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アクアリネアへようこそ  作者: みるくてぃー
二章 食と観光の街
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第69話 断罪という名の(4)

「バカな事を言わないでください!」

 バンッ!! っと勢い良く開く扉と共に声を張り上げたのは、私がよく知る一人の女性。その表情は普段の明るい雰囲気からは想像出来ないほど怒りに満ち、力強く部屋へと入ってくる。


「ココア?」

「すみません、遅くなりました」

 私のつぶやき同然の言葉に相槌うってくれるが、別に何かを約束していたという事実はない。

 もともとこの場にシトロンの登場を予想していたわけでないので、当然といえば当然なのだが、何処からか私のピンチを見越して一人駆けつけてくれたというところだろう。だけど残念ながらココアが来てくれたところでどうにか出来るわけもなく、またシトロンを言い負かせるほど話術に長けているわけでもない。

 まぁ、私的には駆けつけてくれただけでも十分嬉しいのだけれどね。


「何ですか貴女は、今は大切な話をしているところなのです。部外者は立ち入らないでください」

「部外者ですって? 私だってこの地で暮らし、この商会で働くスタッフの一人です。それを部外者と言うのなら、貴方がたも当然部外者ですよね」

「ちっ」

 よもやとは思ったが、ココアは今この執務室で起こっている事態を把握しているのだろう。

 まさか予め予想していたとは思えないので、部屋の外に漏れ出た声で状況を把握し、一人部屋へと乗り込んできたといったところか。

 シトロンもまさか部屋の中で起こっている断罪が、漏れ出ているとは思っていなかったのだろう、体良く彼女をあしらうも逆に軽く言いくるめられてしまう。


「まぁいいでしょ。ですが貴女たった一人が加わった事で一体なにが変わるのですか? この商会にはこの場にいない断罪派の人間が大勢いるのです。たった一人が声を上げげたからといって結果を覆せるほど甘くはありませんよ」

 ハッタリだ。とは思うが、その事実を確かめるすべはなく、また商会内にいるスタッフ達を集めるには時間もなければ余裕もない。

 そもそも今こんな事件が執務室で起こっているんだと、何も知らないスタッフ達に告知しているようなものなので、寧ろ騒ぎ立てたくないというのが私の本音。

 ただでさえつい先日に身内による立て篭りの騒ぎがあったばかりだというのに、立て続けに似たような事が起こったとなれば、少なからず私と商会に不信感を抱く者は少なくないだろう。

 それに恐らくシトロンの目的は……。


「悪いんだけれど、私は退陣するつもりもないし今の方針を変えるつもりもないわよ」

「まだそうのような戯言を。たった一人の仲間が出来たからといって、今の実情を変える事なんて出きませんよ」

 ココアの乱入で何やら勘違いをされてしまった様だが、私には退陣だの方針だのを変えるだのといった考えは一切ない。

 第一間違っていたのなら直せばいいだけであって、私が辞める必要はどこにもないのだ。


「それじゃ尋ねるけれど、私がもし責任を取って退陣すれば貴方はどうするのかしら? ただの現場チーフである貴方が経営者になれるわけもなく、当然このアクアの領主になれるわけもない。そもそもこのアクア商会は私営ではなく公営なのよ、私が退いたからといって私に近しい人間に変わるだけ、まさかそれすらも非難の対象になるとか言わないわよね?」

 これが民主主義が根付いた前世ならともかく、ここは階級が支配する別世界。当然当主が引退したからといって、いきなり何の繋がりもない人間が同じ席に座るなどまず有り得ないし、謀反を起こしたからといって国は主犯格の代表を当主だとは認めてくれない。

 そもそも領主を断罪するなど殺してくれといっている様なものだ。

 とは言え、これほどの人数を投獄だ、死刑だとか言いだせばそれこそ世間から非難の目に合うだろうし、連合国家の中核ともいえるトワイライト公国からどんな罵りを受けるかもわからない。

 幾ら階級が支配する世界とはいえ、弾圧や虐殺が道徳に反する事など今の時代では通用するはずもなく、返って自らの首を絞めつけてしまう。

 恐らくその辺りの事を踏まえてのこの人数を集めたのだろう。


「もちろんです。私には商会を乗っ取ろうなどという意図は一切ございません」

 なるほど、シトロンの言葉に他のメンバーが反応しないという事は恐らく本当の事なんだろう。

 ここで次の当主は自分だと言ってくれれば楽だったのだが、彼方はあちらで正義を掲げている限り自分が時期当主だとは言えないだろうし、もし私の考え通りだったらこの席が彼の執着点ではないと踏んでいる。


「それじゃ話を再開しましょうか。一応確認だけれど条件交渉や自ら反省して引き下がる、なんて考えはないのよね?」

「ありえません。よもやここに来てその様な言葉が聞けるとは思いもよりませんでしたよ」

「はぁ……、何か勘違いしているようだけど、私が尋ねたのは貴方ではなく貴方が新しく連れてきたスタッフ達よ。後で『話が違っていた』なんて言われても困るし、貴方に『騙されていた』なんて他人任せの答えを聞かされるのも正直困るの。これは私が今出来る最後の譲歩、ただ前回の立て篭りに関与した7人はこの枠外だと心得なさい」

