表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
終章 未来への道筋
99/105

第99話 公王の贖罪

「陛下……」

 これ以上レイヴン公子から聞きだせる内容は無いと判断した私たちは、信頼できる騎士達にその場を任せ、陛下が治療されている部屋へとやってきた。


「陛下の具合はどうだ?」

「処置が早かったので今は軽く抑えられておりますが、肝心の毒の方の進行が……」

「そうか……」

 容態を見た医師の話によれば、陛下が何らかの毒に侵されている事すぐに見分けがつき、傷の治療を後回しですぐに毒の除去へと注力してくださったのだという。

 そのお陰で毒の症状は比較的軽めに押さえ込むことには成功したらしいが、毒を完全に拭いきれることまでは出来ず、解毒の方法を見つけ出すためにレイヴン公子がいる牢へ行きかけたところで、私たちがやってきたということだった。


「それで陛下の命はどれほど持つ?」

「今の段階では何とも。幸い……と言っていいのかわかりませんが、処置が早かったので今直ぐに毒が全身に回るということはございませんが、逆に言えば焼かれるような苦しみをその分引き延ばすことにもなりますので……」

 もともと苦しめる事を前提で作り出された猛毒という話なので、命を引き延ばせば延ばすほど、陛下は毒の苦しみに耐え続ける事になる。

 医師もまさか、ナイフに塗られていた毒がヨルムンガンドだとは思っていなかっただろうし、その場で出来うる限りの処置をした結果がこれなので、何ともいたたまれない気持ちをされているのではないだろうか


「やはり救い出すには解毒薬は必須という事か」

「はい。ヨルムンガンドは僅かな量でも死に至る猛毒と聞きます。現代医療ならば毒の進行を抑えこむ事は出来るでしょうか、完全治療にはやはり……。今は気休めにはなりますが、睡眠薬などで誤魔化すしかないでしょう」

 医師の話を聞き、ヘンドリック様の強く握りしめた拳から血が滲み出てくる。

 助けたくとも助けられない。傷自体は大した事がないのに、肝心の治療の為の薬草が見つからない。

 ヘンドリック様からすれば、あの時自分がレイヴン公子に合わせろと言わなければ、レイヴン公子がナイフで襲いかかって来た時、なぜ防ぎきれなかったのかと嘆いておられる事だろう。


「教えて下さいヘンドリック様。解毒薬に必要とされる薬草とはなんなのですか?」

 私たちの気持ちを代表してか、アレクがヘンドリック様に尋ねる。

「アレクか……。ヨルムンガンドはもともと尋問をするために生み出されたものだとは説明したな」

「はい」

「その後、凶悪な死刑囚などにも使われるようになったが、ヨルムンガンド本来の使い方は、敵国の情報を聞き出すために作られたのだ」

 ほんの100年ほど前まで、この大陸では覇権をめぐる戦いが繰り広げられていた。ヨルムンガンドはそんな時代に敵国の間者から、命を天秤に掛けて情報を聞き出すために作られた猛毒。

 毒を盛られた人間は焼けるような熱さに苦しみ、拘束されている状態から自ら死を選ぶ事も出来ず、解毒薬をチラつかせながら救いを求めさせて情報を引き出す。そんな目的のためだけにつくられたもの。

 今じゃすっかり表舞台からは消えたらしいが、いつの時代でも自白にせまるという状況は存在し、凶悪な犯罪者相手に使うには今でも非常に便利な道具といってもいいだろう。

 そんなヨルムンガンドの姿が消えてしまった本当の理由は、その製造方法もさることながら、治療薬となる薬草が特殊な環境しか育たないため、簡単には解毒薬が作れなかったからなのだという。


「ヨルムンガンドの解毒薬なる薬草、シルフィニウムは非常に珍しい野草で、生息地帯が限られているうえ、清らかな水と山高い場所で陽の光をいっぱいに浴び、栄養いっぱいの土でしか育たない。その関係で平地で人の手による栽培はほぼ不可能、たとえ上手く芽が出たとしても薬草本来の効果は出なかったらしい」

 結局肝心の解毒薬が用意出来なければ自白の道具には使えず、またヨルムンガンド自体を作るにもコストと手間が掛かるため、いつしかその名前は表舞台から消えることになった。

 まぁ当然よね。当時でも非人道的と言われていたうえ、自白に追い込むためにこちら側の懐具合が苦しくなっては元も子もない。ならば手取り早く、またお金も掛からない別の方法を取る方が余程効果的だろう。


