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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
終章 未来への道筋
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第80話 母国からの招待状

 メルヴェール王国。嘗て私が暮らしていた国であり、実家でもあるアージェント領が存在するところ。

 一年ほど前に起こった二大公爵家の反乱は、隣国を巻き込む一つの戦争へとつながり、最後はラグナス王国軍とメルヴェール王国軍が共に王城を取り囲むという、なんとも悲しい結果として収束を迎えたのだが、その原因を作ったのが当時メルヴェール王国の唯一の王子だったというのだから救いようがない。


「確か王子様がリネアさんの故郷を焼いちゃったんですよね? それで住む家がなくなってしまった人たちが各地に散らばっちゃって、このアクアにもリネアさんを頼って多くの人が押し寄せて来ちゃった。あれからもう一年も経つんでね」

 シミジミと一年前の出来事を懐かしむココア。

 彼女の回想を踏みにじるようで悪いが、シトロンが起こした事件はその半年後、つまりまだ半年ほどしか経っていないのだ。

 それでも過去を過去として語れるのは、それほど昨年が長く充実した一年だったという事だろう。


「そうね、当時はアクアの現住人の人たちと上手くやっていけるかと心配していたけれど、思いの外みんなが馴染んでくれて助かったわ」

「それもこれも全部リネアさんの人徳ですね」

「ははは、そうだといいのだけれどね」

 ココアにはアージェント領の現状を軽く説明しているが、実は伝えきれていない内容が他にもある。

 それは叔父であるアージェント領主が、復興に尽力していなかったという点。

 私が知っているだけでも国からの援助金を己の借金返済に当てただとか、叔母とエレノーラが私利私欲のために使ってしまっただとか、到底民を導く者とは思えぬ最低の行い。


 実際私がいた時から借金まみれだったと言うし、資金援助の目的で私はどこぞのおじいさんの愛人に売ろうとしたのだから、その家計は余程緊迫していたことだろう。

 聞いた話では最大の収入源でもある鉱山は、何年も不良が続いていたというし、資金不足に追い込まれたのはある意味仕方がなかったのかもしれないが、それでも無駄遣いを抑えて質素に暮らしていれば、それなりに豊かな領地にはなっていたのではないだろうか。

 結局それまでの政策をみていた領民たちは、未だ各地の避難先からほとんど戻っておらず、アージェント領の収入は戦争前から7割程度も下がっているというのだという。


 まぁ、自業自得よね。

 復興しようにもお金はないわ、人手を集めようとしても肝心の領民はいないわで、領地に入る収入は増えるどころか減る一方。おまけに叔母たちの無駄遣いが収まる訳もなく、執事のハーベストとメイド長のマリアンヌだけを残し全員を解雇。新たに商業ギルドの募集で素人のバイトメイドを数人雇ったのだと聞いている。

 辞めさせられたメイド達は全員が育成学校の出身だから、未払いの禁止やら最低賃金が定められているので、出費を浮かすためには仕方がなかったのだろう。

 それでも由緒ある伯爵家に、保証人はいない、忠誠心もない素人メイドを招き入れるとなると、盗難防止や情報漏洩の管理は大丈夫なのかと、他人ながらに心配してしまう。


 そんな事情を抱える母国なのだが、王国で唯一の継承であるウィリアム王子は戦争直後から行方不明。その後逃亡先で死亡が確認されたとかいう話を耳にしたが、実は今もどこかで生きているのだとか、国が密かに暗殺したのだとか、いろいろな噂が流れているのだという。

 ただ今はっきりとしていることは、無能な王子ではなく、国民たちは新しい王政に多大な希望を抱いているという点。そして滅んでしまったメルヴェール王国は、新にミルフィオーレ王国として生まれ変わるという点。そしてその足がかりとなるのが、ラグナス王国の第二王子であるクロード様と、多くの国民から期待を寄せられているリーゼ様との結婚なのだ。


「それにしても困ったわね」

 手紙にはリーゼ様の結婚式と、新生王国の誕生祭の招待状が同封されていた。

 新生王国の件は以前来られたグリューン元公爵様から話は聞いていたが、まさかその誕生祭に招待されるとは思ってもみなかった。

 メルヴェール王国は事実上消滅しているとはいえ、私の実家は未だ健在。当然式典には出席されるだろうし、その後に控えているパーティーにも出席されるに違いない。つまり私がどう足掻こうが叔父との対面は回避出来ないのだ。


「お断りする事は出来ないかしら」

 国の門出を祝う大切な祝典、おまけにお世話になったリーゼ様の結婚式ともなると、喜んで参加したいところではあるのだけれど、正直叔父や叔母、義理の姉となるエレオノーラと会うのは、私の精神状の問題から非常によろしくない。

 せめて式典だけに顔を出して、パーティーだけ見送らせて欲しいところではあるが、外賓扱いの私には難しい相談だろう。


「ココア、これを持って来られた使者様ってまだおられるのよね?」

「はい。なんでもすぐにお返事がほしいそうで」

 通常招待状の有無は、ゆっくり検討した後に折り返しご連絡をする、というのが世間一般の常識だ。それを敢えて今すぐ返事が欲しいというのは、よほどスケジュールが押しているのか、それとも私が断るのを想定してワザと追い込んでいるのかの二択……いや、多分後者だろう。

 彼方の上層部には私の事情を知る人も多く、また私の性格を熟知している方もいるので、どうせ時間を空けたら適当な言い訳で断って来るだろうとの判断から、今すぐ返事が欲しいと言ってきているのではないか。