 ざわざわざわ。

 私の『最後』という言葉にざわめき立つスタッフ達。

 先ほどの反応を見る限り、先日の立て篭りに加わっていないスタッフ達は、シトロンの言葉巧みの話術に誘導されているのではないだろうか。

 幾ら覚悟を決め、この場に自らの意思で立ったからとはいえ、私とのやり取りで徐々に目が覚め、この様な愚行を行ってもいいのかと心が揺らぎ始めた。だから先ほどの罵倒にも何名かは加わらなかったと考えれば、彼らだってある意味シトロンが掲げる正義の被害者であろう。

 もっとも全く責任がないとは言わせるつもりはないので、何らかのペナルティは課さなければならないが、一応初犯という事で立て篭りに関与していない者は、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの機会を与えてあげてもいいのではとは考えている。


「皆さん騙されないでください。彼女は言葉巧みに私たちの団結を揺さぶっているに過ぎません。第一ここまできて、全てが許されるなんて言葉が信じられると思っているのですか!?」

「あら、誰も許すなんて言ってないわよ。もちろん交渉はするけれど、それ相応のペナルティは受けてもらうつもりよ」

 何をバカ正直に言っているのだと思うなかれ、後で話が違うと騒ぎ立てられても困るし、今後の付き合いや他のスタッフ達との関係にも響いてしまう。

 そもそも無償で許されると言われるほど、怪しい勧誘はないのではないだろうか。


 ざわざわざわ。

「くっ!」

 シトロンにすればここで大声を上げて否定すれば、自分側に不信感が湧き上がってしまうし、『正義』と掲げている限り彼らを強制する事も出来ない。

 もしここでシトロンが何か言葉を掛けて止めに入ったとする、だけどそれは彼らの『自らの意思で選択する』という選択を無視する事に繋がり、結果的に彼の言葉に押し付けられたと団結力を乱す事に繫がってしまう。

 所詮口先だけの正義など少し綻びを突っつけば脆いものなのだ。


…………。

「まぁいいわ。この状況で言葉を上げられないという気持ちも分かるし、今すぐ答えを出せというのも余りにも無責任ね。ならばこうしましょ、貴方達の中でもしこのまま商会に留まりたいと思う気持ちがあるのならば、最後までこの部屋に留まりなさい。もし私を断罪し自分の行いが正義だと信じるのならば、この場で好き放題罵ればいい。ただし、貴方達が敗北したときにそれが己に返って来る事は忘れないようにしなさい」

 多少脅しの部分も入ってしまったが、領主を断罪しているのだからこれぐらいの覚悟はしてもらわないと困るし、私が甘い人間だと思われるのも今後の経営にも響いてしまう。

 何よりシトロンに喧嘩を吹っかけている相手は獰猛な獅子なのだぞと、植えつけておかねばらならいだろう。それにこれだけ言っておけば良識ある者ならばこの後、無意味に声を抗える事はないだろうし、感情のままシトロンの話術に惑わされる事も少なくなるはず。


 さて、静かになったところでそろそろ反撃へと移らせてもらおう。

 今まででのパターンではシトロンが声を上げ、それを私が否定をする事で全員攻撃による反撃を食らうという、何とも数に任せた卑怯な手口だった。

 まずはそこを封じ、一対一で戦える場を設けさせてもらった。

 多少ケヴィンたち立て篭り犯の動向が気になるところではあるが、所詮は感情のまま暴挙に出るような問題児。シトロンもそこまで彼らを信用しているとは思わないし、例えその程度の人間が数人加わったところで結果が変わる事はそうあるまい。

 あとは私の話術がシトロンの話術に勝てるかどうかなのだが、その辺りもある程度私側に勝算があるのではと踏んでいる。


 私は少し目を瞑り、一つ大きく深呼吸を終えることで再び話題を切り出していく。

「シトロン、単刀直入に聞くわ。貴方の目的は何? まさか本気で私を退陣させられるなんて思ってはいないでしょ」

「ここに来てまだ目的と問われますか? 私はただ商会で働くスタッフ達の気持ちと、母国を……、生まれ育った地を追い出された人たちの心を代弁をしているだけです。よもや知らないとは言わせませんよ、無能な経営と手を差し伸べなかった無能な貴族、この地で私たちが受けた苦悩の日々を」

 そこだ。そこだけがどうも私の中で引っかかる。

 私が自身の目で見た現実はシトロンの言葉とは大きく掛け離れる。だけど少なからず現地住人と何らかの対立があるとも耳にしているのだ。

 煙の立つところには必ず種火が存在する。事が重要なほど、僅かな種火であっても放置はできない。

 現にいまこうして……、あれ? そう言えばあの噂って誰から聞いたのだったかしら?

