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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
二章 食と観光の街
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第78話 明るい未来、暗雲の気配?

「今戻ったわよ!」

 元気な声を高らかに上げながらお屋敷へと戻ってきたのは、私の契約精霊でもあるアクアと、一時的に契約を結ばせていただいた精霊のノームとドリィ。

 兼ねてより私の元を離れ、ヘリオドールの領主でもあるガーネット様の一大事業、アクアとヘリオドールの街とを結ぶ街道整備に携わっていたのだが、この度晴れてその役目を終える事になった。


 いやぁね、不可能とされていた街道が開通された事で、ガーネット様からはお礼の手紙は届くわ、ヘリオドールの各商会からはお礼の品が届くわで、何ともむず痒い思いをしていたのだ。

 だってそうでしょ? 私自身精霊達に魔力を貸していただけで、直接何かをしたわけでもなければ、アクアから出資金を出した事もないのだ。

 それでも何代にも渡り苦悩と挫折を味わってきた一大事業が、ガーネット様の代で達成する事が出来たので、私と精霊達には感謝してもしきれないのだと、嬉しいお言葉いただいている。


「お疲れ様みんな。本当にご苦労様」

 アクア達が今日戻ると聞いていたので、お屋敷の全員が集まってのお出迎え。

 今日ばかりはアクアのワガママにも対応できるよう、食べ物あり、飲み物あり、ちょっぴり苦手なタマありと、一通りリクエストに応えられるように準備させていただいた。


「とりあえず食事の用意をしているからゆっくり休んで」

 本来精霊達に食事という概念はないらしいが、味覚とそれを味わう口があるため、人と同じように食事を楽しむ事ができる。

 もっともアクアの場合、食事というよりデザートを楽しむといった方が合うのだけれど。


「それにしてもしばらく見ないうちに色々変わってるわね、こんな大きなお屋敷どうしたのよ」

 ノヴィアが取り分けたアップルパイを齧りながら、アクアがキョロキョロしながら話し出す。

 そう言えばアクアがこのお屋敷に入るのは初めてだったわね。


 思い返せばアクア達が出かけたのは私がまだ小さな定食屋にいた頃だし、時折戻って来ていた時でさえ、小さな別荘をお屋敷代わりにしていただけ。

 つまりアンネローザ様からの贈り物でもあるこのお屋敷には、初めて足を踏み入れた事となる。

 その辺りの事をアクアに説明してあげると……


「はぁ、もらった!? こんな大きなお屋敷!?」

 まぁ、普通はそんな反応をするわよね。

 私だって遠慮したいほどの贈り物だけれど、アージェント家に仕えていた使用人達がほとんどこっちへとやって来ちゃうし、年頃のリアとフィルの部屋を用意しあければいけないしで、アンネローザ様用にとご用意した小さなお屋敷では、とてもじゃないが間に合わなかったのだ。

 正直このお屋敷のことに関しては感謝するしかないだろう。


「まったく、相変わらずリネアには驚かされてばかりだわ」

「ふふふ、褒め言葉として素直に受け取っておくわ」

 こちらとしてはアクアの方にこそ驚かされてばかりなのだが、ここは素直に言葉を受け取っておく。


「それでノームとドリィだけど、これからどうするの? 二人が山に戻りたいというのなら契約を解除するけど」

 二人には街道を繋げるという目的のため、アクアに頼んで連れてきてもらったという経緯があり、精霊契約にいたっては魔力うんぬんの関係で、一時的に私と契約を結ばせてもらったもの。本人達が再び山に戻りたいと言うのなら無理強いする事は出来ないだろう。

 勿論それ相応のお礼もするつもりだし、今後あそびに来る事があればお屋敷をあげて歓迎もするつもりだ。


「おぉ、その事なんでが、ワイもドリィもどうせ山に戻ってもする事おませんで、このままリネアはんとこでお世話になろうかとおもうてますねん。もちろんお仕事の方も手伝いますんで」

「いいの? 精霊の事はあまり詳しくはないのだけれど、自然がいっぱいある方がいいんじゃないの?」

 何と言っても彼ら(?)は人とは違う精霊達。アクアは水の精霊ということで、海が近くにある今の環境には適しているのだろうが、ノームとドリィに関しては緑に囲まれている環境の方がいい気がする。

 それに悲しい事に人によっては悪事に手を染める輩もいるため、精霊達は人が寄り付かない山や樹海といった自然溢れた場所を好むと聞く。そう考えるとやはり二人の精霊達が心配になるのだが。


「その点に関しては心配いあらぁしまへん。魔力のことはリネアはんと契約しとりますさかい、ワシらがマナ不足で死ぬ事はありしまへんし、仮に悪い人間に捕まったとしても、逃げる事は容易うおますねん」

