隣の席の胡桃くん
中間テストの後、席替えがあった。
くじ引きで当てた席は窓際の列の隣。しかも真ん中付近と、よくも悪くもない席だ。
前は新藤君の近くだったのに、今度は離れちゃったと残念に思う。
新藤君はサッカー部のエースで、めちゃくちゃ格好いい。しかも優しくて誰にでもフレンドリー。成績だって悪くない。そして一般的にふくよかと言うよりおデブな体型の私にだって、めちゃくちゃ優しい。なんていうイケメン。
「あ、胡桃くん休んでるから、俺が机移動させるよ」
自ら進んで雑用するとか、なんだもうすべてがイケメンか。イケメン力が半端ない。
新藤君が机を移動させたのは私の隣だった。クラスの男子とはあまり話した事ないので、誰が隣でも緊張しちゃうけど。
胡桃くんはちょっと不良っぽいから怖いんだねよな。
新藤君くらいしか、それなりに話してるの見た事がない。ぼっちといえばそうだけど、暗いだとか話掛けても会話しないとかじゃない。
なんかぽやーってしていて、グループ分けの時は最後まで余るのに、「余っちゃったよ先生」とか平気で笑って言いのける人物だ。
茶髪に染めてるしピアスもしてるし、けど剣呑な雰囲気がない不思議くん。
誰彼構わず喧嘩をふっかけて来るような不良より全然マシだけど。やっぱりちょっと怖いかな。
彼が登校した日、苛められたりしないかけっこう緊張していたのだけれど。
教科書は忘れるし、筆記用具も忘れるし、財布すら持ってこないとか。ぼんやりしすぎているわと驚愕した。
色々と貸してあげたら、何だか懐かれたような気がする。
胡桃くんは放課後までぼんやりとしてたけど、帰り際にニコニコと手を振ってくれた。何だか気恥ずかしい。
それからというもの、何かと一緒になる事が多くって。しかも胡桃くんは天然なのか時々ドキッとするような事を言うし。
揶揄って遊んでるんじゃないかって思う事はあるけど、胡桃くんからはそういう嫌な感じがしない。
「綾音さん、綾音さん。見てみて、良い物持ってきた」
夏休み直前、終業式の日の朝、胡桃くんは珍しく早目に教室に来てた。
「はい、勉強付き合ってくれたお礼」
渡されたのはバニラ味のパックジュースだった。
「あとね、アイスもある」
好きなの選んでと胡桃くんは笑ってるけど、それって今食べないと溶けちゃうし、学校にアイス持ってくるってどうなの。
それを指摘したら、胡桃くんはやっぱり拙かったかなと困ったような顔をした。
胡桃くんはよく金魚みたいと私の事を言うけれど、私からしたら胡桃くんは子犬みたいにしか見えなくて。
困った顔をされるとどうにも見捨てておけないというか、手を差し伸べたくなるというか。
「仕方ない、証拠隠滅しよう。はい、綾音さん」
バニラ味のアイスを手渡され、仕方なくだけど食べてあげる事にした。
「あー、良い物食べてるじゃん」
友人の美誠が声を掛けてきた。ギャルな見た目だけど、とっても良い子なのだ。それから誰とでも仲良くなれる気さくな子。
「胡桃、私のは?」
「ないよ、だってこれ綾音さんへの貢物だもの。特別だよ、特別」
「羨ましいなー」
ニマニマとした表情でこっちを見るのはやめてほしい。なんだか勘違いしちゃうし、本当にやめてほしい。
貰ったアイスの味は、甘かった気がするけど、やっぱり分からなかった。