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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
二章 食と観光の街
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第76話 仕組まれた計画

 アレクが再び旅立ってから7日目。

 今か今かとその帰りを待ち望む私の元に、新たな問題が浮上していた。


「やられたわ。まさかこんな手で出てこられるとはね」

 シトロンの事件から1ヶ月、商会の運営が恐ろしいほど順調に進んでいたのだが、ここに来て突然の事件勃発。

 事の始まりはある街でアクア商会の商品が捨値で売られているという噂を耳にし、密かにスタッフを調査へとむかわせたのだが、そこで目にしたのは山のように積まれた数々のうちの調味料《商品》。しかもその隣にはこれが通常価格と言わんばかりの、オヴェイル商会製の安い類似の商品が置かれていたのだ。

 こんな事をされてしまえばアクア商会の商品は、今後安い価格でしか購入されず、売り切れてしまえば隣にある類似の商品へと切り替えられてしまうだろう。

 まさかとは思うがこれも予め予定されていた計画だとすれば、これはもう完全なアクア商会潰しではないだろうか。


「それで今後はどう対策されます?」

 受け取った報告書を読み終えたタイミングを見計らい、不安そうな顔でココアが尋ねてくる。


「今は何とも言えないわね」

 これがもしシトロンに連なる計画の一部ならば、こちらが対応しても間違いなく対策を打たれるだろう。

 一番安直な作戦はこちらも値を下げての対応だが、今の卸価格は仕入れや人件費を考えても妥当な価格。これ以上の引き下げは、ただ単に仕入れ業者や商会で働くスタッフ達の首を締めるだけ。

 仮に一時的な値下げを行ったとしても、通常価格へと戻す際のリスクを考えると決して良い方法とは言えないのが現実だ。

 せめて運送費だけでも見直せればいいのだが、現状の輸送にかかる日数を考えても現実的ではないだろう。


「やっぱりこれってシトロンさんの仕業なんでしょうか?」

「そうね、確かな事は言えないけれど、そう考えるのが妥当でしょうね」

 商業ギルドの問題浮上しているタイミングで、新たにアクア商会潰しとも思える安売り。そのうえ類似品が店頭に並んでいる事を考えても、まず間違いなくシトロンが関わっているのだろう。

 流石に関係のない商会や商業ギルドを彼一人が動かせるとは思えないので、恐らく裏にはカーネリンの領主かシリウス辺りが関わっているのだろうが、確かな証拠がないのがないので何とも言えないのが実情。

 ただ疑問に思うことは、なぜアクア商会の商品をわざわざ安売りで店頭に並べたかなのだが……。


「どういうことです? 安売りなんてされちゃったら、今後その価格以上では買いたくないのが普通の反応じゃないですか」

 これが一時的なセール値引きならまだしも、提示されていた価格はそれをも上回る在庫処分的な扱いだった。

 こんな事をされればうちの商品の品度を疑われたり、いつかまた安く売り出されるだろうと不要な買い渋りにも繋がってしまう。

 これだけでも十分商会にとっては痛手なのだが、全てがマイナスかといえばそうではない。

 ただでさえ決して安くはない商品達なので、あちらの経費負担でアクア商会の商品はこんなにも便利で味がいいんだよと、広告してもらっている事にもつながってくる。

 私がもし相手を潰しにかかるなら、間違いなく敵対する商品は店頭には並べないだろう。


「並べない、ですか?」

「えぇ、そもそも仕入れすらしないわね」

 だってそうでしょ? 店頭に並べる=仕入れをする。それはつまり相手側の売り上げに貢献しているわけであり、嫌がらせのためにわざわざこちらの懐を痛める必要はない。

 これがもし品質や味くらべなら並べて試食してもらえればいいのだが、明らかにオヴェイル商会製の品はうちの商品より劣っており、これら両方の商品を味わえば、どちらの商品が上なのかが言わずとも分かってしまう。

 しかも安く売り出されているうちの商品の方が先に買われるのだから、後々になにか物足りないと感じるのは当然の感覚ではないだろうか。


「ですが例の誤発注とか急ぎの発注が全部あちら側の仕業だと考えれば、ある程度辻褄があいませんか?」

「あぁ、そう言えばその可能性は否定できないわね」

 今考えると一ヶ月前の忙しさは確かに異常なものだった。

 スタッフ達への負担も増え、忙しさのあまり商会内にはギスギスとした空気が広り、そのうえ例のあのシトロンの事件に繋がったのだ。

 もし社会を経験している人がいれば少しでも分かってもらえるのだが、仕事が忙しい繁忙期はんぼうきはピリピリとした空気が占め、会社全体が凄く嫌な雰囲気なってしまうのだ。

 そう思うとワザとピリピリした環境を作られてしまったとも考えられる。


「まって、先月の売り上げと経費ってどうなってたかしら?」

 ピリピリした環境を作られてしまったとはいえ、アクア商会に発注が入っていたのは間違いなく、シトロンの事件を起こすにしても彼方側の出資は決して安いものではすまない。

 だけどもし、別の何かで補填できるものがあるとすれば?


