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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
二章 食と観光の街
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第71話 断罪という名の(6)

「リネア様がシトロンさんに責任を感じる必要なんてありません!」

 ここにきてココアが放つ微妙なセリフ。

 恐らく私を気遣っての言葉だとは思うが、聞く人によっては無責任とも捉えかねない危険な発言。

 これが私に非がなく全面的にシトロンが悪となれば話しは別だが、あちら側には今も私とシトロンとの狭間で揺れ動くスタッフもいるし、ココアが連れてきてしまった大勢の人たちの中にも、故郷で家を無くした人たちは大勢いる。

 何より今相手にしているのは、巧みな話術で聞く人を惑わすシトロンが相手だ。

 これには目の前にいるダンディーなおじ様も少々苦笑いしながら、周りの空気を見守っている。


「ココア、気持ちは嬉しいけれど私がアージェント家の人間だという事実は……」

「そうじゃありません。違うんです!」

 先のことを考え、ココアの発言をやんわりと止めようとするも、その言葉さえも感情の高ぶった声で再び止められてしまう。


 それにしても一体何が違うと言うのだろうか、今更私がアージェント家の人間だという事実は消せないし、アージェントの人達が生まれ故郷を失いこのアクアに流れ着いたのもまた事実。

 それに例え時期的に私が国を去ったあとに戦争に突入したからといって、その事実を素直に受け止めてくれるとも限らない。

 私は再度ココアを落ち着かせようと近づくも、今度は何故かダンディーなおじ様にも防がれてしまう。


「まぁ待て、まずは彼女の言葉を聞こうではないか」

 うーん、まぁー、それもそうね。

 私的にはスタッフどころか無関係な人まで集めたり、感情が少々暴走気味のココアに危険な香りを感じてしまうのだが、ここで第三者たる者の発言を遮ったとなると、無理やり私が黙らせたと捉えてしまう人がいるかもしれない。

 おそらくこのダンディーなおじ様もその辺りを考慮しての行動だろう。私は半ば覚悟を決め、ココアの言葉を聞くことにする。


「わかったわココア、貴女も商会のスタッフなんですから話を聞かないわけにはいかないわね。それで一体何が違うというのかしら?」

 この後の続くであろう『リネア様は悪くありません』的な言葉を待つも、出て来た言葉に私を含め彼に付き従うスタッフ達が戸惑いを表す。


「聞いてください、ここにいるシトロンさんはアージェントの出身じゃないかもしれないんです」

「…………え?」

 シトロンがアージェント領の出身じゃないかもしれない?

 まってまって、私が知るシトロンはアージェント領の出身で、小さな商会で働いていた経歴をもつ普通の青年。

 その働きぶりと、能力・未来性を感じた私が生産工場の現場チーフへと押し上げたのだが、実際は彼が内に抱いていた怒りを見抜けず、アージェント家の人間である私に対し、復讐しようと企てた。

 実際彼を面接したのは私だし、今こうして貴族としての責任を負えと詰め寄っているのも彼なのだから、この事実は間違えようがないだろう。

 それが全ての元凶でもあるアージェントとは全く関係がない?


「ココア、シトロンがアージェントの出身じゃないかもしれないって、何を思ってそう感じたのかしら?」

 私とココアはもちろんだが、シトロンに付き従っているスタッフ達も、彼が裏で進めている独立計画は知っている筈。

 その上で私への怒りだとか復習だとかを囁かれ、商会の外部から後悔させてやろうと彼の計画に乗せられた。乗せられた側も当然同じ境遇だと思っているので、シトロンがアージェント以外の人間だとは考えもしないだろう。


 だがこれがもし同じ境遇ではなかったとしたら? もしこれが復讐だとか怒りからではなく、単純にアクア商会の技術を盗もうと考えられたものだとしたら?

