綾音さんとご褒美クレープ
バイト先で、隣の席の綾音さんに会った。
「えっ、ここでバイトしてるの?」
似合わないと言いたいのかもしれない。うん、パステル調の可愛い店内には、自分は不釣り合いだ。凄くわかってる。
でも悲しいかな、どこの家庭でも序列というものが存在するのだ。そして大抵弟より上なのが姉である。
「お姉さんが店長さん?」
「若くして独立した結果、人件費は必要最低限なので、身内が駆り出される事になる」
最初は無料で手伝えとか言ってきたから。流石に親が、それはダメよと姉を叱り、バイト代が支給される事になった。無料奉仕とか、まじ無理。
それにしても今日はどうしたのだろう。綾音さんは一人である。
まあ姉の店はイートインスペースはあるけど、そんなに広いわけじゃないクレープ屋だ。そこまで考えて、この前イケメン君やギャルさん達と来た店ってもしかして。
「あ、うん、そうなの」
リピートしてくれるとは、気にいったのだろうか。姉の店が閉店するよりは良いので、リピ客には是非サービスしよう。
綾音さんは金曜日の生クリームカスタードスペシャルすら封印して、増加してしまった分をマイナスにしようとしていた。で、ついに昨日の夜、目標を達成したそうだ。
今日はそのお祝いに、前回諦めた生クリーム山盛りのクレープを食べにきたらしい。
綾音さん、また明日から地獄を見るんじゃ。まあ綾音さんの食べてる姿は和むし可愛いから、良いのだけど。
「どれにするの?」
「ちょっと待って、考えさせて」
まあ今日は雨だからお客さんこないし、綾音さんには後悔のないようじっくり選んでもらおう。
多分今日の夜に後悔するだろうけど。
10分くらい悩んで、綾音さんは生クリームマシマシの苺チョコカスタードを選んだ。前から思ってたけど、綾音さん生クリーム好きなのか。
「…カロリーの高いものって、美味しいのよ」
「あ、うん、そうだね」
どこか達観したような、遠い目をして綾音さんは言った。
まあともかく今は注文の品を作らなきゃ。散々姉に練習させられたので、クレープ作りの手際は良いのだ。
綾音さんは目をキラキラさせて、出来上がりを待っている。そんな綾音さんにはちょっとサービスしてあげよう。
「ドリンク頼んでないけど」
「隣の席のよしみで、サービス。姉ちゃんの店、贔屓にしてね」
綾音さんはちょっと迷ったようだけど、飲み物を受け取ってくれた。はにかみながら、ありがとうとお礼をいう綾音さんの顔は、ちょっと赤かった。
「あれ、綾音さん」
「し、新藤くん!?」
雨の中、新たにやってきたのはイケメン君だった。雨で部活が中止になったので、小腹も空いたからとここに来たらしい。
綾音さんとは違い、がっつりツナ卵ピザチーズなクレープを注文してくるあたり、まさに運動部だ。
出来上がったクレープを渡すと、爽やかな笑顔で綾音さんの隣に腰掛けた。まあ狭い店内だから、座るとなるとどうしたって隣だな。
「ここ美味しいよね」
「う、うん」
綾音さんはもじもじして、クレープを食べれずにいる。イケメンの前では、食欲は負けるのか。流石イケメン。
とりあえずイケメン君にも、サービスのドリンクをあげよう。やる事なくて暇だし。
「ありがとう、胡桃くん」
イケメンの笑顔は凄いな。もっとお布施したくなる不思議。
もじもじしてる綾音さんに、使い捨てのスプーンを渡した。クレープを口いっぱいに頬張る綾音さんを見たかったけど、イケメン君がいるなら仕方ない。
ちまちまとクレープを食べる綾音さんも、なかなか可愛い。
三人で駄弁ってると、店長たる姉が帰ってきた。サボるなと言いながらも、綾音さんとイケメン君がクラスメイトと知ると、弟がお世話なってますとか言ってアイスを持ってきた。いやちょっとそういうの恥ずかしい。
イケメン君がクレープの感想を言っている。姉はドヤ顔をして満更でもないように得意げだ。
「うちの生クリームはねぇ、研究に研究を重ねて作り上げた、濃厚さ甘さそのままカロリーオフを実現させた夢のような逸品なの! 超オススメよ」
「こんなに美味しいのにカロリーオフ!?」
「そうなのよ、やっぱり美味しい生クリームをいっぱい食べたいじゃない? だからこそ目指したカロリーオフの道…! いっぱい食べてね」
綾音さんは姉を尊敬の眼差しで見ていた。綾音さん落ち着いて。カロリーオフとは言っているけど、どれだけオフしてるか言ってないからね。そしてカロリーはオフにされてもゼロじゃないからね。
イケメン君も凄い人のように見ちゃってるけど、結局のところこのクレープ屋さん。姉が生クリームいっぱいのクレープを、満足するまで堪能したいという欲望から出来上がったというのに。
弟にクレープの作り方を教えるのも、自分が働いて疲れた時用だからね。
姉に呆れた視線を向けていると、くるりと振り返った綾音さんが、満面の笑みでクレープにガブリついていた。
「美味しい」
顔を蕩けさせるかのような笑顔を綾音さんは可愛い。しかもそれが、自分が作ったものだったりすると、ちょっとドキドキしてしまうのは、気のせいだろうか。
綾音さんとイケメン君が帰った後、姉がニヤニヤしながら背中を叩いてきたのは、ちょっとウザかった。