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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
二章 食と観光の街
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第77話 アレクの秘策

「ただいま戻りました」

 そう言いながらいつもと変わらぬ姿を見せるアレクと、その隣には白い口髭を生やした初老の男性が一人。

 おそらくこの方がアレクが言う、商業ギルド問題を解決させる糸口につながるのだろう。だけど私の中で予定よりも1日早いということが僅かながらに引っかかる。


 これでもし交渉が上手く行かなかったとなれば、急ぎ何らかの対策を打たねばならないし、残り日数の事を考えても出来る事は限られてしまう。

 ただでさえ活気付き始めているこの時期に、銀行の役目を担っている商業ギルドが撤退したとなれば、店主達は一瞬で不安の中へと叩き落されることだろう。

 私は若干の不安を抱きながら、まずは戻ってきてくれたアレクに労いの言葉をかける。


「おかえりなさい。予定よりも1日早いようだけど、その……例の問題の方は……」

「ご心配には及びません、戻りが早かったのは交渉が予想より早く纏まったからです」

「ホッ、そうだったのね」

 私の不安が伝わってしまったのだろう。アレクは笑顔で日程が早まった経緯を説明してくれる。


「それじゃそちらの方がそうなのかしら?」

「えぇ、ご紹介いたします。こちら、工業ギルドの代表を務められておりますボードウォン・ドミニエンス様です」

「工業ギルド!?」

 アレクの紹介に思わず大声をあげてしまったが、これにはある程度私の心情を察してもらいたい。

 まず工業ギルドに関してだが、商業を生業とする商業ギルドに対して、工場ギルドは職人や生産職を生業とする人や工場を支援するギルド。

 共に国からギルド認定を受けており、登録する事により信頼と安全を得る事が出来るほか、仕事の斡旋から職人の紹介、商業ギルドのようにお金の貸し借りもする事ができる、いわば物作りをする人たちの為の組合。


 確かに工業ギルドならば、銀行のようにお金を預けたり借り入れたいといった事も出来るのだろうが、私はこの解決策を始めから切り捨てていた。

 理由はいたって簡単。工業ギルドは物作りを生業とする、職人や工房を支援する為のギルド。早い話が小売業や一般人向けには対応してもらえないのだ。


「実は前々からこの村……いえ、もう街とお呼びしてもよいでしょう。このアクアの街にギルド支部を言う声が上がっておりまして」

「えっ、支部をこのアクアに? カーネリンの街じゃなくて?」

 お互い改めて挨拶を交わし、アレクを含めた3人で話を始めると、ボードウォン様から最初に出てきたのがこの言葉。

 工業ギルドは説明した通り物作りを支援するためのギルド、当然人口の多い都市や、物作りが盛んな地方が活動場所だと言われている。そのため村や街には小さな出張所は立てても、支部のような中規模店舗構える事は滅多にない。

 それがこの発展途上にあるとはいえ、小さな村であるアクアに支部の話が来る事は通常考えられない。


「リネア様はご存知ないでしょうが、実は以前このアクアに出張所を構えた事がありまして……」

 ボードウォン様の話によると、嘗て賑わいを見せていたアクアにも工業ギルドの出張所があったのだという。

 アクアは嘗て本国とメルヴェール王国とを繋げる玄関口。アプリコット領への山道を越える前に荷馬車の点検や、立ち並ぶ商店のメンテナンス等で其れなりの需要があった。

 それがカーネリンの街に街道が出来たがためにアクアが廃れ、工業ギルドも移転する形で撤退して行ったのだという。


「この街が大変な時期に関わらず我らも撤退してしまった関係、今更良好な関係を築きたいとも言えず、何かキッカケがないかと足踏みをしていたところに今回のお話を伺いまして。其れならば我がギルドでもお力になれるのではと思い、今回足を運ばせていただいた次第です」

 これでも私は領主になるわけだから、工業ギルドなりに色々気を使われていたのだろう。

 こちらとしてはこれほど頼もしい存在もないわけだし、これから手がけるリゾート計画には打って付けの相手とも言っていい。だけど私がいま求めているのは商業ギルドの代わりとなる存在。

 もちろん工業ギルドの意向は受け入れるつもりだが、商業と一般人向けに口座が開けなければ、問題の解決に至らない。

 せめて商業ギルドの役回りを肩代わりしてもらえるなら助かるのだが、今までそう言った話は一度たりとも耳にした事もないし、一般向けに口座を開いたとしてもそれは商業ギルドの分野を侵してしまい、両者の関係はより悪い方向へと移してしまう。

 流石にアクアを助けるために、商業ギルドを敵に回すようなことはしないだろう。


「ボードウィン様のお話は分かりました。こちらとしてもお力添えを頂ける事は嬉しいのですが、実は今このアクアでは問題を抱えておりまして……」

「商業ギルドとの問題でございますよね? えぇ、勿論伺っております。ですので今回は特別処置として、我が工業ギルドがその席を肩代わりさせて頂こうと思いまして」

「……えっ?」

 まってまって、工業ギルドが商業ギルドの分野を侵す?