「そうなの?」

 なんでも精霊達は自然界に溢れるマナという魔力を糧に存在しており、精霊契約を結んだ場合はその必要となるマナを、契約主である私から摂取し続ける事が出来るのだという。


 確かにノーム達の魔力は私から供給しているわけだし、その行使される力の大きも契約主の私の魔力に依存されると言っていた。

 私自身そんなに自覚はないのだけれど、どうも転生者のせいなのか結構大きな力を持っているらしく、本来一人1精霊と結べればいいところを、私は今の時点で同時に3人もの精霊と契約を結んでいるし、尚且つ普段の生活に支障らしい支障は全く出た事がない。お腹は空くけど……。

 そう考えると例え悪い人たちに捕まったとしても、ノーム達は魔法を使って反撃もできるし、重力という概念がない彼らには空中を漂って逃げる事もできるから、安心といえば安心な状態。


「ワシらも別に人間を嫌とうるつもりはありぁしまへん。お手伝いをしておった時なんぞ、皆んなに優しく接してもろとぉおりましたさかい、楽しく過ごせておりましたんや。それにワシらは元々人間と力を合わせることに喜びを感じる種族なもんで、リネアはんのお手伝いをすることが嬉しいんでおますねん」

「喜びを感じる? 精霊ってそういう存在なの?」

「何よ、知らなかったの?」

 アクアの話によると、精霊達には元々人の役に立ちたいという想いが刻まれているのだという。

 これは遥か昔に精霊の王様と人間の王様が交わした約束らしく、お互い信頼し合い力を合わせて共に過ごすという『想い』と、地上で生きるもの同士、互いに信頼し合える『願い』が込められているのだとか。

 精霊契約はその『想い』を交わす戒めであり、絆を育むための『願い』でもあるのだと、アクアは照れながらに教えてくれた。


 そう言われれば確かに思い当たる節があるわね。

 精霊契約により私は魔法っぽい現象を生み出すことが出来るわけだし、アクアだって持てる以上の力を振るうことも出来る。

 一方なにか悪さをしようとすれば私はアクアを戒めることも出来てしまうし、アクアもまた私から魔法の力を無くすことも出来るのだと聞いている。やらないけどね。


「そういうことよ。それに精霊契約という絆で結ばれている限り、私はリネアがどこにいるかが分かるし、リネアだって私たちが今どこで何をしているかが大体分かるでしょ?」

「確かに……」

 街道工事をお願いしていた間も、私はアクアやノーム達がどこに居るかがはっきりしていたし、魔力が消費されていく感じで頑張ってくれてるんだと、感覚も味わっていた。

 そう思うと私と契約している方がより安全な状態とも言えるかもしれない。


「そういう事でおます」

「わかったわ。ドリィもそれでいいかしら?」

「は、はい。私もその……ご迷惑をおかけしないよう、が、頑張ります」

 ドリィに関しては少々怯えられている感じはするが、これが彼女の素の性格なのだから仕方がない。

 それでも口の周りにいっぱいクッキーの粉がついているあたり、存外気に入ってはもらっているのだろう。


 こうして私は二人の精霊を家族に迎える事となる。






「なんだと! ヘリオドールとアクアの街道が繋がっただと!?」

 突如オヴェイル商会に舞い込んだ情報に思わず我が耳を疑う。

 昔から何度もの試作と着工で、失敗続きだった2領の街道問題。私がまだアクアで過ごしていた頃よりもずっと前から上がっていた話なので、どれほど難しいかは十分に理解していた。

 だから今回も工事が再開されたという話は耳にしていたが、どうせ失敗に終わるだろうと気にとめる事すらしていなかったのだ。

 それなのに話が湧き上がったかと思うと僅か半年ばかりで繋がったと聞けば、私でなくとも己の耳を疑うというもの。

 話ではまだ開通したばかりで整備等は半ばだと言うが、それでも実際の運用としては十分に使用出来る状態なのだという。


 くそっ、街道工事はヘリオドール公国が長年に渡って着工してきたもの。今はまだ地面を固めただけの状態であろうが、いずれは石畳が敷かれた立派な街道と整備されるはず。

 おまけにアクアからアプリコットへの街道も、古いながらの石畳で整備されているため、通行の面だけみても利便性は明らかにあちらの方が高い。

 一方このカーネリンから隣国へとつながる街道には、ただ土の道を固めただけの簡易的な状態なので、輸送にかかる日数と馬車への負担具合を見比べても、どちらのルート上の街が栄えるかは目に見えて明らかだ。

 だからあの時私は街道の整備をするようにと進言したというのに。


「おい、今すぐシトロンにここへ来るよう呼び出せ!」

 なぜあの小娘の近くにいて気づかなかったのだと、義息子に腹を立てるが、商会と領地運営は全くの別物。

 商会の乗っ取りには失敗したが、あいつはあいつ成りに成果を持ち帰っているのだし、オヴェイル商会の売り上げに貢献しているのもまた事実。この件で義息子を責めるのは間違いであろう。

 

