第92話 ハチャメチャ公女様
はぁ、頭がいたい……。
突如押しかけて来たトワイライトの第一公女様。
こちらとしてはお招きすらしていないうえに、事もあろうか私の知らない事実まで口走ってくれやがりました。
なんとあのアレクがトワイライトの第二公子様だったのです!
「あの……、もしかして怒っていらっしゃいますか?」
私の不機嫌そうな様子に、すっかり小さくなってしまったセレスティアル様が話しかけてこられる。
「怒ってないわ。ただ考える事が多すぎて困っているだけよ」
はぁ……。
アレクがただの旅商人ではない事は薄々感づいてはいた。だけどそれはあくまで一市民での範囲であり、よくて貴族の端くれ、悪くとも何処か小さな商会の跡取り息子かと思っていたのだ。
そもそも何処の世界に公国の第二公子様が、普通に仕事を勤しむのというのか。第一アレクって幼少の頃より商人達と旅をしていたわよね?
「えっとですね、それは家庭の事情というものがありまして……」
セレスティアル様が言うのには、生みの母を亡くし守ってもらえるべき公王も傷心してしまい、幼少ながらも身の危険を感じた当時のアレクは、他国を査察に行くという名目で、生まれた地を離れざるをえなかったのだという。
その当時で勉学も剣術も第一公子様を超えていたと言うし、公王様からの寵愛も大きかったという事で、貴族達の中ではアレクの存在を疎ましく思われていたのではないだろうか。そこへ最愛の妻を亡くした公王の隙を突き、事故に見せかけて暗殺するなど容易い事。国には既に第一公子がいた訳だし、平民出身の母を持つアレクより、第一公子に後を継いで欲しいと思っていた者も多かったに違いない。
その点セレスティアル様は女児ということで、利用出来ることはあれど継承権問題とは無縁の存在なので、そのまま公国に残る事になったという話だ。
「大体の事情はわかったわ」
私が知る情報では、第二公子様は放浪癖があると聞いているし、私が知るアレクには帰らなければいけない場所と聞いているので、恐らくトワイライトの国民の為に、国中を回りいろんな技術や知識を探し周っていたのだろう。
そう考えれば、いろいろ空白だった部分がパズルのピースのように嵌っていく。
「それで一つ確認なんだけど、今のこの状況ってアレク……アレクシス様はご存知ないわよね?」
ここに着て一週間ほどにはなるが、少なくとも私が知る範囲では、アレクはまだアクアの地に留まっていた。
そろそろ帰らぬ私に、ノヴィア辺りが騒いでアレクに相談しているかもしれないが、流石に本人が知っていれば危険を冒してまで、妹にあんなよくもわからない道を進ませたりはしないだろう。
「あ、はい。お兄様はまだ帰られてはおられないのですが、リネア様は何かご存知ですか?」
「へ? 何で私に聞くの?」
「実はですね……」
何でも今から一週間ほど前、公王様の命でアレクを呼び戻す書簡が出されたそうなのだが、何故か肝心のアレクは戻っておらず、代わりに兄と一緒にいるはずの私がトワイライト公国に来てしまったとの事だった。
そこで不審に感じたセレスティアル公女が、王族のみが知る秘密のルートを使って私に会いに来たのだという。
だったら最初っからそう言いなさいよね、もう。
「残念だけど私は知らないわね。こちらに来る時もちょっとした観光気分もあったから、出立する時にはアレクには合ってはいないのよ」
まぁ、商会の仕事をほぼアレクに丸投げ状態なので、少なからず誰かがアレクに話をしているとは思うけれど。
「そうですか。それじゃ多分ゼストさん辺りが何かしたのかもしれませんね」
「ゼストさんって、確かアレク……じゃなかった、アレクシス様とよく一緒にいる人よね?」
「そうです。あ、お兄様の呼び方は普通に今まで通りの呼び方で大丈夫ですよ? 私も出来ればセレスと気軽に呼んじゃってください。敬語も不要です」
「そう? 正直その方が助かるわ」
アレクシスにしろ、セレスティアルにしろ、正直ちょっと呼びにくかったのよね。それにセレスの喋り方がどうもフレンドリーすぎて、ついつい私も友達感覚で話してしまって、敬語とタメ語が変に混ざり合って少々ギコチナイ言葉遣いになってしまっていた。
どうせこの場は非公式なのだし、ここはお言葉に合わせて普段通りの口調で話をさせてもらう。
「それでそのゼストさんなんだけど、どうしてアレクに何かするのよ」
私が知る二人は友人であり、仕事のパートナーであり、信頼できる仲間のような関係であった。
今はアレクがアクアの地に留まっている関係、それぞれの場所で仕事をしているらしいが、それでも時折アクアの地にやって来ては、アレクと楽しそうに話す姿を目撃していた。
「えっとですね、ゼストさんって、オーシャン公国の第三公子様なんです」
「……は?」
オーシャン公国って確かトワイライト公国に次ぐ、第二の都市として有名な公国だった筈。しかもトワイライトの公国とは関係が深く、今の公妃様はオーシャン公国から嫁がれて来たのだとか。
あれ、ちょっとまって。ゼストさんがオーシャン公国の第三公子なら、当然本人はアレクと対峙する第一公子派よね? それが何んでアレクと一緒にいるの?