「やっぱり、受注は増えているのに売り上げ自体はそこまで上がっていないわ」

「そういえばそうですね。売り上げは上がっているのに支払いが多いから、結局はそこまで目立った金額にはなっていませんね」

 この一ヶ月はシトロンの後始末で売り上げ管理がおろそかになっていたが、この経理票は明らかに不自然だ。


「やってくれたわね。例の街道使用料であちらの帳尻を合わせられたのよ」

「あっ」

 恐らく取引のある商会に頼んで、誤発注やら急ぎの発注やらで嫌がらせを行い、そのかかった経費を埋めるためにうちが支払った街道使用料で補填させた。

 私はてっきり他の商会に遅れを取るまいと、単純に新規顧客が増えたのだと思っていたが、どうやらこれもシトロンの計画に繋がる一環だったのかもしれない。 

 アクア商会への注文が増える→スタッフへの負担増大→急ぎの発注だからカーネリンの街道を通らなければならず、売り上げは伸びるがその分カーネリンへの支払いが急増。


 ただ唯一の救いは、全ての取引先は商業ギルドでの登録が必須としていたため、未払いや踏み倒しがなかったと言う点か。

 もし商業ギルドに登録したうえで未払いなどすれば、ペナルティを課された上で預けてある保証金から相手側に支払われる仕組みになっている。

 如何に嫌がらせをするためとはいえ、未払いは自分の首を絞める事につながるので、取引自体に不正をしようとは思わなかったのだろう。


「それじゃやっぱりこれも……」

「えぇ、全て最初から仕組まれていたと考えたほうがいいのでしょうね」

 『敵ながらあっぱれ』と感心する部分もあるが、もともと嫌がらせを受ける事なん想定すらしていなかったし、誰かに恨まれるような事すら考えてもいなかった。

 この辺りは経営者としての私の失態だろう。


「でもこれら全てが計画の一部だと考えれば、うちの商品を安売りする意味がますます分からないわね」

「どうしてです? 痛がらせとはいえ正規の価格で仕入れたから、少しでも元手を取り返そうとするのが普通じゃないです?」

「そう、そこなのよ」

 店頭に並んでいた価格はほぼアクア商会が卸している価格より、明らかにその金額が下回っていた。

 仕入れた側なら少しでも回収しようと売りさばくのだが、裏で操る者にとってはマイナスの要因。

 在庫が捌けるまでは安売りしている方を買うだろうし、質が悪いと感じれば高くてもアクア商会の商品を買おうとする者だって出てくるかもしれない。

 寧ろマイナスのメリットの方が大きい場合だって有りうるのだ。


「もしかすると仕入れのために掛かった費用と、受け取った補填額が足りなかったのかしら?」

 彼らも人を雇って経営している商会、マイナスの取引は極力避けたいと思うは当然の流れ。

 いくらうちが街道使用料を支払っているとはいえ、売り上げと街道使用料はイコールではつながらないので、本来支払う筈の補填額を渋ったと考えれば、協力した商会はどんな事をしてでも回収したいと思うだろう。

 それが裏で手を引く黒幕の意図を反したとしてもだ。


 そう考えるとあちら側の連携も上手く取れていないのかもしれないわね


「それにしてもよくこの短期間で類似商品の販売まで漕ぎ着けたわね。私の計算ではあと2・3ヶ月は掛かると踏んでいたのだけれど」

「そうですよね。盗難にあったレシピや付いていった人たちの事を考えても、流石に一ヶ月で準備するのは早すぎかと」

 前世の知識を持ち合わす私だって、準備から販売に漕ぎ着けるのに3ヶ月もかかったのだ。しかも最初は小さな建屋で細々と始め、発注量が増えるに伴い徐々に規模を拡大していった。それがいきなり同じ土俵に乗ったうえで、価格がうちより安いと来たもんだ。

 恐らくだけど、材料となる素材もうちより安く仕入れているのだろうが、同時に生産している人たちへの負担も心配にはなってくる。


 安くするには質や量を低下させる、それは何も生産現場だけではないのだから。


「まぁ、こちらが幾ら考えても仕方がないことね」

 現状では出荷量が減ったり、安売りでの苦情が入ったわけではないので、今は落ち着いてあちら側の様子を見守る事しかできないだろう。

 それにまずうちが解決しないといけないのは商業ギルドの方。

 予定では明日あたりにアレクが戻る筈なのだが、もしアレクの策が失敗していれば本気でこの街は追いつめられてしまうかもしれない。


 そんな不安を抱いていると扉からノックの音が響いてくる。


「どうぞ、空いているわよ」

「失礼します。ただいま戻りました」

 そこに立っていたのは一人の初老の男性を連れたアレクだった。

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