明かねぇってんで、遺された唯一の物証を吟味しようって事になった――ってのがギルマスの言い分だった。
「そりゃ解りましたけどね、だからって何で俺みてぇな駆け出しんとこへ話が来るんですか? ギルドにだって検屍役の一人や二人はいるでしょうに」
どうせ情報が出なかった時に迸りを受けちゃ面倒だってんで、切り捨てても惜しくねぇ下っ端の俺を引っ張り出したんだろう。
肚ん中じゃムカついたが、どのみち俺みてぇな下っ端が、ギルドに盾突くなんざできるわけもねぇ。渋々現場へ出向いたわけなんだが……
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「いや……叩っ斬られた腕って聞いてたんですけど……こりゃ、斬られたんじゃなくって……」
予想外だったなぁ、問題の「腕」が斬り落とされたもんじゃなくて……
「あぁ、火魔法喰らって吹き飛んだらしい」
「消し炭じゃねぇですか……」
……まぁ、消し炭ってなぁ大袈裟だが、こんがりと黒焼きになってたなぁ本当だ。刺青とか疵痕とか黒子とか体毛とか肌の色とか……手懸かりになりそうな一切合財が、跡形もなく吹き飛んじまってた。……なるほど、こりゃギルドの検屍役も音を上げるわけだぜ。
俺ぁ以前に「賢者」を自称する幽霊から「指紋」の話を聞いた事があって、そいつでどうにか目星を付けられるんじゃねぇかと思ってたんだが……そんな当ては綺麗さっぱり外れちまった。
「とにかく、ご覧の通りの有様でな。俺もそれなりに検屍の場数は踏んじゃいるが、今度ばかりはお手上げだ。死霊術師なら、何か良い知恵を持ってるんじゃねぇかと思ってな」
ギルド差し向けの検屍役の旦那も、ほとほと困ってるようだった。
さっき話した「賢者」の幽霊から、骨から身長を推定する方法ってのを聞いた事はあるんだが、あれは男と女で計算式が違うからなぁ……。こんな大それた真似をやらかしたやつだ、女って事ぁ無ぇと思うが……うん?
「……旦那、この腕は最初からこうなってたんで? ひん曲げたりしたわけじゃなくて?」
「いや……? そういう話は何も聞いてないが……?」
「然様で……」
俺が気付いたなぁ、伸ばした腕が変に曲がってる事だった。……いや……こう言うと何かおかしく聞こえるだろうけどな……
えぇと……腕を真っ直ぐに……っつうか、思いっきり伸ばした時、肘が反対側にまで反っちまうやつがいるんだよ。「賢者」のやつが言うには、「反張肘」とか「過伸展」とか言うんだそうだが……これが女に多いって言うんだな。そう聞いてからというもの、俺もそれとなく目を配っていたんだが……確かに俺の見た限り、男でそんな腕をしてたやつはいなかった。女にゃちょくちょく見かけたけどな。
ただ、骨が折れたりしてそうなる例も、無くはないって言ってたしな……
……しゃあねぇ……
「この腕ですが、ばらしちまってもよござんすかね?」
「あぁ。何か手懸かりが掴めそうなら、煮るなり焼くなり好きにしろ」
手違いで一話目は少し早めに投稿してしまいました。
次話は明日の夜21時頃投稿の予定です。