「それじゃシルフィニウムは……」

「現在では生息地帯すらわかっておりません」

「そんな……」

 お城に仕える医師が言うならば、それは本当に生息地帯すら不明なのだろう。

 何とも絶望的な言葉に一同に暗い影が広がる。

 そんな時だった……


「うぅ……ここは……?」

「陛下!」

「気が付いたか!」

 全員が見守る中、トワイライト王が目を覚ました。

「ヘンドリック……、そうか私は息子に刺されたのだな」

 なんとも痛々しいお姿。刺された関係で腹部には包帯が巻かれており、毒のせいで額から大量の汗が湧き出している。

 その中でも自分の息子に刺されたという事実は、一番心に傷を負わせてしまった事だろう。

「陛下、どうかお気を確かに」

「オリーブか、お前にもすまない事してしまった……ゴホ」

「その様なお話、今はなさらなくとも……」

「いや、今だから話しておきたい。この様な事態を引き起こしてしまったのも、すべて私の甘えが引き起こしたのが原因……ゴホッ」

 公妃様と公王様の間にどの様な蟠りがあったのかは知らないが、お二人とも忌み嫌うほど仲が悪いということでもないのだろう。ほんの僅かなボタンのかけ違いで、お互い今日まですれ違いを繰り返してきた。王という立場からゆっくりと二人の時間を持つこともできなかっただろうし、常に人の目がある中での生活では、お互い心の中をさらけ出して話し合うということも出来なかったのかもしれない。

 それがこの様な形で本心が語れるとはなんとも皮肉な話だろう。


「アイーシャの事でお前やヘンドリックには悪い事をしたと思っている。だが当時の私は心の中に芽生えた感情を抑えきれなかった。それが二人を裏切る事になると分かっていたのにな……」

 陛下は当時の想いをお二人に話された。

 王という立場から、初めて感じた人を愛するという感情。たしかに公妃様の事も愛されてはおられた。そこに間違いがあったとは今も疑ってはおられない。だけどアレクとセレスの母親であるアイーシャ様には時間がなかった。

 どうやらアイーシャ様は産まれながら心臓が悪かったらしく、長く生きられても20歳前後というタイムリミットとが用意されていた。その事を公王様から告白された際に、本人は断る理由として告げられたそうだが、当時の公王様には逆に愛の感情が大きく膨らんでしまった。

 それはそうだろう、誰しも愛する人が余命幾許も無いと聞けば、自分に出来る最大限の事はしたいと思うだろう。

 結局アイーシャ様は公王様の申し出を断れず、お二人の子を産まれたのちに笑顔で旅立たれた。それがオリーブ様とヘンドリック様との仲を引き裂く原因になると分かっていて。


「私は心の中で二人なら分かって貰えるんじゃないかと考えてしまった。まったく我ながら何とも都合がいい言い訳だと、今更ながら情けなく思えてしまう」

 その結果が実の息子に刺されるという悲劇を起こしてしまったのだから、なんとも居た堪れない話である。

 アレクとセレスもまさか二人にこの様な事があったとは知らず、驚きが隠せない様子だ。


「もういいのです、今となっては全ては済んだ事。それに謝罪の気持ちを感じておられるのでしたら、元気になってから私が苦しんでいた思いを聞いていただかないと、気持ちは晴れませんわ」

「そう……だな。ゴホッ。だがこれだけは分かってほしい、アイーシャは決して金や地位が目的で私に近づいて来たのではない」

 それは何処にでもある皮肉が混じった悪意ある噂話。

 アイーシャ様はごく普通の村娘だったという話だし、その美しい容姿から当時は誹謗中傷といった、心ない噂話も多く囁かれていた事だろう。

 その事でずっと苦しめられたアイーシャ様は、公王様からの贈り物は何一つとして受け取られなかったのだという。ただ一つ、不器用ながらも公王様自らがお作りになったという、ペンダントを除いて。


「すまなかった。アレクにもセレスティアにも辛い思いをさせてしまった。それにレイヴンにも……ゴホッ」

「もういいです。もう何もおっしゃらないでください」

「オリーブのいう通りだ。とにかく今は体を休めろ。話なら後で酒でも酌み交わしながら幾らでも聞いてやる。だから今は……」

「あぁ……、もう一度……そんな事ができれば……」

 やがて先ほど医師の方が施された睡眠薬が効き始めたのか、陛下は再び眠りの世界へと導かれていく。

 残された時間は残りわずか、それまでに解毒薬を作れるかが命を救える鍵となるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