 両者の関係は至って良好。その最大の要因はお互いの分野を侵さず、足りない部分を補い合いながら、共に発展を続けているのだと聞いた事がある。

 それがこのアクアの為に絶対の掟を侵すなんて……


「ははは、そんな大袈裟なものではありませんよ。これまでも商業ギルドがない地域では同じような事をしておりまし、商業ギルドもこちらがいない地域ではその役目を担っていただいておりました。もちろん今回の工業ギルドがこのアクアへ支部を置く事も、あちら側への通達しております」

 確かに……。言われてみれば工業ギルドがない地域でも職人さんはいるわけだし、物作りが盛んだけれど小売に関してはサッパリ、といった林業や炭鉱が盛んな村等も存在するだろう。

 お互いの領域を侵さない範囲で、両者が存在しない地域ではその役目を担い、共に存在する場所ではお互い協力しあう。

 両者とも国の発展に必要だからこそ、互いの重要性を一番理解しているのだという。


「知らなかったわ……」

「まぁ、普通の方の認識はそうなんでしょう。僕だって各地を回っていなければリネアと同じ認識でしたよ」

 私の無知を庇うかのように、そっとアレクがフォローしてくれる。

 私が暮らしていたのって、生まれ故郷のアージェント領とメルヴェール王国の王都、そしてこのアクアの村の三箇所だけ。

 前者の二つは共に両ギルドは存在していたし、アクアに至ってはこちらが頼んで小さな商業ギルドの窓口あるだけだった。

 これじゃ何も知らなくて当然なのかもしれない。


「ですが本当によろしいのですが? 商業ギルドが撤退するような村ですし、何よりその後釜に入るような形で工業ギルドを迎えるとなると、ギルド間同士で蟠りが生まれるのではありませんか?」

 前者の撤退に関しては未だ納得のいかない部分もあるが、商業ギルドの後に別のギルドを迎えるというのは、お互い思うところもあるだろう。

 私は別に商業ギルドに喧嘩を売りたい訳でもなし、二つのギルドを敵対させたいという思いも全くない。出来る事なら両方のギルドを迎え入れ、共にこのアクアの発展に力を借りたいとすら思っているのだ。


「その点に関してはご心配はございません。先ほど申しました通り、商業ギルドの方には直接私が出向き、すでに話をつけております」

「そうなのですか?」

 これには正直驚いた。

 本来ならお互いの関係を崩さず時間をかけて交渉するものだが、それをわずか数日……いや、移動の日数を踏まえても非常に短い期間で話をつけ、特に付き合いもなかったこのアクアの為だけにご尽力を頂いた。それだけでも驚きの事実だというのに、それを行ったくださったのがギルドのトップに立つ人だと言うのだから、これがどれだけ凄い事なのかは分かっていただけるだろう。


「これでも私たちは国が認めたギルドを経営しておりますので、お互いの重要性というのは十分に理解しております。商業ギルドが抜ければその街の商業は発展せず、工業ギルドがなければ物作りの改革は始まりません」

 確かにおっしゃってる通りの事なのだろう。

 規模の大小はあるが、このアクアにもずっと商業ギルドは存在していた。そのお陰で辛うじてではあるが、商業の流れもありアプリコット領との貿易まで繋がっていたのだ。


「それじゃなぜ商業ギルドは今回のような行動にでたのでしょうか? 先に出向いた時には既に決定した事だと相手にすらしてもらえなかったですし、一方的に通達だけよこし、その理由すら教えてもらえなかったのです」

 ボードウォン様はおっしゃった、お互いギルドの重要性は十分に理解していると。

 これがただの商会ならば、私利私欲で行動に移る可能性もあるのだろうが、仮にも国が認めた公認のギルド。しかもこの国は一領地がいわば独立した国でもあり、一つにまとまった連合国家でもあるのだ。

 それを利益が出ないからといって、話し合いもせずに一方的に撤退するのはどうしても納得がいかない。


「実はその件なのですが、彼方もどうやら寝耳に水だったようで、私が話を切り出した時には慌てた様子で使いを向かわせておりました」

「はぁ? ボードウォン様がお話をされたというのは商業ギルドの本部ですよね? それが知らなかった??」

 そんな事ってありえるの?