 それはもうシトロンの野望に利用されたと言っても過言ではない。


「前々からおかしいとは思っていたんです。誰もシトロンさんの事を尋ねても知らないという言葉しか返って来ないし、親しくしているという友人の影すら見え隠れもしない。そんな事って普通ありますか?」

 うーん、「ありますか?」と問われれば、私は「あるんじゃない?」と答えてしまうボッチ心が悲しいが、ココアの言葉から察するにここで何らかの違和感を覚えたのだろう。


「私は受付班のチーフという立場上、商会で働くスタッフの方々とは交流があります。中には色恋沙汰やアージェントで起こった珍事件、リネア様のご両親によくしてもらったって話しや、リネア様が幼少時代に鉱山でお漏らしをしてしまった話まで、幅広く情報収集に勤しんでいるんです。ですが、どれだけ探ってもシトロンさん話だけは出てこなかったんです!」

 自信満々に自ら集めた情報を口にするココア。

 って、まてコラ! さり気なく私が覚えていない黒歴史まで暴露するな!


 彼女のお話好きは知っていたし、商会内の交流も幅広いとは思っていたが、よもや私の両親や私の幼い頃の話で盛り上がっていたとは思わなかった。

 お陰で深刻な場面だと言うのに、私の方をチラチラ見ながらクスクスと笑い声まで聞えてくる。

 わ、私だって幼少時代はお漏らしの一つや二つ……ぐすん。泣いてなんかないやい。


「お嬢さん、貴女の話し大好き……、コホン。情報収集力はわかったが、メルヴェール王国の伯爵領ともなればその規模は相当なものだぞ? 例え主要な街で暮らしていたとしても、ひと一人を探そうとする事はそう簡単なものではあるまい」

 そっとココアの暴走を正そうとしてくれるダンディーなおじ様。

 そらぁシトロンがアージェント領の人間じゃないとなれば、私を非難するのはお門違いだが、噂だけでひと一人を探すなどまず不可能と言っても差し支えない。

 それに私は直接本人からアージェント領の出身だと聞いているわけであって、それを偽っていたとなれば計画を立てたの更にその前となってしまう。


 でももしココアのいう通り初めから自分の出身を偽っていたら? 偶然計画を立ててた時に難民問題が沸き起こり、その混乱に乗じて紛れ混んだとしたら?

 シトロンの最終目的は独立か、どこか別の商会に売り込むかだと考えられるので、たまたま利用しやすい状況を利用し、私やアージェント領の出身のスタッフ達を騙していたとすれば、それはもうワザと暴徒を引き起こした犯罪ではないか。

 

「ココア、その話しには確かな確証があるのかしら?」

「確証は……ありません。ですが他の人たちは誰かしら家族や知り合いが居るのに対し、シトロンさんだけは誰一人として知る人がいないんです」

 うーん、まぁそこまで言われれば確かにおかしいのかもと思えてしまう。

 難民としてこの地に来たのだって、一人きりで旅路を歩んで来た訳でもないだろうし、家族も友人もいない中わざわざ母国ではなくこのアクアを選んだというのも確かに引っかかる。

 何も避難先はこのアクアだけではなかったのだから。


「ふむ、確かに家族の誰一人として一緒に逃れていないというのは不自然だな」

「そうですよね、例え独り身だったとしてもわざわざ他国でもあるアクアを選ぶのは少し違和感が」

 この地にまで逃れて来た大半の人たちは、私の両親や経営していた鉱山に関連する人たちだと聞いているので、私の年齢に近いシトロンには少々縁遠い存在。

 幾ら私に恨みがあるとしても、電車やバスがあるわけではないので、ここにたどり着くまでの道のりはかなり厳しく、また辿り着けたとしても生活が勤しめる保証など何処にもない。

