綾音さんと隣の席になった俺
風邪で三日程休んでるうちに席替えがあったらしい。
教室に入るなり、クラスで一番のイケメン君が親切に教えてくれた。しかも体調大丈夫とか気遣ってくれてだ。
顔だけじゃなく性格も良いだなんて。
朝から眩しいものを見てしまったと、眼を細めながら新しい自分の席につく。窓際の列のちょうど真ん中である。クラスに仲の良い友人がいないので、どこであろうともまあ問題ない。
「…おはよう」
「おはよ」
隣の席の生徒は綾音さんだった。
ストレートの黒髪に、鋭い目つき。可愛いより綺麗という雰囲気の持ち主である。但し痩せてれば、と言ったのはいつも下ネタばっか言ってる男子生徒だっただろうか。割と失礼だ。
ややふくよか、むちむちぽちゃっとした体型の綾音さん。柔らかそうで良い。前からちょっと気になっていた子ではあった。
先程、イケメン君と話してる時から視線を感じていたけど。睨むような顔で挨拶してくるあたり、何かあるのだろうか。
同じクラスになってからというもの、席とか近くじゃなかったし直接関わった事はない。
話した事はないのに嫌われる事とかあるかな。いやなんとなく嫌いとか良くある話か。なんか嫌われるような要素あるのかなと首を傾げながら綾音さんを観察すると、その視線はイケメン君に注がれていた。
しばらく綾音さんの横顔を見つめてみる。絵に描いたような、恋する乙女の顔だった。
イケメン君と誰かが付き合っているとかの噂は聞かない。となると、綾音さんの片想いとかだろうか。
綾音さんがイケメン君と仲良く話してる姿もみないし、もしかして朝から会話してた自分が羨ましいから睨んじゃったとかそういうやつか。
分析した結果を綾音さんに言ってみたら、顔が一気に真っ赤になった。
何か言いたげに口を開いては、言葉がないのか閉じるのを繰り返している。
「うちで飼ってる金魚みたい」
「はいっ!?」
「可愛い」
「な、なんて事言うのよ!?」
思わずといった様子で綾音さんは大声を上げた。その所為か、クラス中の視線が集中してしまう。その視線の中にはイケメン君のもあって、綾音さんは慌てて何でもないですと言って俯いてしまった。
その横顔はやっぱり真っ赤なので、飼ってる金魚の中でも一番赤くて大きいエリザベスにそっくりだなと思った。
エリザベス、今頃何してるだろう。金魚だから泳いでるかなとぼんやりとしていると、机に小さく折りたたまれた紙が置かれた。
置いたのは綾音さん。なんだろうと広げてみれば、からかうのはやめてねと書かれていた。あと教科書出した方が良いというアドバイスも。
いつの間にか授業が始まってたようだ。先生に見つかったら怒られるとこだったと、綾音さんに感謝しながら教科書を取り出そうとして気付いた。
こそりと綾音さんに教科書見せてと話しかけてみる。忘れたと正直に言えば、眉を寄せながらも見せてくれた。
「ノートと筆記用具は?」
「…あっ」
それも忘れたといえば、綾音さんは呆れた様子で、何しに学校に来たのよと言った。自分でもそう思う。
綾音さんからルーズリーフをもらい、予備の筆記用具を借りた。さっきから思ってたけど、綾音さん面倒見が良いな。
綾音さんは真面目に授業を受けているようで、真剣そのものである。邪魔しちゃ悪いかと思って、今度は窓の外を見ながらエリザベスの事を思い浮かべた。
「……ちょっと、ねえ、ちょっとってば」
体を揺すられて、パチリと目を覚ます。寝起きは良い方なので、声を掛けてきた方へ視線を向けた。どうやら隣の席の綾音さんが肩を揺すっていたようだ。
何か用事かなと聞いてみたら、呆れた表情でもう昼休みなんだけどと言われた。いつの間にか授業は終わっていたようだ。そういえばお腹が空いた。
「…あっ」
「えっ、な、何?」
バックの中を探ってから、思わず声を上げてしまう。綾音さんがビクッとしてこちらを見てきた。
「財布忘れた」
「……ねえほんと、学校に何をしに来てるの?」
一応授業を受けに来てるつもりなのだけど。
綾音さんは困ったような表情を浮かべた後で、500円貸してくれた。これで学食か購買で何か食べれる。綾音さんに感謝を捧げていると、イケメン君が何してるのと聞いてきたので、素直に経緯を伝えると、顔を引きつらせながら笑いを堪えていた。普通に笑ってくれて構わないのに。
「面倒見良いんだね、綾音さん」
「……そ、そんな事ないけど」
綾音さんはイケメン君に言われて、満更でもないように照れている。肩につくくらいの髪の先をいじりながらもじもじしてる姿は、水槽の端っこで泳いでいる時のエリザベスにそっくりである。
「やっぱり金魚みたい」
「な、なんて事いうのよ」
綾音さんは意味がわからないという顔をしたので、金魚みたいで可愛いと言ってみた。すると綾音さんは顔どころか全身真っ赤になってしまった。
「なっ、なんて事いうのよっ…!!」
ポコポコとたいして痛くない抗議の拳を受けていると、イケメン君が仲良いなと笑っている。綾音さんは違うからねと否定したけど、イケメン君は朗らかに笑っているだけだった。
イケメン君が友達に呼ばれて行ってしまった後で、綾音さんは怒りながら席に座った。ごめんねと一応謝ってみるが、綾音さんはそっぽを向いてしまって返事がない。
怒らせたかったわけじゃないんだけど。どうしようかななんて思ってると、綾音さんが眉を寄せたまま話し掛けてきた。
「……ねえ、もう昼休み終わっちゃうよ」
「…あっ」
ぐうと盛大に腹がなってしまった。多分間違いなく購買は閉まってる。
綾音さんは居た堪れない顔をして、お弁当のおかずの卵焼きを一切れくれた。やっぱ面倒見が良いな、綾音さん。




