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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
二章 食と観光の街
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第70話 断罪という名の(5)

 風評被害、この言葉の意味を知る人はさぞ多い事だろう。だけど本当の意味でこの辛さを知る人はそう多くはない。

 よく風評被害は良くない、彼らは被害者、積極的に応援すべきだという言葉を耳にするが、本当の実情を知るの被害を被った人たちのみ。どれだけ安全だ、品質には自信があると叫んだところで、同じ商品が並べば当然隣の商品に手を伸ばしてしまうし、利益度外視で山積みしたところで経営がスムーズに運ぶ筈もない。

 唯一の救いは品質には問題ないという一点だが、それもどこまで信用されるか分かったもんじゃない。

 もし誰かがアクア商会の商品は過酷な労働の中で作られているだとか、スタッフ達は経営者に奴隷のように扱われているだとか、ありもしない噂が湧き上がれば、アクア商会の評判は忽ち一気に崩れ落ちる。そしてそこに新たに同じような商品が並べば、当然のごとくそちらへと流れていってしまうだろう。

 例え当事者が誤解だと叫んだところで、信頼を取り戻せるのはずっと後になってからだ。


 シトロンがわざと商会内に広めなかったのは、今日という日の作戦決行を行うためだけのもの。商会内には私の経営力を信じ、付き従ってくれているスタッフもいれば、今の環境に満足している人たちだってたくさんいる。特に地元住民である彼らからの信頼は相当なものではないだろうか。

 そんな中でバカ正直に「今度リネア様を断罪するんだ(笑)」とか言えば、間違いなく行動前に私の耳に届いてしまうだろう。現に引き抜きの件だけはすでに私が知ることになっているのだ。

 だけど行動に移した後ならば喜んで今の状況を受け入れる事だろう。しかも自身が劣勢になり気味の場面なら尚更だ。




 イタタタタ。

 目の前に集まる大勢の人たち。中にはなぜこの場に呼ばれたのか分からない人もいるのだろう、興味本位に私とシトロンとの様子をじっくりと観察してる人さえいる。


 参ったわね。

 ココアはココアなりに、私のピンチに味方を大勢連れてきたつもりなのだろうが、全員が全員私の味方だとは言い切れない。

 時々物語なんかで当主のピンチを村人全員で守る、なんてシチュエーションがあるが、お世辞にもそこまでの信頼が築けているとは言い切れず、また私の一存で難民を受け入れた事を良く思わない人もいれば、シトロンのように生まれた故郷を失い、アージェント家を恨んでいる人だって少なからずはいる事だろう。

 この事で彼女を責めるのはお門違いだが、この状況は流石に打つ手がないのが現状だ。


「ふふふ、丁度いい。ここで直接皆さんの判断に委ねましょう」

「はぁ……、そうね。ここまでくればそれしか方法はないでしょうね」

 出来るなら丁重にお帰り頂きたいところではあるのだが、ここまで来たら状況をハッキリさせておかねば妙な噂が立ちかねない。

 流石に全員が私を下げズルとは思えないので、多少の温情は掛かると信じたいところだ。


「では改めて、今のこの状況の説明を……」

「待ってください」

 シトロンが今まさに何処ぞの教主とも思える演説を始めようとしていた矢先、割って入ったのこの状況を作った張本人。

 シトロンも些か出鼻を挫かれた事で不愉快そうするが、ここで騒ぎ立てては印象を悪くしてしまうと思ったのか、落ち着いた様子でココアと向き合う。


「先に私から話させてください」

「話……ですか、先にリネア様の正当性を証明されますか? アージェント家の人間だという事実を隠して」

 ちっ。

 わざわざ最初に私がアージェント家の人間だという事実を挟んでくるところがまたヤラシイ。

 こちらとしては今更悪あがきをするつもりもないので、何を言われようが構わないのだが、これでココア打とうとしている先手が随分と霞んでしまう事は間違いない


 ざわざわざわ。

「隠す? バカも休み休み言ってください。リネアさんがメルヴェール王国の元貴族だなんて、皆んな知ってますよ」

「わかってませんね。メルヴェール王国の貴族……ではなく、アージェント家の人間だとい事が問題なのです。あの地が今どの様な状況に置かれているのか、あの地を治める領主が如何に無能なのかが問われているのです」