 このアクアにあったのはカーネリンの街にある支部からの出張所、言わば支店管理の小さなATMがあっただけ。

 だけどその采配を行うのはトワイライト公国にある本部が行うのであって、支部が勝手に決められるようなものでは決してない。

 だから私はカーネリンの支部に出向いた際、本部の決定を支部が覆せるはずがないと諦めたと言うのに……。


「恐らく近いうちに何らかの動きがあるのではないでしょうか? ですが今のアクアにどちらのギルドも無いという空白の期間をつくる訳にも行きませんし、彼方も調査や場合によっては人員の入れ替えなどで時間もかかるでしょうから、今回我らの申し出は救済措置として認めるしかなかったのです」

 なるほど、どうやら商業ギルドの本部には話がわかる人がいるのだろう。

 支部の状況を把握できていなかったのは本部の責任でもあるわけだし、確認の為に早馬を走らせても往復の数日はかかってしまう。

 さらにそこから状況確認やら今度の対策やらを行なっていれば、さらに日数を要することは火を見るよりもあきらかだからだ。

 だからこんなにも早く話がまとまったのだろう。


「そうだったのですね。色々手を回していただきありがとうございます」

「いえ、こちらとしてもこの街……いや、リネア様との会談は願っていたところ。正直今回の一件、私たち工業ギルドにとっては光明が差すような思いでした」

 そう言いながらニコやかな笑みを向けてくるボードウォン様。

 やはり甘い話には裏がある。

 彼方も利益を求めるのは当然のことだし、今後のアクアに商業価値があると分かればその流れにも乗りたいことだろう。


「一つ確認なのですが、出張所ではなく支部を置かれる理由というのは?」

 先ほどボードウォン様はおっしゃった、このアクアに工業ギルドの支部をつくりたいと。

 支部となればそれなりの人員は必要となるわけだし、工業ギルドともなると作業現場となる工場も必要となる。早い話がそれだけお金を出資する事に繋がるのだ。


「もちろんこのアクアにそれだけの価値があるという意味でございます」

 ニコッ。

 その何とも意味深な笑顔が『全部知っているんだよ』と、私に向けて訴えている。


 はぁ、いつかはバレると思っていたが、間もなくアクアとヘリオドールを結ぶ街道が開通すると、どこからか情報が入っているのだろう。

 あそこの街道はヘリオドール公国が何代にも渡って行なってきた一大事業。何度もの挑戦と、何度もの中断でことごとく失敗に終わったとされ、今回もどうせまた問題にぶち当たり、どこかで中止を余儀なくされると思われるのが一般的な認識。実際開通間際になった今でも、騒ぎどころか噂すら流れてもいない。

 だけど今回に限りは私の三人の精霊たちが力を貸し、工事の驚くほど早く進んでしまった関係、僅か半年という短い期間で繋がるとは、普通考える人はいないだろう。


 ちなみに聞いた話によると、『この木がじゃまだな』って言えば、木の精霊であるドリィが『ご、ごめんなさい杉の木さん、ちょっと場所を移ってもらえますか』とお願いするだけで、木が勝手に歩いて移動してくれるわ、『この岩が邪魔だな』言えば土の精霊のノームが『ほなトンネルをつくりますさかい、ちょいと離れとってな』と、あっさりトンネルが開通するという離れ業。

 おまけに川が流れていればアクアが水を操るわ、ドリィとノームが橋を作ってくれるわと、人の労力が最小限に抑えられている言うのだから驚きだ。

 お陰で私の魔力は消費され、回復するために食事の量が増え続けているのだが、そこはまぁ育ちだかりの体なので、体重増加は多少は多めに見てもらいたい。

 ちゃんとダイエットはするわよ!



 結局そのあとアクアのリゾート計画までバレており、工業ギルドが全面バックアップすることと、アクアの地に馬車のメンテナンス工場及び荷馬車を一時留置が出来る停車場を、工業ギルドの管理下に置くことで話がまとまった。

 新しくできる街道は近道になるとはいえ凹凸の険しい山道だ。そこへ向かう前にアクアに立ち寄る状況は多くなるし、山道を越える前に馬車のメンテナンスをしておきたいと思うのは当然の流れ。

 こちらとしてもアクアの職人だけでは厳しい状況だったし、工業ギルドの人脈と技術は大いに助かる。おまけに商業ギルドが再び戻って来てくれるような事になれば、銀行事業から手を引いてくれるといった約束まで公言していただいた。


 こうしてアクアはますます発展の道を歩む事となり、そしてついにヘリオドールとアクアとの街道が開通するのだった。

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