 それにあの戦争では無関係な領民には被害が出ていないとの話なので、彼が家族を失ったということもないだろう。


 私は先ほどから微動だりとしないシトロンの様子を伺いながら、直接本人に尋ねる為に声をかける。


「どうかしらシトロン。貴方がアージェントの人間じゃないという話しがでているんだけれど、誰か貴方の故郷を証明できる人はいるかしら?」

「……」

 おや? 私の質問に何故か無言で返してくるシトロン。

 別に難しい質問をしている訳ではなく、ボッチならボッチらしい否定の言葉が出てきてもおかしくないのに、あえて肯定でも否定でもなく無言がこの場を占めてしまう。

 そして同時に、その無言がココアがもたらした真実が正しいものだと証明してしまった。


「はぁ……、まさか本当にアージェント領の出身じゃなかったなんてね」

 ざわざわざわ。

 流石にこの真実には彼に付いてきた複数の者が怒りを表す。

 それはそうだろう、アージェント家の断罪という正義を掲げている限り、当然首謀者たる彼はそちらの関係者。彼らだって同じ想いを抱いたから立ち上がったわけであり、決してシトロンの独立の為に力を貸したわけではないだろう。

 それが根本的に間違っていたとなれば怒りを表すのも当然の流れではないだろうか? 結果、彼らはただシトロンの独立の為だけに利用されていたのだ。


「一応確認はするけど、反論したいことがあれば言いなさい。だけどココアがこちら側に居るという意味、それがわからない貴方ではないでしょ? 今の貴方には信じて貰えないでしょうけど、ちゃん筋を通して独立するなり、商会内で声がけをするのであれば、私は歓迎したのだけれどね」

 ダメ押し、と言ってもいいとどめの真実。

 この場にいる大半の人たちは、シトロンが裏で進めていた独立計画は知らない筈。

 私もこの様な真実でなければ、一族の責任として黙認するつもりだったのだが、彼が己の利益の為だけに剣を振りかざしたとなれば、今更躊躇する必要もないだろう。


「なるほど、裏では私利私欲区を満たすための引き抜きを行い、表では自ら被害者を装い彼女を非難していたというわけか。これが真実だというのならば少々悪質だな。お嬢さんだって生まれ故郷の領民とういう一点だけで、最後まで非情になれなかったのだろ?」

「そうですね……」

 どこまで私の事を調べていたのかと疑問は浮かぶが、私が行ってきた難民の対策や対応を見れば、アージェントの領民に対し非情にはなれないと見抜かれていたのかもしれない。


「……」

 未だ無言を貫くシトロン。

 どうせ否定したところで、アージェントの領民しか知らない話題を振れば分かる事だし、彼が働いていたという商会を見つけ出せば、在籍の有無ぐらいは調べられる。

 彼だってそこまでバカではないので、ここで騒いだところで今の流れを覆せない事が理解できてしまったのだろう。


「どうやらこれ以上話し合いをする必要はなさそうね」

 私は一度深いため息をつき、この騒ぎを締め括るべく問題を起こしたシトロンに対し、領主としての最後の裁きを口にする。

 

「アクアの領主たるリネアが命じます。人の弱みに付け込み、大切な領民を誘導した事は目に余る重罪。よってこの地からの永久追放を命じます。私が貴方を捕らえたり、刑罰を与えない真意は理解しているわよね?」

「……貴女と同じ様に『責任を取れ』と言うんでしょ」

「えぇ、言っておくけど彼らを蔑ろにする様な事をしてみなさい、今度は私が貴方を断罪するわよ。その事を頭に叩き込んでおきなさい」

「……ちっ」

 本音を言えば今すぐ牢屋に閉じ込めてやりたい気もするのだが、少なくとも彼に付き従ってしまったケヴィンを含む7名は、このままシトロンに責任を取ってもらうしか方法がない。

 2度も問題を起こしたとはいえ、彼らもまたアージェント領の領民なのだから。


「以上よ」

 シトロンが彼らをどの様に扱うかは知らないが、少なからずアクア商会の前に立ちふさがるであろう事は予想がつく。

 だけど商会を騒がす事件を2度も起こされてしまえば、それはもう解雇という方法しか道は残されてはいないだろう。

 後は彼らが行き着いた地で、穏やかな生活を送ってもらう事を願うばかりだ。

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