「そんなの今のリネア様に関係ないじゃないですか。リネア様はこの地に大きな発展をもたらしてくれているんです。この商会だってリネア様がいなければここまで大きくはなっていませんよ」

 確かにアクアの発展と商会の規模も私の……というか、私の前世の知識がなければここまで短期間には成長しなかっただろう。だけど如何に私の貢献を訴えたとしても、アージェント家の人間だという事実は消し去る事は出来ない。

 貴族は貴族なりに大変なのだが、それを幾ら訴えたとしても被害を受けた側が理解してくれる事は恐らくないだろう。


「関係大有りなのですよ。この地には今生まれ育った家を失い、大勢の人たちが難民となって押し寄せてきています。更にこの地で暮らす人たちのとって私達は望まぬ来客、どれだけ言葉を交わそうがその事実のせいで肩身の狭い思いをしているのです。その原因を作ったのが誰だかわかりますか? すべてここにいるリネア様なのです。そんな酷い政策が見過ごされていいとお思いですか!?」


 ざわざわざわ。

 シトロンの演技の入った演説で集まった人たちからザワつきが溢れかえる。


 はぁ……まいったわね。私の一番の弱点でもあり、心情的に反撃ができないことが完全に見抜かれてしまっている。

 彼がいま、私に対して最大の武器にしているのがアージェント家の人間だというただ一点。勿論他にも隠し持っている武器もあるのかもしれないが、経営面で対決するには分が悪く、また明確な答えがあるわけでもないので、論破戦になれば私との全面対決は避けられない。

 だけどアージェント領の現状をだされてしまえば、私は心情的な観点から反撃する意思が一切ない。

 それが彼らの納めた税で生活やら学園に通わせてもらった恩であり、私が背負ってしまった使命でもあろう。

 なのでいくらココアが私の事をフォローしてくれても、私はアージェントの領民であった彼には非情にはなれないのだ。


 ざわざわざわ。

「皆さん良く聞いてください。リネア様はアージェント家の人間だというのに、焼き野原になった故郷に何もやってこなかった。剰えこの地に流れるついた人々を利用し、商会の拡大を試みたのです。こんな実情が許されていいと思いますか? 少なくとも私やここにいる人たちはこれが間違いだと訴えて……」

「まってくれ」

 私が反論しないのをいい事に、シトロンがここぞとばかりに教主然とした演説するが、そこに割って入ったのは見知らぬ男性。

 年はそう若くもなくまた年老いているようにも見えず、商人風の出で立ちをしているところを見ると、偶然仕入れか何かで立ち寄った旅の商人かなにかなのだろうが、どことなく平民とは懸け離れた面立ちとスラリとした立ち姿は、正に『これぞ紳士』といったダンディーなおじ様。


「何ですか、今は私が話を……」

「悪いがお主の話している内容がまったく理解出来ん。そもそも今問題にしているのこの商会の話か? それともそちらのお嬢さんの素性か?」

「当然両方です」

「ならば尋ねるが、お主は一体何が言いたい? どこへ話を持って行きたいのだ? 私がこの地に足を運ぶのはこれで3度目だが、お主が語っているような話など聞いた事もないぞ」

 ざわざわざわ。


「そ、それは表立って領主を非難する事できないだけです。現にいま私の声に賛同して集まった同士がその証拠ではないですか!」

 無意味に声を張り上げ、男性の反論を大きく否定するシトロン。

 だけど全く関わり合いのない第三者の乱入と、根本的な論点の間違いを指摘され、動揺する様子がこちら側にも伝わってくる。

 確かにシトロンは私がアージェント家の人間だという最大の弱点を、徹底的に攻撃してきた。だけど今この場に集まる人たちはそのほとんどが商会関係者。今のように第三者に論点をズラされれば苦しくなるのも当然であろう。