 もしかするとヴィスタ辺りの入れ知恵が入っているんじゃないかしら。


「はぁ……、仕方がないわね」

 どの道私に参加しないという選択肢は存在しない。

 メルヴェール……、いやミルフィオーレ王国との貿易は今後無視出来ない存在だし、他国の領主である私に招待状が来ているという事は、トワイライト連合国家にも通知が行っていることだろう。

 流石に外賓扱いの招待状を断れるほど、私は勇気を持ち合わせてはいない。


 これは覚悟をきめないとね。

 私はサラサラと参加を示す手紙を認め、使者様に手紙を渡すようココアに託す。


「さて、これから準備が大変ね」

 ドレスの準備からダンスの練習、テーブルマナーももう一度教育を受けた方がいいだろうし、リーゼ様へのプレゼントにヴィスタ達へのお土産も用意しなければならない。

 これが昔の旧友に会いに行くだけの、軽い里帰りならここまで悩まなくてもいいのだろうが、相手は次期王妃に伯爵家のご令嬢。しかもこちらは一国の領主という立場なのだから、その辺の菓子箱程度と言うわけにもいかないのだ。


 こう言う時に優秀な執事がいてくれればいいのだけれど。


 現在お屋敷には本来いるはずの執事は存在しない。

 元々全員がハーベストの元で教育されていた為、執事不在でも問題なくお屋敷が回ってしまっていたのだ。

 一応メイド長だけはマリアンヌの教育を受けたアイネにお願いしたが、全員が全員あまりに優秀すぎて、執事不在でも全く支障がなく、私もその甘えに完全にのっかっていたので、執事不在という異常な事態が今も継続してしまっている。


「まぁいいわ、ノヴィア。私のドレスの準備とあとダンスの先生の手配をお願いできるかしら。流石に二年もブランクがあると踊れる自信がないわ」

「わかりました。ただドレスの方はいいにしろ、ダンスの先生の方は少しお時間がかかるかと……」

「あぁ、確かにそうね」

 何とも言いにくそうなノヴィアの反応に、すぐさまその答えを導き出す。


 ヘリオドールとの街道が出来たお陰で、このアクアにも衣類を取り扱うお店は結構増えたが、ダンスやテーブルマナーといった淑女教育が出来る先生は恐らくいない。

 元々需要がないのだからある意味仕方がないところではあるが、先生を見つけてこちらに来てもらうだけでもある程度の日数を覚悟しないといけないだろう。


「まぁ仕方がないわね。しばらくはアイネに見てもらうわ」

 これでも一応元ご令嬢ではあるので、一通りのダンスや礼儀作法は教わっている。教わってはいるのだが、その先生は実はメイド長のマリアンヌだというから驚きだ。


 まったくマリアンヌのしごきはホント鬼だったわよ。叔父から先生を付けてもらえない私たち姉妹に、外へ出ても恥をかかさない為の教育だったのだろうが、その実態はプロ顔負けのスパルタ。

 なんでも元々淑女教育を教えていた有名な先生だったとい話だが、詳しい話までは教えて貰えなかった。お陰で私は学園生活では恥をかかなかったのだから、マリアンヌには感謝するべきであろう。


「マリアンヌか、今頃どうしているかしら」

 アージェント家に仕えていたメイド達は、ほぼ全員と言ったメンバーが今こちらのお屋敷に仕えてくれているし、執事のハーベストとは一度このアクアで顔を合わせている。

 あとあちらのお屋敷でお世話になって未だ会っていないのは、マリアンヌだけではないだろうか。


「懐かしいですね」

「えぇ、懐かしいわね。マリアンヌのしごきも、無くなるとなんとなく寂しいものね」

 今こちらでメイド長をお願いしているアイネも厳しいが、マリアンヌの教育はその更に上をいっていた。それが愛のある教育だとわかっているから、全員が慕い成長していけたのだ。

 今となってはいい思い出ね。


 叔父と叔母も流石に他のメンバーは辞めさせても、お屋敷を取り仕切るハーベストと、メイド達を教育し叔母の専属だったマリアンヌだけは手元に残したのだから、その重要性はわざわざ説明しなくともお分かりいただけるだろう。

 ただ叔父のいい噂を聞かないので、二人が元気にやっているかが心配であるのではあるが。


「あ、そういえばもう一つご報告が」

 扉から出て行こうとしたココアが、思い出したかのように振り返って話しかけてくる。


「ん? まだ何かあるの?」

「はい。ご本人は後で良いのでっておっしゃっていたんですが、そのハーベストさんとマリアンヌさんが訪ねていらっしゃってますよ?」

「「………………はぁ?」」

 私とノヴィアの『間』と『声』が見事に重なった事は私達の心情を察してもらいたい。


「ちょっと、それを先に言いなさいよ!!」

「いや、だって使者様の事とか商業ギルドの事とか重なっちゃってて、『お忙しそうですので落ち着いてからお伝えくださいと』……」

 まぁハーベストとマリアンヌなら、ココアの状況を見てその様な対応はしてくるだろうけど……


「とりあえずココアは使者様にお返事の手紙を、ノヴィアは私と一緒に来て」

「は、はい、わかりまいした!」

「す、すぐにご準備いたします!」

 私は逸る気持ちを抑えながら、二人が待つ部屋へと向かうのだった。


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