綾音さんとスペシャルなパン
隣の席の綾音さんは、金曜日だけ購買に行く。
そこで生クリームカスタードスペシャルなパンを買って、それはもう幸せそうに食べるのだ。
基本はお弁当なのだけど、金曜日だけは特別らしい。
そんなに好きなら毎日食べれば良いのに。
「な、なんて事いうのよ。毎日食べたらまた太っちゃう…」
綾音さんは見た目を気にしてるようだ。お腹に手を当てて俯いている。そんなに気にする事ないのに。
けどそれなら無駄になっちゃったか。手元の購買の袋を見ていれば、綾音さんも気付いたらしくあっと声を上げた。
「この前のお礼に買ってきたんだけど…、仕方ない」
「えっ、あっ」
「自分で食べてしまうしか」
「ちょっ、ちょっと待って!!」
それ見た事ないと綾音さんが慌てている。綾音さんにお礼のつもりで買って来たのは、生クリームカスタードスペシャルの限定品。水曜日だけ売ってる生クリーム鬼盛りバージョンだ。
「そ、そんなの知らなかった…」
見るからに落ち込んでる綾音さんに、どうぞと差し出した。
「うう、お弁当食べちゃったけど。でも限定品…、食べたらカロリーが…でも」
「やっぱり自分で食べようかな」
「駄目、私が食べる!!」
生クリームの誘惑に負けた綾音さんは、顔を緩ませてパンを食べている。餌を食べる金魚のエリザベスみたいで、見ていてとても和んだ。
あっという間に食べ終えた綾音さんは、先程とは違い険しい表情で今日は運動しようと呟いている。
けれどもそんな綾音さんに、刺客がやってきた。
「あ、コレあげるよ、良かったら食べて」
イケメン君がクラスのみんなにチョコを配って来たのだ。何でも親戚から大量に貰ったけど、イケメン君含め家族はあまりチョコを食べないそうだ。嫌いじゃないけど量はいらないらしい。
外国製のお高そうなチョコレート。一個一個パッケージされてないので、貰ったその場で口に入れた。
濃厚で甘い。ナッツが入ってて美味しい。綾音さんはイケメン君から貰えて嬉しいようだけど、手中のカロリー爆弾に顔を痙攣らせていた。
「食べないなら頂戴」
「駄目、わたしが食べるから!!」
綾音さんは取られそうになり焦ったのか、慌てて口に入れた。そしてチョコの甘さに悶えるように顔を緩ませている。今度は綾音さんにチョコあげよう。
綾音さんを見て和んでると、クラスのギャルさんが話掛けてきた。綾音さんは真面目な優等生だけど、見た目まんまギャルな格好の女子とも仲が良い。
「綾音、今日の帰りみんなで一緒にクレープ食べ行こう」
「えっ!!??」
「何、なんか用事あった? 新藤くん部活休みだってから、誘ったら行くって話しだけど」
綾音さんを釣るにはイケメン君が効果的らしい。綾音さんが葛藤している。もの凄く葛藤している。
「クレープ屋さん、綾音が行きたいって言ってた生クリームのお店…」
あ、堕ちた。
綾音さんはギャルさんと約束を交わして、そして席で頭を抱えている。
「一番、…一番カロリーが少ないのを選べば…」
悲痛な面持ちで、綾音さんはギャルさんやイケメン君グループと帰っていった。
次の日、綾音さんは机に顔を伏せて落ち込んでいた。イケメン君はクレープ美味しかったと上機嫌で話してたから、綾音さんが何かやらかしたわけではなさそうだ。
ボソボソと何か言っている。
なになに、クレープは一番シンプルなものを選んで食べたけど、夕飯が大好物のクリームコロッケで食べちゃったと。うん、おかわりもしたのか。
そんな日に限ってお父さんがケーキを、お姉ちゃんがドーナツをお土産に買って帰って来たと。
なにその天国。綾音さんにとっては地獄かな。
「食べちゃった?」
「…食べちゃった」
もう今日は何も食べないと綾音さんがいう。とりあえずがんばれと応援しておいた。
昼休み、綾音さんの横で生クリームカスタードスペシャルを食べていると、何故か睨まれた。解せぬ。
本当に何も食べない気らしく、綾音さんはその後で、寝たフリで昼休みを乗り切っていた。
でも悲しいかな、五時間の休み時間、綾音さんのお腹が凄まじく鳴った。休み時間の喧騒で、隣の席までしか届かなかったけど。前後の席の子達は、どっか行ってたからセーフ。
途端に真っ赤になる綾音さんに、購買で買って食べ切れなかったチョココルネを差し出す。
「だ、ダメよ、今日はなにも食べないって決めだんだから」
「でもお腹空いてるんでしょ」
「お腹を空かせないと、お腹のお肉がきえないの…!」
「授業中も鳴っちゃうよ?」
「ふっ…ぐっ…」
綾音さんのお腹がグゴゴッとまた鳴ってしまった。真っ赤になる綾音さんはエリザベスみたいで可愛くて好きだ。けれどもまあカロリーがと泣きながらも、美味しそうに食べる綾音さんは可愛いと思う。
「な、なんて事いうのよ…」
顔を赤くしながらも、チョココルネを食べる綾音さんは可愛い。