「俄かには信じられんな。私は仕事がら人々の声というのを重要視している。だが今まで耳にしたのはそちらのお嬢さんに感謝する言葉はあれ、非難するような内容など一つも耳にしなかったぞ」

「そんなハッタリ……、たかが3回程度この地に足を運んだからといって……」

「ならば自らの目と耳で確かめればいい。ここにいる人たちの中には商会の関係者ではない方々もいるようだしな」

「ちっ」

 ををを、何故か知らないが追い詰められていくシトロン。

 これが私なら怖くて多数決なんて取れないか、巧みな話術で交わされてしまうかなのだが、第三者でもあるダンディーなおじ様からの言葉では、シトロンに積みかかる重さはまるで違う。

 実際どれほどの人数が私を非難しているのか、どだけの人がシトロンの意見に賛同するかは誰もわからないのだ。

 もしここで大半が私を応援するようなことになれば、それこそシトロンが置かれる立場は窮地に追いやられるだろう。


「それにな、私にはどうもお主が個人の感情で責めているようにしか見えんのだ。生まれ故郷を奪われた思いが強いのはわかる。だがな、こちらのお嬢さんは今出来る事を必死になって救いの手を伸ばしておるのだ。この商会の規模が大きくなったことだって、一人でも多く雇い入れようとした結果であろう? それをただ非難する答弁に使い、剰え自分の復讐のために他人を巻き込む事は関心せんぞ」

 このおじ様、中々鋭いわね。

 シトロンもアージェント領の出身なので、私個人に対して積もり積もった恨みというのが蓄積されている筈。

 その点に関しては私にも多少引け目があるので黙っていたが、やはり周りから見てもそう感じるという事だろう。


「まぁ、私個人に対して恨みを抱くというのは仕方がないのでしょうね。彼の言い分をフォローするつもりはありませんが、私の一族が十分な支援を行ってこなかったのは本当のようです」

 私の事をフォローしていただたのに遮るようで申し訳ないが、そこはお互いが抱いている感情は伝えておいたほうがいいだろう。

 別にシトロンを庇うつもりは全く無いが、その点に関して領民が責められる姿を見るのは辛いし、彼らが治める税で暮らしていた私にとっては、全く責任が無いとも言い切れないのもまた事実。

 過ぎ去った過去を取り戻す事は出来ないが、いまの私には彼らに対してできる事はいっぱいあるのだから。


「お嬢さん、この状況でもまだ母国の領民を救おうとするのか」

「別にそんな大層なもんじゃありません。ただ上に立つ者としては最低限の責任を口にしているだけですわ」

 おじ様相手に言葉遣いが変わっているが、そこは私の心情を察して欲しいところ。

 少々自分でも虫酸がはしるような口調だが、一年以上も貴族社会から離れた者とし、暖かい目で見逃してもらえるとありがたい。


「なるほど、それがお嬢さんの信念というわけか」

「ふふふ、そうなりますね」

 ここで話が終われば楽なんだけどなぁと、安易な考えが浮かぶが、実際は何の進展があったわけもなく、今もシトロンが「なに自分を正当化しとるんじゃ、ボケェ!」という視線が、痛々しく私の方を射抜いてくる。


「コホン、まぁ、そう言う理由ですので、彼が私を恨むのは当然の事なのです」

 流れがこちら側に傾いたところで一旦仕切り直し。

 ダンディーなおじ様のお陰で、随分と私への風当たりが良い方向へと向いた感じはあるが、根本的な解決には結びついていない。

 後は双方が円満に解決できる案を提示できれば万々歳なのだが、ここで再びココアが声を上げるのだった。

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