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殺し屋

作者: 嘉多野光

 ピン芸人大賞、ものまねグランプリ、大喜利。ありとあらゆるお笑い賞レースや大会を総なめし、各種SNSでも連日のようにバズらせているお笑い芸人の大沢には、殺し屋という裏の顔が合った。

 大沢は、父が毒殺のスペシャリスト、母が凄腕スナイパーという殺し屋の家系に生まれた。殺し屋になるためのあらゆる教育を受ける中で、両親に見いだされたスキルが人を笑わせられる技術だった。小学生だったときに、大沢が次々に繰り出す一発芸で父が笑いを止められずに酸欠を起こし、失神したことがあった。その出来事で、大沢は笑いでターゲットを仕留める技を極めようと決めた。

 大沢があえて表舞台で仕事をすることにしたのも、本業の殺し屋のためである。顔や名前を世間に広く知られるのは、一見するとマイナスなように思える。しかし、見知らぬ人から見せられるギャグより、面白いと箔が付いている人から見せられるギャグの方が、それが例え面白くなかったとしても面白いと錯覚させ、結果的に酸欠を起こしやすくなる。それに、知名度がある方が、ターゲットとして指名される著名人たちに近付きやすくなる。

 「仕事」をするときは、ターゲットと二人きりになることが基本条件だ。監視カメラや盗聴をされていてもダメだ。自然な話の中でそれとなくボケて、ターゲットが一回ツボにハマったらそれが絶好のタイミングだ。次々にギャグを繰り出し、相手が息をする余裕をなくさせる。やがて笑いながら苦しいという不思議な状態に陥り、その状況にすらターゲットは笑ってしまい、やがて多幸感のなか意識を失う。

 ターゲットの周りに人がいる場合、周りの人物が証言者となって、直接的に手を下していないことが明白になるので警察の手は逃れやすい。一方で、相手の様子がおかしいのにギャグをし続けるのはおかしいと思われかねない。「大沢のギャグが原因で死んだ」と触れ込みが広がれば、芸能活動にも支障が出る。尤も、大沢のギャグは老若男女問わずウケるので、大人数の中の一人だけ殺すのは難しいのだが。


 ある日、大沢がバラエティ番組出演のためにテレビ局の楽屋で待機していると、楽屋のドアがノックされた。

「どうぞ」

「失礼します」

 派手な衣装に身を包んだ女性が入ってきた。最近、無名でありながら女性限定の賞レースにて一人でチャンピオンの座を勝ち取った、葉山ロジャーみかんという女芸人だ。ロシアと日本人のハーフだという。ブロンドの髪にはっきりした目鼻立ちに派手な衣装はどこにいても目立つが、実力も折り紙付きで、大沢も新しいお笑いをやる新人として気になっていた一人だ。

「本日お世話になる葉山です。よろしくお願いします」

 丁寧にゆっくり深々とお辞儀をして顔を上げた葉山の顔を見た大沢は、一瞬どきっとした。ただのギラついた芸人ではない、殺気のようなものを葉山の目から感じた。あれは「同業者」の目だ。しかし、葉山の定番衣装は全面スパンコールの全身タイツだから武器を仕込んでおく場所はないはずだ。

「よろしくね」

 大沢は何かの間違いだろうと判断して、いつも通りにこりと笑って挨拶した。特にそれ以上は何もなく、葉山は「失礼しました」と言って静かにドアを閉めた。

 大沢と葉山の距離は三メートル以上離れていた。葉山の隣にも、大沢の隣にもマネージャーがいた。毒を盛る時間もなかったはずだ。大沢は気のせいだと思うことにした。

 収録後、再び葉山が楽屋に来た。

「本日はありがとうございました。とても勉強になりました」

「こちらこそありがとう」ずいぶんと礼儀正しい若手だなと大沢は感じていた。

「あの、一つご相談がありまして」

 葉山が一歩、楽屋に踏み込んだ。大沢は思わず身構えた。万が一のために両親から一通りの「護身術」は教えられている。

「ん?」緊張している素振りが外に出ないように、あくまでも自然に身を葉山の方に向けて聞いた。

「私とコンビを組んでくれませんか」

「え?」意外な問いに大沢は思わず固まった。

「驕っていると思われるかもしれませんが、養成所時代、私と同じレベルの人がいなくて、今まで仕方なくピン芸人を続けていました。でも本当は誰かとコンビを組みたいとずっと思っていました。その方が絶対にピンより面白いはずなんです。そして今日、大沢さんとなら一緒にお笑いで世界を変えられると確信しました」

 相変わらず、葉山から言い知れぬ殺気が放たれているように大沢には感じられた。目線だけでなく、体中から滲み出ている。理性では思い込みかもしれないと思いつつ、感情はこれは間違いじゃないと警告を発していた。

「失礼ですが、大沢さんも、実は大沢さんと同じレベルの方がいないからずっとピンだったんじゃないんですか?」

「よく分かったね」

 葉山の言うことは半分当たっていた。大沢がピン芸人を続けている理由は、ピンの方が「本業」がやりやすいからというのもあるが、大沢のレベルに着いて来られる者がおらず、コンビを組んでいると足を引っ張られると思ったからだった。

「僕も、君と組んだら笑いの頂点を取れると思ってたよ」

 考える前に、なぜか大沢はそう呟いていた。防衛本能なのか、お笑いのプロとして挑戦したいのか、理由は自分でも分からなかった。

「ということは……」

「よろしくお願いします」

「こちらもよろしくお願いします!」

 互いのマネージャーが驚いている中、二人はコンビとして活動をすることに決めた。


 芸能界でのキャリアとしては、コンビを組んだのは大成功だった。

 まず、すでに世間から注目されている二人がタッグを組んだという時点で、世の耳目を集めた。次いで、大沢は中堅ながらもコンビ結成1年未満として漫才やコントの賞レースに二人で出場すると、面白いように次々と賞を勝ち取った。テレビで放映される賞レース五冠を達成した芸人は初だと、これまた大きなニュースとなった。

 コンビを組んで一年が経ち、各賞レース二連勝を賭けて二人がスタジオでコントの練習をしているときだった。

「大沢さん、次のオンナグランプリで三連勝からの殿堂入りを狙ってるんですけど、ちょっとネタ見てもらえませんか?」

 休憩中に葉山が大沢に相談した。大沢が了承するとすぐにネタが始まった。前回、前々回で優勝したネタの複線を回収しつつ、初めて見た人も楽しめるものまねコントだ。

 クスクス笑いながら大沢は「いいね」と言った。

「本当ですか? 決勝のネタも見てもらえます?」

「いいよ」

 次は、予選のネタを回収しつつまたそれを消化させるコントを出した。一回戦のものとは全く違うフリップ漫談というジャンルながらも、こちらも文句なく面白かった。葉山には芸に決まった形式というものがなく、どれをやっても一流だと世間でも言われていた。大沢は、ネタを見ながら少し自分の息が浅くなるのを感じた。

「ああ、じゃあ今度ピングランプリの最終予選があるんで、それも見てもらえませんか」

「うん、いいよ」

 なぜか大沢は断る気になれなかった。しかし心のどこかでこれまずいと感じていた。

 それから葉山は続々とネタを続けた。そのどれもがプロとして見ても面白いので、思わず大沢も笑い続けた。だんだん息が苦しくなってきて、引き笑い気味になっても笑いは止まらなかった。笑いを止めようと思えば思うほど止まらない。

 遠のく意識の中で最後大沢が聞いた言葉は、葉山の「ロシヤの殺し屋、恐ろしや……」という駄洒落だった。

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