「ゼストさんはスパイなんです」
ブフッ。
「でもまぁ、ご本人としては望まれてはいないのでしょうが、親の命令には逆らえず苦労されているんだと思いますよ」
なるほどね。スパイと聞いて一瞬驚きもしたけれど、ゼストさんも複雑な立場に立たされているのだろう。
アレクもそれを知っているから近づけたり、遠ざけたりしているのかもしれない。
「取りあえずアレク自身には危険はないわよね?」
「それは大丈夫だと思いますよ。幾らゼストさんでもお兄様を手に掛けるような事はされませんし、お兄様もあれで実は結構お強いので、寝込みさえ襲われなければ多分なんとかされる筈です」
中々に物騒な事を言うわね。
でもセレスが言う通り、二人の間には確かな友情がある事は私も見ているので、アレクが肉体的に傷つくような事はないだろう。
「私が聞きたかった事は以上なんですが、リネアさんからは何か聞きたい事とかございますか?」
「そうね、本音を言えばアレクの絡みの事で色々あるのだけれど、本人がいないところで聞くのは失礼だから今はやめておくわ」
「そうですか。妹としてはお兄様の嬉し恥ずかしのお話を聞いて頂きたかったのですが、流石に後でお仕置きが怖いのでやめておきますね」
おいおい妹よ、すでにアレクが隠していた秘密を暴露した時点で、たぶんお仕置きは決定だと思いますよ。
「さて、後は公妃様にどう説明するかと、セレスをどうやって帰すかが問題よね」
このまま公妃様には隠し通して、セレスには元来た道を帰って貰うのが一番なのだろうが、正直あそこの道を再び通らせるのはちょっと抵抗感を感じてしまう。
先ほど少し奥の方を覗いたのだけれど、蜘蛛の巣はあちらこちらにあるわ、よくわからない虫はウジャウジャいるわで、流石にアレクの妹を同じルートで帰すのは忍びない。
すると当然扉から帰って貰う事になるのだが、そこには公妃様への言い訳がどうしても付き纏ってしまう。
案外素直に本当の事を言えば許して貰えるのかもしれないが、こればかりは本人ではないので何とも言えないところだ。
「最悪セレス自身を差し出して、私の身の潔白を証明するのもいいかもしれないわね」
「えっと、言葉が漏れちゃってますよ……? でもたぶん全て大丈夫かと」
「どういう事?」
「えっとですね、オリーブ様は言葉や態度は厳しい方ですが、根はとてもお優しい方なんです。私が無理に押しかけたと言えば特に問題はされないと思いますよ」
うーん、セレスと話し込んでしまった事はやはり問題だとは思うが、根は優しい方と言うのは私も同意する。
そうでなければ腹違いの娘であるセレスが、こうも明るい性格には育ってはいないだろう。少々ハチャメチャ過ぎる気はするけれど。
「信じても大丈夫なの?」
「はい、後で私からも伝えておきますので安心してください。これでも実は結構仲がいいんですよ?」
少々継承権争いの中で、敵対する陣営の二人が仲がいいというのも変だが、本人が言うのだから大丈夫だろう。
「わかったわ、どうせ私じゃどうしようもないからセレスに任せるわ」
そっと心の中で元々貴女が悪いんだからと付け加えておく。
「任せてください!」
「それじゃ後はセレスを誰に送って貰うかだけど」
「それなら多分そろそろ……」
そんな話をしていた時、誰かが部屋の扉をノックしてくる。
「どうやら迎えが来たようです」
なるほど、この公女様、案外お転婆でしょっちゅう似たような事をやらかしているのだろう。
案の定、迎え入れたのは公女様付きのメイドさんで、セレスを逃げないようにがっちり手を握りながら、何度も私に頭を下げられて帰られて行かれた。
どこの世界にもいるのね、メイドに迷惑を掛けるご主人様って。
私は多分それほどノヴィアに苦労は掛けていない……はず……よね?
その日の夜、セレスの言う通り公妃様からのお叱りは一切なく、代わりに伝えられたのは第一公子様の都合がようやく整ったとの知らせだった。
「いよいよ明日がお見合いなのよね」
ベットに入るも不安と息苦しさで中々上手く寝付けない。
そんな中、足跡も立てずに私に近づく不審な影があるのだった。