 それにしてもあの小娘、予想外に手強い。

 私なりに義息子の商才は評価しているし、その手腕と成果はこの目で見て来たのだから確かなもの。だからこそ商会の乗っ取りに失敗したと聞いた時には、我が耳を疑ったのだが、商業ギルドの件をあっさりと躱され、義息子が持ち帰ったレシピでアクア商会のシェアを奪おうとしても、今だしぶとくしがみ付かれているのが現状だ。

 まったく腰の重い工業ギルドを動かし、尚且つ商業ギルドの後釜に据えるとは予想だにしていなかった。

 お陰で商業ギルドの連中が上からの勧告に怯え、一切言うことを聞かなくなってしまった。


 コンコン

「お呼びでしょうか会長」

「来たか」

 シトロンは商会内では私を会長と呼ぶ。

 もともと妻の連れ子なのだから血のつながりはないのだが、それでも私なりに愛情も注いでいるし、義息子も私を父親として敬っている。


「話は聞いているか?」

「はい。迂闊でした、まさかあの街道が完成に向かっていただなんて」

 この件に関しては私にも『まさか』という油断もあった。

 あの山が険しく越える事が難しいのはこの辺りの地元民なら誰でも知る事。だが同時に街道がつながれば一気に生活の範囲が広がる事も、多くの人がわかっているのだ。


「お前も理解していると思うが、あの街道はマズイ。このカーネリンの街が栄えたのは険しいクルード山脈を迂回する事が前提だ」

「わかっています。商人がヘリオドールから隣国のメルヴェールへと通過するため、カーネリンの街が栄えているのです。ここでもしルートが大きく変わるとなれば、今度はカーネリンがアクアのように寂れた街になるのは明白。せめてアクアには立ち寄らず、このカーネリンの街を中継地点と認めさせる何かがあればいいのですが……」

 確かに……

 現状の街の発展具合や商会の営業所などを考えても、カーネリンの街が明らかに有利。だが街道の整備状況や山を越した後の御者の体力を考えると、麓にあるアクアに立ち寄る者も少なくはない。


「お前はどう見る? アクアとカーネリン、どちらの街に拠点を置きたい?」

 この際街道が開通してしまった事は致し方がない。今更どうする事も出来ないし、カーネリンの街の街道が無くなるわけではない。

 要はアクアよりこのカーネリンの街の方が立ち寄るには便利だと、認めさせればいいのだ。


「現状ではカーネリンが優位ですが、街道の整備状況と山の麓という条件を踏まえれば、いくらかの商会はアクアに流れるかと」

「やはりな……」

 今すぐどうこうとなるわけではないが、時が経てばアクアへと拠点を移す商会も現れるだろう。

 まずはカーネリンと隣国との街道整備を進言し、こちらのルートを通過させるための餌をバラまかねばなるまい。

 カーネリンはアクアと違い、人口も発展度も数歩先を進んでいるし、数多くの店が並ぶ商業街でもある。極め付けは女遊びができる裏の街だが、バカな男連中を癒すには十分な魅力にもつながってくる。

 要はこの状況を如何に利用し、こちらの利益を上げればいいのだ。


「とにかく今は、カーネリンの街こそ街道の中継拠点にふさわしいと、認めさせねばならん」

「えぇ、もっとも悪い手は何もせずに傍観すること。ヘリオドールとアクアとの街道は、利用すれば我が商会の利益にも繋がりますし、何より既に各商会の拠点が点在するのはこのカーネリンの街。やり方次第では現在アクア商会が抑えているシェアを、一気に塗り替える事も不可能ではないかと」

 そうだ、今はまだ販売シェアではしぶとくしがみ付かれているが、シトロンが持ち帰った例の調味料は既にうちの主力商品。

 一時は領主の金渋りで、協力させた商会どもが勝手な真似をしていたようだが、これを気に一気に塗り潰す事だって不可能ではない。


「シトロン、人気のマヨネーズとケチャップの生産量を増やせ。街道が出来た事をこちらが利用してやるのだ」

「わかりました。ですが今年は日照りが長かった為に、原材料となる油や野菜、家畜の餌となる穀物が不足しております。どこか別の場所から仕入れを行わないと」

「ふん、バカを申すな。そんな事をすれば仕入れ価格が上昇するだろ。どうせ彼奴らの事だ、自分たちで使う為にいくらいは残しているはずだ。それを根こそぎ買い取ってこい。もちろんいつもの価格でな」

 どうせこちらが居なければまともに生活すら送れない連中達だ、二度と取引をしないとでも脅せば慌てて出してくるに決まっている。

 まったく下らぬ金にもならない大豆ばかりを作りやがって、もっとうちの役に立つ物を作れというのだ。それを保存がきくのだとか、これがなければ冬を越せないのだとか、つまらぬ言い訳ばかりしおって。

 とにかく今はこちらが流れに乗る事を優先させねばならぬ時。つまらぬ戯言を聞いている余裕は一秒たりともないのだ。


 ふふふ、今に見ておれ、街道が繋がった事で優位に立てたと思っているだろうが、小娘の主力商品を根こそぎ我らのシェアに塗り替えてやる。

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