 私の中で何かが引っかかった気がした。そのとき……


「それを貴方が言いますか?」

 声を上げたのは私ではなく、事の成り行きを見定めていたであろうココア。

 そういえば先ほど大声を張り上げ部屋へと入ってきたはいいが、その扉は今だ大きく開けなたれ、廊下から何やら大勢の声が聞こえて来る。


「どういう事でしょうか? 私に疾しい事などありません。それに貴女のような女性が一人加わったからといって、今の状況を覆せるなど甘くはありませんよ」

 確かにシトロンの言う通りココア一人が加勢に来てくれても、シトロンは絶対に引き下がらないだろう。

 それに騒ぎが大きくなるのは私の本意でもないし、寧ろデメリットの方が大きいとも言い切れる。

 私は軽く目線でノヴィアに指示をし、開け放たれた扉を閉めるように合図をするが……。


「はぁ……。シトロンさん、何か勘違いをされていません?」 

「勘違い? 何をおっしゃっているのです? 私は何一つ勘違いなど……」

「誰が私一人だなんていいました?」

「「……はぁ?」」

 ココアの言葉に私とシトロンの言葉が見事に重なる。

 まってまって、ココアが一人じゃない? もしかして受付のスタッフ達を全員連れてきちゃったの!?

 一瞬顔見知りのスッタフ達が脳裏に浮かぶが、それは私が求める解決策とは返って逆効果。今ここで騒ぎを大きくする事は得策ではなく、私一人で彼の野望を打ち砕き、最後まで自身の正当性を貫き通さなければならない。

 そして断罪に加わってしまった者が一人でも目覚めてくれれば、そこから今後の対策が有利に働かせていけると考えているのだ。


 私の考えが正しければ彼……シトロンの目的は恐らく私と商会へダメージを負わせること。

 先日ココアから聞かされた話から推測するに、シトロンはアクア商会の技術を盗み独立、もしくは何処かの商会に売りつけようとしているのではないだろうか。

 アクア商会が取り扱っている商品はどれも特に難しい技術も、仕入れが難しい原材料も必要なく、一般のご家庭でも作ろうと思えば作れてしまう調味料。今うちの商品が売れているのはただ珍しく、製造方法がわからないが為だけなので、製造肯定とレシピさえ持ち出せば簡単に複製されてしまうというものばかりだ。


 ここでクイズなのだが、もしシトロンが独立するとなれば一番邪魔になる相手は一体誰になるか? 答えは簡単、同じ商品を扱いトップを独走しているアクア商会。

 もしここでアクア商会に問題ありと世間に変な噂が広まれば、少なからずシトロンが立ち上げるであろう商会に流れて行くことだろう。

 よくよく考えても見てほしい、だれがこんな僅かな人数で、会社のトップを蹴り落とせると考えるだろうか。

 つまりシトロンの目的は私への断罪じゃなく、私とアクア商会に傷を負わせること。そしてその傷を癒している間に自身は新しい商会を立ち上げ、こちらの顧客を根こそぎ持ち去ろうとしているのではと、私はそう考えている。


 やばい、非常にやばい。

 ココアの話から察するに、連れてきたのは受付スタッフの10名程度、まずは全員の口を黙らせ箝口令を引きつつ、何らかの対策を打たなければならない。

 そして状況が落ち着いている間に取引先を固めつつ、商会内のダメージを最小限に抑え、更に立ちふさがるであろうシトロンの商会への対策を思案する。

 どれも生半可化な対策ではボロが出るので、キッチリ内部を固めつつなる早で対策に乗り出し、被るダメージを最小限に抑え込む。

 そんな計算を頭の中で必死で考えるも、次の瞬間全てが吹き飛んだ。


 ゾロゾロゾロ……、ゾロゾロゾロ……、さらにゾロゾロゾロ……。

「……」

 いや、これ受付のスタッフ達とかそんな生易しい人数じゃないや。


 狭い部屋の中に押し入る人・人・人、廊下には入りきれなかったであろう人達が溢れ、背後にある窓の外からも何やらざわめきの声まで聞こえて来る。


「って、ちょっとココア! 一体どれだけの人を引き連れてきたのよ!?」

「えっ、商会にいた全員ですが?」

 私の驚きの質問に「さも当然です」といった答えが返ってくる。


 ぜ、全員……。

 それは正しく言葉通りの意味なのだろう。目の前にいるのは見知った顔に、初めて見るであろう商人風の男性。中には商談中であったであろう取引先の人もいれば、買い物へとやってきた近所のおばちゃん達の姿もある。

 コラコラ、隣接している店の常連客まで連れてくるんじゃないわよ!


 終わった……。

 流石にこの人数で断罪される事はないだろうが、アクア商会が受ける風評被害は覚悟しなければいいけない。

 私の中では試合終了のホイッスルが鳴り響き、シトロンの中では勝利の歓声が降り注ぐ。

 この時一瞬シトロンの口元がヤラシクニヤつく様子を私は見逃さなかった。

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