綾音さんと応援
隣の席の綾音さんが、休み時間にめずらしく何か真剣に作っていた。
団扇に何かを貼り付けている。なんだろうかと覗いていると、ギャルさんが綾音さんにやってるねと楽しげに話しかけてきた。
「それ何作ってるの?」
「今度、新藤くんの試合にうちら応援行くからさ。ちょっと気合いれちゃおうかと思って」
ギャルさんが頑張って作ったんよと、何枚もの団扇を見せてくれた。頑張れ新藤くんと書かれてる団扇が、キラキラとデコられている。
「私の従姉がね、アイドル追い掛けてて。こういうの作るの得意みたいで、教えてもらったんだ」
可愛くデコったのと、ギャルさんは得意げだ。横断幕を持っていきたかったそうだが、値段等を考慮して取りやめになったらしい。
イケメン君はサッカー部のエースだから、学年を通して応援に行く女子生徒は多い。綾音さんとギャルさんも、次の休みの日の試合の応援に行くんだと意気込んでいるようだけど。
「胡桃も行く?」
次の休みの日は用事があるので、ギャルさんのお誘いを断る。付き合い悪いぞと団扇でつついてきた。
綾音さんがバイト先のクレープ屋に来て以来、どうやら姉が経営しているのを知ったギャルさんが気さくに話しかけてくるようになった。何でもギャルさんもあのクレープの大ファンになったそうだ。
ギャルさんをも魅了するカロリーオフという言葉。カロリーはゼロじゃないのに、恐ろしい魔性の囁きだ。
「あっ…!!」
ギャルさんと話をしていると、綾音さんが絶望的な声を上げた。
見ればハサミでざっくりと、新藤君という文字を切り裂いてしまったようである。近くで話しすぎたかな。
邪魔しちゃったかなと思ったけれど、綾音さんはこんなこともあろうかとと言いながら、机から新しい紙を何枚も取り出した。
けれども。
「あっ、また…」
「切り過ぎちゃった」
「あああっ、のりが、のりが髪の毛にくっついて…」
「あれ、なんか団扇が大きくなっちゃってる?」
綾音さんは満身創痍である。
ギャルさんと見守っていたけれど、どうやら綾音さんの手先はとても残念らしい。
プリントアウトした紙を団扇の形に切って貼り付ける。その作業は綾音さんにとって難易度が高過ぎるようだ。
「…綾音、あんたアイメイクとか上手じゃん?」
「あ、あれは慣れというか長年の積み重ねで身についた技術というか…」
これは別問題だと綾音さんは嘆いていた。
普段綾音さんはあんまり化粧とかしてないみたいだけど、上手なのか。ばっちりメイクしてる姿も見てみたい気がする。
「ナチュラルメイクも得意だもんね、綾音は」
「そ、そんなことないけど」
ギャルさんに褒められて綾音さんは照れている。休日の綾音さんをちょっと見てみたくなった。
最終的に、凄くギザギザに切られてるものの、綾音さん作成の団扇は出来上がった。見守っていたギャルさんと、完成を祝して拍手をしたのはいうまでもない。
用事の途中で休憩がてら抜け出してみる。あの後、ギャルさんに聞いた試合場所は用事がある所と近かったので、せっかくだからと行ってみる事にした。
やたらと通行人に女子がいるのは、多分気のせいじゃない。皆なんか意気消沈してるけど、コレはイケメン君負けたかな。
と、そんな中、一際目立つのが。
「…ねーちゃん?」
「うわああん、超感動したわぁ」
何故か綾音さんやギャルさんと一緒に、姉がいた。あれ今日の店の営業はどうした。
「仕入れ業者との兼ね合いで今日は臨時休業。皆に誘われたから、試合みにきてたのよ」
綾音さんからハンカチを借りた姉が、涙を拭きつつ答えた。綾音さん、ほんとに面倒見いいな。
「新藤くんが最後まで諦めずにチームを引っ張ってて、白熱してたんだけど」
「最後対戦相手にPK取られちゃて…」
それで負けたと。格上の相手に食らいつく様に感動したと、ギャルさんが熱く語っている。綾音さんは何やら先程から黙ってしまっていた。
どうしたのか聞いてみると、応援し過ぎて声が枯れたとの事。
それならさっきコンビニで買ったものの中に、良い物が。
「綾音さん」
「…?」
綾音さんの口に飴玉を入れる。蜂蜜入りの喉にきくやつ。お気に入りの逸品である。
「甘くて美味しい〜」
綾音さんの顔がぽやんと緩まる。綾音さんのキリッとした顔が柔らかくなる瞬間は好きだな。
綾音さんを見て和んでると、姉が私にも頂戴とねだって来た。なのでコンビニで買った飲み物をそれぞれに差し出した。
「そういえば胡桃くんは、何か用事があったんじゃ?」
綾音さんが飲み物を受け取りながら、何気なく聞いてきた。
どうしよう、なんで言おう。隠すつもりはないけど、なんか恥ずかしいというか。
「あー、うちの弟ね。バンドをやってるのよ」
こっちの戸惑いなどお構いなしに、姉がバラした。
綾音さんとギャルさんが驚きの声を上げている。うう、恥ずかしい。
「楽器とか演奏できるのって、素直に尊敬する」
私不器用だからと、綾音さんが自作の団扇を見ながら言った。ぎざぎざになった縁を指で辿っている。
「最後まで自分でやった綾音さんも、尊敬する」
「…なんて事いうのよ、もう」